第29話 帰郷を前に
春が来て、レナート達が故郷に帰る前に宮殿で最後の会合がマヤによって開かれた。
「残念じゃが、あまり成果はない。亡者を作るには大別すれば物理汚染、精神汚染、そしてラターニャのように神術による問答無用な手段があるが、対策としては『体』がある以上、物理的に破壊する必要がある。そして次なる体を求める魂については浄化してやるしかない」
通常の死霊魔術による亡者は肉体、筋肉が無ければ当然動けない。生前の行動に影響される事が多くそれを記憶している脳を破壊すれば動きは止まる。
神術によるものは物理法則を無視して骨だけになっても動く。
今回の亡者大量発生は物理汚染、寄生虫によるものなのでラターニャの力は効果が薄い。
ただし帝国滅亡、内紛という絶望的な状況、亡者の発生で悲観し自殺者が多発した為、精神汚染の亡者も大量に紛れていると予測される。
「単に精神汚染された亡者はラターニャが止める事が出来ると思うが、被献体を捕えて実験する必要がある。浄化については水神、月の女神の信徒の聖言、聖別された一部の植物が効果がある」
「ふむ、意外と成果があるではないか」
最初に成果がないと言われたのでヘルミアは意外そうに言った。
「気休めにしかならん。今から聖なる木を植えた所で成長が間に合わんし、ずっと曇り空ではな」
天候は大分落ち着いてきたが、雨の日が多い。
「巨大な壁を建設して時間を稼ぐ必要があるが、獣の民には無理じゃな」
土木工学技術に関しては大地母神の信徒である帝国人が全人類で圧倒している。
「ふうむ、やはり寒い土地に帰るしかないかのう」
(それは困るなー)
北方圏がせっかく変わろうとしているのに獣の民が戻ってきたらまた社会が戻ってしまう。それは避けたいレナートとしては複雑な心境だった。
「仮に億単位の亡者がやってきたらどんなに高い壁も意味がなかろう。この大陸をぶった切って北方圏と分離するくらいでしかどうにもならんと思う」
「つまり今の亡者達を操っている者はいないと判断しておるのか?」
「もし操れたらもっと早く拡大しておるじゃろうし、フォーンコルヌの大地峡帯も迂回するなり、亡者を積み重ねて強引に橋を作って渡っとるじゃろう」
「ふむ。では亡者の島ツェレス島のように地域を隔離するのが一番か」
「うむ、連中は海を渡れんからな」
「マヤ、現実逃避して実現不可能な事を言っても仕方ないでしょう」
ラターニャが窘めた。
「そうでもない。聖ヴァルマン祭の奇跡で大運河が完成しておるではないか」
「あんな大奇跡、今誰が出来るというのよ」
人柱による奇跡で外海と内海を強引に繋げてしまった事件が百年以上前にあった。
それが自在に出来れば亡者のいる地域を隔離することが出来る。
「人に出来なくとも神器に大規模な地形改変可能なものがないか探すという手もある」
「あったの?」
「帝都の宝物庫にはない。儂もカイラス山の神器をちょいと見に行って来ようと思う」
レナート達の記憶にもそんな力を持ったものは無かったが、皆既日食を起こす神器もあったくらいなので探せば見つかるかもしれない。
「ウィッデンプーセの話では開発者もほぼ死んでいるというし、亡者を操っている者はおるまい。ひとまず開発者の死霊魔術師を探して対策が無いか聞いてみよう」
「対策があるのなら既に講じているのでは?」
「儂もそう思うがより広範囲に情報を求めなくてはな。そこで皆にも提案を求めたい」
なまじ魔術に詳しいとそちらの観点で話をしてしまうのでマヤは一般人のサリバンやギデオンにも意見を求めた。ギデオンは貴族なので魔術も使えないことはないが、生活の役に立たないので学んでいない。
「感染者の行動をどうにか誘導し、火口に突き落とすとか」
「どうやって?」
「捕えて実験してみるしかありませんね。案外視覚は有効でなく、特定の匂いとか音に引かれているのかもしれません」
動物学者のギデオンはほとんど視力が無く、他の感覚器官に頼っている動物を多数知っている。もちろん獣人のマヤも分かっているが、亡者達が人の形をしているので先入観があった。中身は蟲なのだ。
「良い提案じゃ。まとめて処分しなければ状況は打開できまい」
「そもそもどのくらいの数がいて、繁殖?速度はどのくらいなんだ?」
サリバンが疑問を提示した。
「転移陣が復旧したら各地へ飛んで調査しよう。予想でしかないが、肉体を持っている以上、厳しい寒さに晒されれば動きは遅くなるし、肉体は脆弱なので山を登るのは困難じゃろう」
広大な山脈に囲まれているフォーンコルヌ皇国やネヴァ地方は安全度が高い。
が、フォーンコルヌ皇国の西部で亡者が大量発生しているので大地峡帯を渡られると非常に不味い。
「実験についてもう一つ提案があるのですが」
ギデオンが再び発言の許可を求める。
「聞こう」
「感染するのは我々人間と獣人だけなのでしょうか。もし感染せず、人間にとって危険ではない生物がいた場合、その生物に亡者を食わせたり、亡者を追い払う事が出来るのでは?」
「それはそれで新たな問題が起きそうじゃが面白い提案じゃ」
マヤの好奇心が刺激された。
「てゆっかなんで人間と獣人さんに感染するのかな?」
レナートも疑問を提示する。
「それはヒトも獣の民じゃからな」
マヤは当たり前のようにいった。
「へ?」
「なんじゃ、ラターニャ。まだ教えてやっておらんかったのか」
「必要もないし、信じないでしょうし、軋轢を産むだけでしょう?」
「それはこやつらが判断すればいいことじゃ。情報はくれてやれ」
「どうゆうこと?」
レナートはラターニャに説明を求めた。
「ヒトというのは原初の巨人ウートゥを真似てモレスが創造した種族なのよ。地上を繁栄させる為にさまざまな種族と繁殖可能に設計したの。だから大半の獣人との間に子供を育める。口の悪い女神は猿人種なんて言っていたわ」
「はー、そうなんだー」
野の獣同然の蛮族と蔑んでいたのに広い意味では同種であると言われた帝国人達は皆、ショックを受ける。それと裏腹にレナートは嬉しそうだった。
「なんでお主は喜んでおるんじゃ?」
「だってマヤちゃんと遠慮なく付き合えるじゃん」
そういってレナートはマヤに頬ずりする。
「仲間仲間」
別の種族というより別の部族みたいなものだとレナートは解釈した。
マナスで他人を見るレナートにとっては自然な事だった。
「ええい!あとにせんか!こほん、では今後の方針を決める。ギデオンはソラか誰かスパーニアの応援が来たら亡者を捕えて実験でもなんでもせい。ヘルミアは誰か獣人をつけてやってくれ。事故でもあって感染がこっちで拡大しては困るから隔離された島に実験場をつくれ」
「ソラ殿が戻ってきたら、というのは?」
「儂らは船がない。スパーニアから船を出して貰え」
「なるほど、承知しました。・・・獣人の方々はほんとうに大丈夫なんですか?」
身を護る手段がないギデオンとしては獣人と行動を共にするのは恐ろしい。
「言う事を聞かん奴はソラに任せておけ。あいつは皇子じゃが、生粋の殺し屋じゃ」
「承知しました」
ギデオンはここで旅の仲間から外れ、困難な研究に挑むことになる。
「ヴェーナの資料調査の続きは他の同胞に任せる。冬の間に要領は掴んだじゃろ」
冬の間に人間の文字を読める獣人を集めて鍛えたので引継ぎはどうにか可能だった。
もともと帝国追放刑にあって獣人領域にやってきた人間と交流していた者達がおり、ある程度の数は揃っていた。
「カルロの件もあるが、儂とラターニャもフォーンコルヌへ行く。さっさと帝国人の残党も始末せねばならん。今の状況で反獣人だの、帝国復活だの叫ばれて組織化されては敵わん。カイラス族は儂が助けてやるから、お主らはフォーンコルヌの連中が儂らに従うよう説得せい」
「助けてくれるならそりゃ構わんが、俺たちゃ辺境の遊牧民だぜ。帝国貴族が俺達の話なんぞ聞くもんかよ」
サリバンとしては無駄だと思っている。
「何もする気がないなら助けてやる話も無しじゃ」
「わかった、わかったよ。無駄でもやってみる」
「カイラス族が助かるかどうかはお主の熱意次第じゃと知れ」
こうして春になり、レナート達はカイラス山へと戻る事になった。
短めですが中編はここまでです。
番外編を挟んでから後編に続きます。




