第22話 裸人教徒の村②
パニックになったレナートは氷神化を解いてマントを合わせようとしてもつれて倒れそうになり、後ろの女性に支えて貰った。
「大丈夫か?」
支えたのは40代くらいの落ち着いた大柄な女性である。
腕や肩の筋肉ががっしりとしている。
「あ、ありがとうございます」
「こっちこそな。んじゃ、逃げるか?」
皆、動きが止まっているので今なら逃げられそうだ。
「あ、いえ。大丈夫です」
警告しに来たのにこのまま逃げてしまってはさすがにぐだぐだ過ぎる。
”警告する”
「拝聴しろ変態ども!」
大柄な女性が芝居に乗ってくれた。割とさっしのいい人だ。
”地獄への共連れを求める亡者達が迫っている”
「も、亡者ですか?何でしょうかそれは」
”都は落ち、軍隊は死に絶えた。お前達を守る者はいない。南より死が迫っている。亡者に汚された魂に来世の救いは無い。逃げよ、知らしめよ。滅びの時が来た、と”
レナートはそれだけいい、大柄な女性に「向こうの人達に合流して」と言って姿を消した。
◇◆◇
レナートは服を拾って、ラターニャ達の所へ戻りサリバン達が戻ってくるのを待った。
しばらくして助け出した女性と共に戻ってくる。
「レベッカさん、ご無事でしたか」
彼女に気づいたラターニャが駆け寄った。
「おお、ター、ラターニャ様も」
「ソラ様達から伺ったかもしれませんが、任務は失敗です。一度ヴェーナに戻ります」
「しゃーねーな」
救い出した女性改め、レベッカはラターニャの一行であり墜落時に宮殿の塔に飛び移って無事だったそうだ。
「こら、レン」
戻ってきたサリバンが怖い顔をしてレナートを睨む。
「はい?」
「俺は待ってろ、と言った筈だぞ」
「でも危なかったじゃん」
「それは結果論だ。お前は俺の指示を承諾した筈だ。違うか?」
「そうだけどさ・・・。結果的には神の預言って感じで大人しく言う事聞いてくれたみたいじゃん?」
「それとこれとは話が別だ。俺の指示に最初から従う気が無かったな?」
どんな村か興味があったので形だけの返事しかしなかった。
霊体化していればどうせバレないし。
「お前が消えてラターニャさん達は吃驚してしまったんじゃないか?」
視線を向けられたラターニャが頷く。
護衛に残っていたブルクハルトもその場を動くわけにはいかないし、ゲルドやソフィアら女性陣を捜索に出す訳にもいかず、皆が心配していた。
「ごめんなさい・・・」
「謝れば簡単に許して貰えると思っているな?」
今日はサリバンの追及が厳しい。
レナートは肩をすくめて上目遣いで見てみる。今まで見たこともないような怖い顔をしていた。
「俺の指示を無視し、自分の返事も命令も軽く考えた。遠征隊に参加する時にオルスにも俺の命令に従って勝手な真似はしないと誓った筈じゃなかったのか?お前は俺とオルスの信頼を裏切り、遠征隊の規律を乱した」
「・・・あの、その・・・ごめんなさい・・・」
自分の力への己惚れが傲慢さに繋がり、部隊の規律を軽んじてしまっていた。
改めて考えると酷い行動をしている。申し訳なさに涙が滲む。
「今回ばかりは泣いても許さん。どうせ俺の指示をハナから聞く気がないんだ、今からお前はもう遠征隊の隊員じゃない。ラターニャさん達と同じお客さんだ。オルスの所に帰すまでお前の事は『レナートさん』と呼ぶ。それとも『グラキエース様』の方がいいか?」
「や、やだあ・・・」
サリバンの目は厳しく、もう同胞とみなしていない。
「や、やだやだ。もう勝手な事しないから許してよう」
「駄目だ。もう許さん、俺達はお前の事を甘やかしすぎた。気の毒な子だと思っていたが、それが良くなかった。お前はヴォーリャの事しか命令に従うべき仲間だと思ってない」
俺達を同胞と思っていないならこちらもそうする、とサリバンは冷たく切り捨てた。
「ボク、もう二度と約束破らないからそんなこと言わないで。トイレの始末でも何でも言われた事はなんでもちゃんとやるから」
「駄目だ」
サリバンはきっぱりと却下した。
本格的に泣き始めたレナートをラターニャが慰めて少し引き離し、それからレベッカが口を挟む。
「あー、よそもんがいう事じゃないかもしれないが、もうそれくらいで許してやってくれよ。助けられたあたしがいたたまれないんだ」
「その通り、よそもんが口を挟む問題じゃない」
ぴしゃりと言われたレベッカがむっとする。
「頑固なおっさんだな!」
「だったらなんだ。あんたを加えるならまた荷物の整理をしなきゃならん。忙しいんでまたな」
サリバンは会話を打ち切り仲間の所に戻った。
◇◆◇
その夜は重い空気が漂い、情報交換どころではなかった。
夕食時にサリバン達は見張りの順番を相談したが、レナートは加えて貰えない。
ラターニャが話しかけてもレナートは黙ったままで暗い顔をしている。
ギデオンとネストールがレナートに一瞥してからサリバン達と一緒に離れて行くと、本当に仲間外れにされたと思いわっと泣き出した。
声が聞こえないほど離れた場所でネストールがサリバンに文句を言った。
「どうすんだよ、あの空気」
「しょうがないだろ。命令違反を許したら示しがつかない」
「しかし、このままではレナート君からまともに話を聞けません」
「必要な事はだいたい聞いたろ。後はラターニャ達をヴェーナに届けてカイラス族の保護を頼めばそれで任務は終わりだ」
「亡者がどうとか話してたろ。これまで遠い世界の話だと思ってたがもう違う。蛮族からは逃げられても亡者が増殖していっちまったら逃げる場所も無くなるぞ」
「そんな事まで俺が知るか!」
亡者がどうとかこうとかサリバンの世界の話ではない、と声を荒げた。
ちょっと引いてしまった二人を前にサリバンも冷静になり改めて話をする。
「レナートは幼児のまんま時間が止まって体ばっかり大きくなってしまった。いい子なのは間違いない、だがこのままじゃ駄目だ」
「駄目って?」
「俺には理解できないようなとんでもない力を幼児が握ってるんだ。感情のまま暴走させちまったらどうなる?あの子は絶対に後悔する。そして自分を責める。オルスやヴァイスラが叱れないんだから他の大人が叱ってやらなきゃならん」
「確かに、力が大きな分後悔も大きくなるでしょうね」
「おおよ。俺も今日は死ぬかと思ったぜ」
裸を見られたレナートの感情が弾けた瞬間は皆、魂まで凍り付きそうになった。
本人がすぐに小さくなって解除されたのは恥ずかしがったからであって、もし怒りのままに力が振るわれたら皆の魂が砕け散っていたかもしれない。
「隊長のおっしゃる事はわかりました。確かに正論です」
「何か、含みがありそうだな」
「相手が幼児なら大人がもう少し手を引いて導いてやりませんとね」
ギデオンはサリバンの言を逆手に取る。
「どうするってんだ?」
「どうすればよかったのか、をレナート君に考えさせてそれに納得したら隊長が許すというのはどうです?」
「それをお前がレナートに教えてやるのか?」
サリバンは自分で考えさせろ、と暗に言う。
「皆では事態を即時には収拾できませんでした。そういう事実がある以上、命令違反でもレナート君の行動にも分があります。少しは譲歩しませんとね」
「ああ、それがいい」
ネストールも同意する。
「お前な・・・」
「いじけて恨まれて向こうに取り込まれたらどうする?」
「あの子はそこまでガキじゃない」
「あんただって息子の嫁に来て欲しいくらい可愛がってるんだろうに。嫌われたいのか?」
「・・・だいたいオルスの奴が良くないんだ。ちゃんと子供の時に躾けないから」
「そういう環境じゃなかったんだから仕方ないだろ」
村社会なので親がダメ人間でも普通は周りの大人がそれなりに叱る。
しかし母親と母代わりのヴァイスラ、ヴォーリャがよそものだったり、精霊がどうのこうのという不思議ちゃんだったり、母親が貴族でのけ者にされていたドムンとつるむようになったりして皆が遠巻きにしてしまった。
「村の仲間なのに俺達みんなが責任を放棄した。厳しさだけじゃ可哀そうだろ」
「しょうがねえな。じゃあ、お前達に任せたぞ」
「ああ、上手く慰めとくよ」
俺のフォローもしとけよ、とサリバンは小さく注文をつけた。




