第12話 転移魔術②
「それで!それでどうなったんです?」
レナートはようやくヒントが得られそうだと喜んで訊ねた。
「それがですね、やんわりと断られて伝授されなかったそうです」
「ええ・・・」
期待しただけに「役に立たないじゃん」と失望感を露わにしてしまう。
「あっ、でもですね。こう答えられたそうです。『教える必要があるのか?その巫女らしき気配なら獣を伴ってさらなる高位界へ跳んでいったようだ。望むなら自分の力で跳べるだろう』つまり女神であれば自分で転移できるようです」
レナートはもう一度がっかりする。自力では望んだところに転移など出来そうもない。
もう一度姿隠しの指輪を使って霊体化し、飛び込んだらまた数週間かかってどこかにランダムに飛びそうだ。ウィーグリフも疑問を呈す。
「女神といっても神格によって備わった力が違うだろう。森の女神特有の力なのでは?」
「そうであれば役に立たないが、森の女神に好きな所に転移できるような印象はないな」
「確かに、どちらかといえば風や水の女神の技という気がする」
「ひとまずとっかかりは得られたわね。あとはエーバーハルト老師や他の人にも案を出して貰えば打開策が得られるかも」
いったん今日はここまでにしておくことにして、後日遺跡からエーバーハルトを呼び寄せる事になった。
◇◆◇
翌日、エーバーハルトと帝国軍司令官が面会を求めてきた。
「どうなさいますか?」
スヴェトラーナがレナートに問う。
「帝国の人は何の用ですか?」
「副司令官の無礼の謝罪とお赦しを得たい、と」
先のスヴェトラーナの宣告に慌てたようだ。
「ボクは気にしてないんでもう許したことにしてお帰りして貰って下さい」
「・・・でしたら公衆の前で会い、赦しを与えて頂けませんか?女神の状態で人前に出て赦しを与えるというのが必要なのです」
「どうしてです?ボクがあまり女神の力に頼りたくないって分かって貰えてますよね?」
「申し訳ありません。ですが私が帝国軍司令官に伝えても女神の言葉を捏造したと思うかもしれません。それに一度は戦いを宣告し、私が翌日にそれを翻すとなると問題が起きます」
「なるほど。ところでスヴェトラーナさんはそれでいいんですか?叩き潰すつもりだったのでは?」
「そのつもりでしたが、お言葉通りよく考えてみたところ自由都市と帝国軍を切り離す機会と考えました。帝国を奪還したいのなら素通りさせてやりアル・アシオン辺境伯に彼らの面倒を見させようと思います」
割と打算的な理由だった。
「では、お会いしましょう。ボクの個人的な事は伏せておいた方がいいですよね?」
「お心のままに」
実は氷神グラキエースは北の民を守護する為に降臨したのではないと知られれば、また状況が変わってしまう。帝国人であるレナートを利用する可能性もある。
「じゃ、一度エーバーハルトさんに先に会って何処まで話してるか聞きましょう」
「それがよろしいかと」
「また巨人化しちゃうかもしれないから会う場所を決めておいてください」
「お心に沿わない事になってしまうかもしれませんが、少々目立つことになってもよろしいでしょうか。
「仕方ないですね、この地方で帝国人の絶滅戦争が起きるかどうかという分かれ目になるでしょうから」
◇◆◇
「こりゃまためんこいお嬢さんになったもんじゃ。本当にレナート君か?」
「はい」
しばらくコルヒーダがレナートの世話を焼いてくれることになって、精いっぱい威厳のある格好を整えてくれたのだが、北方候アヴローラの衣装は孫にも衣装というかレナートにはまだ衣装に着られているような可愛い姿になってしまっていた。
コルヒーダがヘリヤヴィーズの門前で待機していたエーバーハルトだけを連れてきてくれたので、さっそく帝国の司令官とはどういう関係か、何を喋ったのか訊ねてみた。
「わしゃ、同じ帝国人の誼で仲介を頼まれて引き受けただけで君については何も喋っておらんぞい」
「それなら良かった。スヴェトラーナさんは帝国の司令官はボクの事情を知ったら、ボクを利用するかもって心配してたよ」
「なるほど、もっともな事じゃ。では儂も口を噤んでおこう」
「お爺ちゃんはほんとにここの人の味方なんだね」
「うむ」
彼はここに家族を持っているので当然だった。
「そういえばお爺ちゃんはここに住んでて結婚もして皆一緒なんだ?」
「うむ。昔は結婚という概念自体が無かったから大変じゃったぞい」
北方圏南部のサウカンペリオンは何千年も前に帝国化していたので文化的にも帝国人に近かったが、この北ナルガ河近くの民族は厳格な母系社会なので男が女を口説くという発想すらない。夫婦で仲良く暮らすということもないのでそういった生活を受け入れて貰えるのは特例だった。
「概念自体存在しない国でお嫁さん口説くって凄いなあ。スヴェトラーナさんは絶対落ちそうにないよ」
「ウィーグリフはスヴェンの大族長を口説くという北の民の長い歴史で最も困難な戦いに挑戦することになるな」
「結末を見届けたいけど、ボクもう帰らないと」
「そうじゃったな」
レナートは改めてエーバーハルトに協力を依頼し、昨日得たヒントも伝えた。
「ふむ、確かにウィッデンプーセにお会い出来れば転移の技を学べよう」
「どうすれば会えますか?」
「神々は皆天界に去ったというのが一般的な知識だが、唯一ウィッデンプーセだけは現象界に監視者として時代の変わり目を伝える役目を持つ者として残ったといわれる。エイラシルヴァ天は神喰らいの獣を封印する時に高次の世界へと獣を転送した。皇帝陛下のお言葉ではその際にウィッデンプーセの世界を通過したらしい。かなり近い世界の何処かにいる」
「そういうものなんですか?」
「そう解釈しておる。彼女は意図的に通過したわけではなく、皇帝たちはその場に振るい落されたらしいからの。その世界に滞在できた時間は個人差があったと評議会から聞いた。特殊な能力が無くとも巻き込まれて神の元へ辿り着いた事実からすると条件さえあえばさほど難しい事ではない筈」
「条件ってなんですか?」
「転移した場所が帝都のリーク・ウートゥ大競技場であり長年観客により大量のマナが奉納されていたこと。術の発動に女祭司長エイレーネ殿や複数の巫女が関わっていた事。最終的にエイラシルヴァ天が術の行使者となったこと、じゃな」
エーバーハルトは淀みなく答えた。
「でも、ボクそんな術知りませんよ」
「儂が知っておる」
「お爺ちゃんが?」
帝国魔術評議会も神喰らいの獣の出現を危険視しており、再度出現した場合、自力で対処できるように研究を行った。
「まあ、理論は知っておっても儂には発動出来んがの。未来の人類の為に知識は配布されたから知っておるようなもんじゃ」
「ボクに出来るでしょうか」
「やってみるしかなかろ。ま、巫女の中にはフリギア家の姫や様々な神の信徒がおったからさほど特定の神に限った特別に神聖な儀式でもあるまい。本来封印する為の力を異界への移動にだけ使えばよい分いくらか楽になるじゃろう」
ダメ元でもやってみようということでエーバーハルトが手配をしてくれることになった。
儀式に参加してくれる巫女の訓練と帝国北方軍やゴーラとの正式な終戦協定締結の為、二週間を要した。
エーバーハルトの提案でスヴェン族はこの時間の間に出来るだけ多くの人を呼びマナを奉納させることにした。




