第27話 ゲルドの帰還
春が近づき、帰郷の時が迫る。
出発直前に一度本国に戻ったはずのゲルドがレナート達の所へやってきた。
そしていきなり要求される。
「君達がビサームチャリオットと呼んでるアレ、返して」
「返す?」
「そう。あれは森の女神エイメナース様のもの」
「確かに森の女神の神器だって聞いてるけど・・・」
困惑するレナートやサリバン達にゲルドは四千年前、妖精の森にある妖精宮から帝国人が持って行ったものだと説明した。
「そんな大昔のもの、俺達に関係あるかっての」
サリバンは返却を拒んだが、ゲルドは「返せ」「返せ」と怒った。
「ほんとにあんたらのものだって証拠はあるのか?」
「妖精宮に目録とアウラの借用書がある」
「いや、だとしてもな。俺達は遺跡から苦労して発掘して使えるようにしたんだ」
「そんなの知らない。無理やり借りていったのに管理できない君達が悪い。妖精女王のご命令、返して」
古代帝国とフランデアン王国は一千年に渡って戦い続けたが、帝国は征服出来ず、帝国優位で戦争を集結させた。その際に研究目的で貸出はするが、必ず返却するという条件付で引き渡された神器だという。
「ほんとか?フランデアンと往復してくるには速すぎるんじゃないのか?」
「スパーニアで魔術師に通信してもらって快速船で来た。さあ、返して」
ゲルドは淡々とした表情で「返して」というだけだが、サリバンが古すぎて無効だと言い張るとだんだんイラついてきているようだった。
「まあまあサリバンさんも、ゲルドもちょっと落ち着いて」
「ラターニャ」
仲裁に入ったラターニャをゲルドが睨む。
「あの神器が無ければサリバンさん達が故郷に帰るのは難しいでしょう?」
「その通りだ」
ビサームチャリオットが木々の中を飛ぶように走る速度は大抵の魔獣よりも速い。
徒歩では数か月かかる山脈を数週間で越えていく事も出来る。
「でもサリバンさん達も、信徒ではないかもしれませんが法と契約の神が守護する土地に住まう方々。契約をないがしろにしてはいずれ神罰が降るでしょう」
「だが、俺達が契約したわけじゃない」
貴重な移動手段なので奪われるのは困る、サリバンとしては返却したくない。
そんなサリバンのすそをレナートがちょいちょいと引く。
「なんだ?」
「でもね、サガって人がボク達の祖先に資産を委ねてくれたわけだし証文も資産のうちだと思うの」
「むう・・・」
「レンちゃんの言う通りです。ですがもともと二度と戻らなかったであろう神器をここまで回復してくれたことですし妖精女王にはもう少し貸して頂きましょう」
サガはフランデアンから借りた神器だと知らずに又貸ししてしまった。カイラス族はその放棄されていた資産を復旧させたので扱いが難しい。
「彼らが無事帰郷したら族長の承認のもと返却し、陛下は礼として彼らを妖精の森で保護する、というのはどうでしょうか?」
ラターニャの提案にサリバンはそれならと頷いた。
「それならいい」
ゲルドも納得した。
「助かるが女王に確認せずにいいのか?」
「君達が故郷に帰る為なら許してくれると思う。でもフランデアンで君達が偏見を受けずに生活出来るとは思わないで」
「・・・まあ、そうだろうな」
「妖精の森なら大丈夫でしょう。私も帝国人ですが、広い森ですから無理に妖精の民のしきたりにあわせなくても暮らしていけます。都会に出たければ厳しいかもしれませんが」
「ラターニャさん帝国人なの?」
レナート達は容姿的に彼女がこれまで帝国人とは思っていなかった。
「母が南方の者でしたが生まれも育ちも帝国です」
ゲルドと一緒に快速船でやってきた人間の中にはスパーニアの学者もおり、ふたつの植物園と種苗保存所でしばらく調査の後に帰国していった。
ゲルドは神器返却を族長に直接念押しする為に、またしばらくついてくるという。
◇◆◇
せっかくまたしばらくゲルドと旅することになったのでレナートは彼女と親しくなろうと積極的に声をかけてみた。
「へぇ、ボクより小さいのに結構年上なんだ」
「歳を重ねているからといって大人とはいえないかもしれませんけどね」
妖精の森を出ると子ども扱いされるのをいい事に甘えた性格になるものが多いので精神的にもあまり大人ではない。
彼らは時々一週間くらい気ままに寝続けている事もあるらしい。
妖精の森の西側には神々の森と呼ばれている怪物がたくさん住む森があって、そこの食肉植物にうっかり寝ている間に捕食されることもあるという。
「そんなに寝ててお腹減ったりしない?」
「私達はもともと大して食べる方じゃないので木の実ひとつで一日持ちますし」
「へぇ、じゃあ土地が痩せてても平気そうだねえ」
土壌を改良したり、井戸を掘ったり、品種改良したり、農具を開発したり必死に土地を開発して村を作った人々からしてみれば羨ましい体質だった。
「私達は森の女神の聖地に住んでいますから食べるものには困りません。そちらは豊穣の女神の土地なのに痩せてるなんて珍しいですね」
「うちの国はノリッティンジェンシェーレ様はあまり信仰されてないみたいだからねえ。で、森の女神様ってどんな方?神話の時代におっかない獣を封印して世を去ったんだよね?」
「この前、地上に降臨なさいましたよ」
封印と浄化が終わり五千年振りに森の女神達は地上に帰ってきた。
「じゃあ妖精の森に行ったらお会いできる?」
「残念ながらもう天上界へ去られてしまいました。他の神々が皆、地上を去っていますから私達の神様だけ地上にいては悪影響があるだろうとお考えでした」
「そっかぁ、お爺ちゃんが言ってた神様達がその方々なんだね。妖精のお姫様が帝国のエイラシルヴァ天で、最終的に森の女神様の一人になったっていうことでいい?」
「そうです。実は森の女神様達は人間に大変お怒りでした。地上に再臨なさった時、新たに加わった末の妹神様が帝国の人間に虐め殺されていたので危うく世界のあらゆる生命が死に絶える寸前だったのです」
女神が怒っていたのは帝国人だけではなかったのだが、降臨した時に末の妹神を拉致していたのが帝国人だったので怒りが集中した。
「あなた方一般市民には罪がない事は分かっていますが、神々の視点からみれば人間は皆同じです。もっとも力がある長女エイメナース様の怒りに触れる前に妹神様を取り戻す必要があり、私達の王は戦を始めたのです」
「でも亡くなっていたのでは?」
伝聞情報だとその辺がはっきりしない。
「自殺なさいましたが薬学に堪能だったおかげでご自分で仮死薬を使っておいででした。復活なさってすぐには動けなかった為、選帝権を持つ妖精姫は拉致されて帝国の西海岸にある旧都に運ばれていました。東方の諸王の力では帝国軍に勝利してそこまで到達するのは難しくヘルミアさんや獣の民の力を借りたというわけです」
「両者の利害が一致してたんだね・・・それにしてもなんてことをしてくれたのやら」
中央大陸に住む何億もの人間は選帝選挙のとばっちりを受けてしまった。地上の生き物全てが神の怒りを受けるよりはマシとはいえあまりにも被害が大きい。
「気の毒には思いますが、中央大陸を獣の民に譲り渡すのが前提の同盟だったので一般市民を助ける事は出来ませんでした」
焚火に枝をくべていたサリバンは帝国が滅亡することになった原因を当事者から知り誰にいうでもなく愚痴を吐く。
「文句は神様にいえってか・・・言ったら呪い殺されそうだが」
「そこはさすがに帝国の支配者層やご先祖様に言って欲しいですね。私達の神はとても慈悲深い方です。私達のように森に住まずともこうして随分とお世話になっている筈ですよ」
焚火としてくべられている木の枝も、夕食として採取した森の果実なども全て神の恩恵だとゲルドは指摘した。
「わかってる。わかってるんだが、あまりにも人が死に過ぎてなあ。貴族と戦って自治権を得て、苦労して村を作った村から逃げ出して、カイラス山を獣人達から守って・・・お次は亡者か。いつまで戦い続けにゃならんのだか・・・」
俺ももう歳か、と肩を落としているサリバンにムッサやネストール達が酒を注いでやる。
帝都の倉庫にはまだまだ死蔵されている酒が残っていて高価な物もたくさんあった。
「帰ったら族長にいって隠居させてもらってもいいんだぜ。俺が次から遠征隊率いるからさ」
「ふん、バカいえ。まだ任せられるか」
「うまくいけば遠征はこれで最後だろ」
「だといいな」
木々の上の積もる雪が解け始めればビサームチャリオットで一気に帰郷出来る。
サリバンはカイラス族の皆はいまどうしているだろうかと思いを巡らせた。




