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天に二日無し  作者: OWL
第一章 地に二王無し ~中編~
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第17話 地獄の巫女

 墜落現場にはまだ生きている人々がいた。

光輝く剣を持った男が一人、身分の高そうな女性が一人、そして杖を持った男が一人。

蠢く亡者を始末している所をみると普通の人らしい。

レナートが様子を伺っていると剣を持った男から誰何すいかされた。


「新手か」


深夜に茂みの中に隠れているレナートを発見するあたり相当な手練れだ。ペレスヴェータがいれば相談出来るのに・・・どう声を掛けたらいいだろうとしばし逡巡するが、相手に攻撃の気配を感じて先手を打った。


「通りすがりの精霊です!ボクは様子を見に来ただけで敵じゃありません!」

「ふざけるな!」


(まあ、そういうよね)


レナートは善意で亡者がいるから止めた方がいいと声をかけるつもりだったこと、墜落した飛行船から生きている人がいれば救助しようとしたことを後悔し始めた。

飛行船が墜落してしまった以上、もう彼らに利用価値はない。

相手の魔力が高まっていくのを感じたレナートは、そろりそろりと後退していくが、杖を持った男の魔術がその足を掴む。地面が粘土のように絡みついてレナートの足をすくった。


「ボクは戦うの好きじゃないけど、手を出して来たのはそっちだからね」


食べる為でもないのに生き物を殺したりしないし、体を動かすのは好きだけれども汗だくになってまで鍛錬に精を出すほどマメでもない。何も悪い事をしてないのに弁解したくもないし、一方的に敵意を見せる相手にイライラしてきた。


「なにっ?」


レナートは半ば霊体化して物理的に拘束されていた足をするりと抜いて解除した。

そして剣を持った男の後ろに出現してその剣を奪おうとした。


「ちっ」


妙な気配を感じたかその男は体を前転させながら剣を背後に振り払う。


(あっぶなー)


実体よりもこの剣は長い。魔剣の類か、霊体のレナートさえ切り裂こうとしていたので氷で軌道を滑らせて回避して飛び退る。


「化け物め!」

「それは酷くない?」


この人むっちゃつよーい、と感心したのに化け物扱いされた。

レナートの心はいたく傷ついた。


「ソラ様、カルロ様、お待ちください。あなたもどうか落ち着いて」


女性が声をかけると二人は顔を見合わせた。

レナートは本気でやるか、とちょっとばかりムキになり始めたが優しそうなお姉さんの声に心を和ませて少し退いて敵意を解いた。だが、男二人はまだ敵意を出して警戒している。


「私は・・・地獄の女神アイラカーラの巫女ラターニャ。貴方のお名前を伺ってもよろしいですか」


巫女は光を放つ錫杖を持って近づいてきた。


「おい!」


男が声をかけるが彼女は無防備にさらに近づいてくる。


「ボクはカイラス族のレナート」

「通りすがりの精霊さん、なのですよね?」

「うん。お姉さんは飛行船にいたひとだよね?」

「はい。ソラ様、カルロ様、この通り心配はいりません」


ラターニャのおかげで男達も警戒を解き、近づいてくる。

明かりの下で見るとラターニャは赤い髪にやや褐色の肌をしている。

二十代半ばくらいの女性で、おへそと目の下に黒子がある。おへそが露わになっている巫女衣装というのは初めて見た。男達は軽装だが武装しており、金髪かそれに近い茶髪、帝国でもよく見かける容姿だ。


「いきなり失礼じゃないか。ボクはただの通りすがりの精霊だっていったのに」

「そんなふざけた返事があるか」


剣を持った男が文句をいう。


「事実だもん」


自然の精霊には男女の性別は無いし、人に信仰されて亜神となり、神にもなり得るというウィッデンプーセの説明にも納得がいった。

男女のどちらにも好きな人がいて男でも女でもない自分を中途半端で劣った存在のように思えていたが、エーバーハルトとウィッデンプーセのおかげで自分への認識を変える事が出来た。


レナートは自分を『精霊』と定義しなおした。

中途半端な人間ではない、自分はこういう存在なのだと咄嗟に口にしてから初めて理解できた。


「敵でないならば正体などなんでも良いではありませんかソラ様。ひとまずここを離れましょう。いずれ本当に亡者の新手が来ます」

「仕方ないな」


墜落船から火が周囲に燃え広がり始めている。

火に照らされた影の中には人型がゆらゆらと動いているのが見える。

ここでいつまでもお喋りはしていられない。


 ◇◆◇


 少し距離を置いた丘の上で改めて自己紹介を始めた。


「私はラターニャ、こちらは護衛の騎士ソラとカルロ」

「ただの戦士だよ。ラターニャ様。俺らはそんな立派なもんじゃない」


騎士といわれたソラは否定する。確かにあまりガラは良さそうではない。


「で、何故ここへ?あの飛行船はどこから?」

「おいおい、尋問かよ。それより子供が何でこんな真夜中にこんな所に一人でいた?皆城内に逃げ込んでいたんじゃないのか?」

「あのね、ボク迷子なの。城内っていうけどここはどこ?」


レナートは迷子であることを強調しわざと子供っぽく聞いてみた。

その方が警戒されずに済むかと思ったが、どうも演技が過ぎたようで相手の目が不審そうな目つきになる。


「ソラ様。意地悪せずに教えて差し上げてください。ここはサーカップ地方のイスファーン。かつてラキシタ家の宮殿があった所です」


ラターニャが親切に教えてくれたおかげで、レナートは目的地に着いていた事を確認する。

後はサリバンを探せればいいのだが。


「で、お前は何処から来たんだ?迷子ってなら送ってやろうか?」

「えーとね、フォーン地方のかい・・・ウカミ村っていってもわからないよねえ」

「うむ。知らん」


ソラは胸を張って言う。


「偉そうにいうな、馬鹿。フォーン地方っていうとフォーンコルヌ皇国かい?」


魔術師のカルロの方は優しくレナートに尋ねた。


「あ、そうです。ご存じでしたか?」

「おおよその地理はね。嫁さんがそっちの国に行ってた筈なんだが行方知れずで困ってる。俺は探すついでにラターニャ様の旅の護衛を務める事にしたんだ」

「そうなんですか。でもちょっと南に来過ぎたのでは?」


フォーンコルヌ皇国からここまで来るには地上を行く場合、山岳地帯を延々と何ヶ月も歩く事になる。飛行船で来ているので楽だったろうが、カイラス山で見かけた所からすると大分南にずれている。


「獣の民にこちらのラターニャ様が頼まれごとをしてね。そちらが終わってから寄るつもりだったんだ」

「獣の民って蛮族、獣人達の事?ひょっとしてさっきのお城の人を助け出すように頼まれたんですか?」


彼らがそんな頼み事をするなんてどういう間柄なんだろうか、レナートには訳がわからない。東の同盟国?彼らと同盟関係が結べるなんて眉唾な話だと思っていたが、本当に信頼関係を構築しているということなのか。疑問がいくつも浮かび上がる。


「いや、大量に発生した亡者を鎮めて欲しいと頼まれたんだが、来てみたらまだ生きてる人間がたくさんいるから助けようとしたら暴れ出して飛行船が燃えてしまった」

「どこの馬鹿が火炎放射器なんか積みやがったんだ。まったく」


ソラが愚痴る。誰かがパニックになって焼き払おうとして失敗したようだ。


「普通の人が亡者を始末するには完全に灰になるまで燃やしきるのが一番ですからね」

「先ほど生きてる人間と言いましたが、たぶん綱を登ってた人達の多くは既に亡者だったと思いますよ」

「なんでわかる」

「精霊さんが教えてくれたので」

「ふざけてんのか?」

「ほんとですもん」


小さいころも馬鹿にされたのであまり言いたくは無かったが、最近は開き直り始めたので他人にどう思われようと気にならなくなってきた。


「ソラ様、多分本当でしょう。友人にもそういう子がいました。・・・ところでちょっと灯りを使ってもいいかしら?」

「どうぞ?」


ラターニャは魔術で上空に灯りをともした。

真っ暗闇の山中を明るく照らすほどの大規模なものだった。

これまでは火災現場から持ってきた松明だけだったのでどうにか顔が見える程度の明るさだったが、これでよく見えるようになった。


「あら、髪がきらきら光っていたから珍しいと思ったのだけれど貴方、本当は北国の出身?」

「いいえ?生まれも育ちもフォーン地方です」

「ではご親戚にスヴェン族の方はいないかしら」

「あ、母がそこに近いパヴェータ族です。よくわかりましたね」

「やっぱりね。スヴェトラーナにちょっと似ているから」

「うえっ?」


なんで彼女の名前が?とレナートは吃驚した。


「どうかされました?」

「親戚です。貴女はなんでご存じなんですか?」

「学友・・・でした」

「ほやー、そりゃ凄い縁ですねえ」

「ほんとに」


やっぱりウィッデンプーセは知っていてここに送ってくれたのだろうか。

彼女の試みは失敗したが亡者の事を知っているならレナートが会うべき人物である。


「それにしても困ったわね。亡者なら私が祓えると思ったのに」


ラターニャは大きな錫杖をしゃらんと地面に突き立てた。


「多少は効果があったように見えたが」

「少しはね。でも駄目でした」

「とりあえず朝になってから移動しましょうか。ヴェーナに向かうかフォーンコルヌ皇国へ向かうか」

「ここから徒歩で直接フォーンコルヌ皇国へ向かうのは厳しいと思いますよ」


ラターニャ達の相談にレナートは口を挟んだ。

レナートでさえ道が分からない。冬が近づいている険しい山々を何ヶ月も踏破するより、沿岸部沿いの街道からヴェーナに行ってそこからフォーン地方に入った方が早そうだ。

しかしその道には間違いなく蛮族がいる。


「さっきの数の人間が全て亡者だとすると何万人もいる。獣の民とは話をつけられてもアレは無理だ」


すぐには方針を決められなかったので彼らはいったん朝まで見張りを立てながら睡眠を取る事にした。


 ◇◆◇


 そして翌日。


「おお、ラターニャ様。ご無事でしたか」


念のためと、物資の回収の為、墜落現場に戻って生存者がいないか確認した所一人の騎士が飛んで来て地面に着地した。


(わ、すごい)


かなり特殊な機構を持った魔導装甲の持ち主で、靴や背中の円筒から強烈な勢いの風を噴射していた。加えて彼は小脇に小柄な女性を抱えていた。


「ブルクハルト様、ゲルドも無事でしたか」

「やっぱな、アンタが墜落死なんかするわけないと思ってたぜ」


ソラ達がブルクハルトという騎士の肩を叩いた。


「ソフィアも無事だ。ほら」


ブルクハルトが天を指すとそこには天馬に乗った女性がいた。

彼女も着地してきて皆で生存を喜び合う。


「そちらは?」

「レナート君。フォーンコルヌ皇国から来た迷子だそうです」

「初めまして、レンです。おはようございます」


ブルクハルトは渋くてかっこいい騎士様でソラ達と違って初対面の印象も悪くなかったのでレナートはきちんと挨拶した。


「う、うむ。礼儀正しいな。私はブルクハルト・タクシス・コブルゴータ。フランデアンに仕える竜騎士だ。大地の巫女ラターニャ様の護衛を命じられている。こちらは妖精騎士ゲルド。同じくフランデアンの妖精の民だ」


竜騎士とは神代に生息していた竜族と戦う為に技を磨いた騎士達の事で、世界で現存しているのはフランデアン王国だけだという。妖精騎士もフランデアン王国の住む妖精の民の騎士の事だ。


「はあ、じゃあ東方の国ですよね。帝国を裏切って叩き潰した」


エーバーハルトのおかげで事情は理解したが、少しばかり文句は言いたい。


「裏切りではないが、君のような若者を辛い目に遭わせているのは申し訳なく思う」


ブルクハルトは律儀に頭を下げた。


「お姫様を酷い目に遭わされたのが戦争を起す理由になるんですか?」

「それはきっかけに過ぎない。帝国には世界中の国から長年恨まれる理由があった。無実の民には申し訳なく思いはするが、恨み事は帝国の支配者達にぶつけて貰いたい。特に君の国の主に」

「恨むつもりはないですが、疑問は解消したかったので」


ならいいとブルクハルトは頷いた。

しかしラターニャ達の間に微妙な空気が漂う。


「なにか?」

「いえ、それより物資を回収して方針を決めましょう。ソフィアさんに一度ヴェーナへ戻って貰った方がいいかしら」

「確かに、救援要請を出した方がいいだろう」

「次の船が建造されるのは半年後だぞ。そこらの村で馬でもいないか探した方がいいんじゃないか?」


レナートも一人では不安なので彼らに便乗させてもらうつもりだったが、神器の戦車を駆るサリバンと合流したいので狼煙を上げてみたいと頼んだ。


「ほう、そんな便利な神器があるならぜひともやってくれ」


ブルクハルトの意見にラターニャも同意して、緊急用の狼煙を上げた。

遊牧民達が使う特殊な木の実を乾燥させ、薬剤を加えたものでやや黄色がかった煙があがり、それは空気中に長く滞留し、遠方からも確認できた。


「近くにいれば気付いて来てくれると思います。それにしてもラターニャ様ってこんな凄い人たちに護衛されるほどの力をお持ちなんですね」


竜騎士に妖精騎士、光り輝く魔剣を持った剣士と魔術師。

彼らに護衛される巫女とは何者なのであろうか。


「私の力ではなくこの錫杖の力ゆえのことです」

「それってどんな力があるんですか?」

「本来は地獄の亡者を支配する力があるのです。これは地獄の女神アイラカーラ、またの名を大地母神ノリッティンジェンシェーレの錫杖です」


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2022/2/1
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