第21話 閑散とした闘技場
オルスは宿に荷物を置いた後、さっそく闘技場を見学しに行った。
主催者は貴族だったり平民の富裕層だったりするが、いくつかの団体が都にある複数の闘技場を借りて週末にイベントを行っている筈だった。
オルスも若いころは帝都で活躍したことはあるが、引退して長くここでは知っている者は誰もいなかった。ノーマークなので勝ちやすい組み合わせを選べるが、その分高い賞金の試合には参加できない。
当面は参加費用の少ない試合を選んで勝ち続けて観衆の人気を集め、そのうち資金に余裕のある主催者のイベントに招いてもらうのを目指す。
レナートを肩車してやって面会可能だった主催者達の所を回ったのだが・・・
「ここもか。何処にも猛獣や魔獣の類はいないのか?」
オルスは対戦相手としてそういった獣を想定していた。
帝都にはたくさんいたし、今時は人間対人間の殺し合いは滅多に無かった。
主催者の老人は答えた。
「それが無いんだ。悪いね。魔獣は帝都にばっか集められてうちらが買える値段じゃない」
「しかし人間とは・・・」
「戦えないなら帰りな」
「くそっ」
オルスもこの国があまり裕福ではないことは分かっていたがまさか魔獣が一頭もいないとは思わなかった。魔獣発生の報告が寄せられると帝国騎士が派遣されて狩ってしまうか、専門の傭兵団がこういった興行主からの依頼を受けて捕える。
だが、今は全て買い占められてここにはいない。
◇◆◇
その日の夜、宿屋でレナートを寝かしつけてからオルスはヴォーリャと共に食堂で酒を飲み交わして嘆いた。
「参ったなあ・・・」
「なんでだ?昔もやってたんだろ?」
「いやな、俺は平気だがそういうつもりでレナートを連れてきたわけじゃないんだよ」
人殺しを見せるのはまだ早いと考えていた。
「まあいいじゃないか。都の見物や、貴族のお嬢さん方との交流もいい社会勉強になったろ」
「マルーン公のお嬢さん達ばかりにお世話になるのも後が怖いしどうしたものかな・・・。ああ、そういやここに知り合いがいたな。あの先生に預かってもらおう!」
◇◆◇
「いやあ、先生お久しぶりです!お元気でしたか?」
「オルスか・・・、今は新学期の準備で忙しい。わざわざこんなところまで何の用だ」
オルスが会いに行ったのは同族で三つほど年上のケイナンという男だった。
「うちらの村が自治権を得られたのは先生のおかげだって聞きましたよ。皇王陛下にさえ影響力があるとはまさに同胞の誉れ!せっかく来たから顔くらい拝んでおこうと思いまして」
「気持ち悪いお世辞をいうな。たまたま同僚に陛下の政策顧問がいたから話を聞いてみただけだ。本当の目的を言ってみろ」
ケイナンは片眼鏡をかけたままデスクで作業をしていた。
そして一度だけオルスに視線を向けたが、以降は目もくれずに資料を整理している。
年長とはいえ傲慢な態度にオルスは苛立ちを覚えるが、今は頼み事に来ている立場なので顔に出さずに低姿勢に話をつづけた。
「実は息子と一緒に出稼ぎに来たんですが、俺が仕事している間の面倒をお願いしたくて」
「私は先ほど新学期の準備で忙しいと行った筈だが?」
「そこをなんとか!託児所とかありませんか?夜は学生寮に泊まらせて貰うから心配いらないし、雑用に使ってもらっても構いませんし。時々様子を見てくれる程度でもいいんです」
「・・・学生寮?どこのだ」
「フォーンコルヌ皇立学院だそうです。実はここまで来る道中にクールアッハの大公爵やマルーン公のご息女と親しくなりまして」
「だったら私の助けなどいらないだろう」
「いやいや、さすがに貴族のお嬢さん方に任せっぱなしというわけにはいかないし、彼女らも昼間は授業があるでしょう?それにうちの子はかなり甘やかされてるんでほっとくと何しでかすか。ところで先生はいまどちらの職場に?」
「その学院だ」
「そいつはいい!送り迎えも必要ないし、先生は大貴族にコネが出来るし、忙しければタダで仕える雑用係も手に入るじゃありませんか」
平民のケイナンは本人の努力もあり、多くの貴族が通う学院に招かれるまでになった。
しかし、そこから先は皆優秀な競争相手ばかりで行き詰っている。
「お前、全て知ってて来たんじゃないだろうな?」
ぎろりと睨まれたオルスだが、意に介さずひょうひょうとしたまま答えた。
「そんなわけないじゃないですか。これも運命ですよ。神が与えてくれた機会を利用しないと二度と幸運は巡ってこないかもしれませんよ」
「フン、口が回るようになったな。まあいい、仕事の合間に様子を見てやるだけだ。邪魔をしたら叩き出すからな」
「勿論ですとも。有難うございます、先生」
オルスはこうして剣闘士として出場しない日は日雇いの仕事をしたりして過ごせる事になり、出稼ぎの余裕が出来た。




