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天に二日無し  作者: OWL
序章 神亀雖寿 ~前編~
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第19話 クールアッハ大公爵邸

 大きな屋敷が並ぶ貴族街の中でもひときわ大きな屋敷があった。

水路から水を引き込み堀を作り、城館ともいえる大きさの建物に、狙撃手が警戒する見張り塔や見事な庭園も備え、近隣には仕える使用人、騎士、従者らの家も並び防備も完璧である。


オルスはそこまでエンマ達を送り届けた。

レナートはグランディがしばらく預かってくれるというが、今日は宿を取る事にしていた。


闘技場に出場しても昔のような奴隷剣士ではないので負けても主催者の意向で処分されることはないが、命がけの戦いがこれから待っている。しばらく休養してから出場するが、おそらく十回が限度であろうと思っている。新人が三回勝てば目立ち始める。五回も勝つとどこかの興行主に目をつけられて専属契約を持ちかけられるだろう。しかし、自分は稼ぐだけ稼いだら郷里に帰るつもりであった。


下手をしたら契約で揉めて、裏で八百長や賭け試合をしているような連中が思い通りにならない邪魔者だと始末しに来るかもしれない。七回勝って、特に大きな問題が無ければそのまま続ける。


ヤバくなってきたら七回目で逃げる。

そのつもりで必要な費用を逆算すると一試合当たり百エイク。

金貨にすると最終的には何十個も革袋がいる。

持ち帰れないのでマルーン公の都でも使える銀行を探して預けて・・・と思考を巡らせていると邸の主が出てきて大音量で名乗った。


「よく来た妹よ!久しいな!そして従者諸君、我が妹を無事送り届けてくれた事に感謝する。我こそがタンクレッド・ティヴェール・クールアッハ!!覚えておくがよい!!」


タンクレッドもフォーン地方の民族らしく、均整取れた体つきをしてる。

都の人は大体肥満気味であるにも関わらず、彼はそれなりに鍛えているようだった。


従者代表として騎士アンクスが報告を行った。


「ふむ。戦士オルス、貴様は予定の随員ではなかったにも関わらず臣民として忠義から護衛を務めてくれたとか。褒美を授けよう、それ」


タンクレッドは召使に革袋を持って来させたが、オルスはやんわりと断った。


「ご好意かたじけないが、別に用があってついでに護衛を務めたまで。褒美など無用に願います」

「しかし身重の妻を抱えているとか。なに、出産奨励金だ、受け取るがよい」


二度断るのは非礼なのでオルスは受け取ったが、中身は銅貨だった。

意外に安い。


「ふははっ、済まぬな!我もまだ己の資産を持たぬ身。それで許せ!」


オルスは苦笑しつつも軽く掲げて感謝を示した。


 ◇◆◇


「・・・ださっ」


タンクレッドの後ろからぞろぞろと他にも豪華な衣装をまとった貴族達が出てきてその中の一人の少女のセリフが小さく聞こえた。


「これ、ツィリア」


ツィリアと呼ばれた女性は目に隈が出来ていて、不健康そうな肌をしていた。

オルスも帝都で数回しか見た事のないような繊細なレースで彩られたドレスを着ている。かなり高位の貴族に思われた。

窘めた方の男性も少し似たような顔立ちをしている。


「お兄様、そちらは?」


エンマが問うた。


「うむ。この見るだけで悪寒がする女はツィリア・ダンヴィッチ・ダークアリス。兄の方がダン・ダンヴィッチ・ダークアリス。妊娠中の雌犬のような腹をしている奴がショゴス・フロリア・ルシフージュ。我がクールアッハ家に家名だけは決して劣らぬ貴族だ。失礼の無いようにな!」

「・・・では各地の総督の子弟が揃っているのですか。まさかわたくしの出迎えの為に集まったわけではないでしょう」


フォーンコルヌ皇国の四大貴族の三家が揃っている。

残りの一家は皇家自身である。


「私もいるわよ。お久しぶりね」

「パーシア様、貴女まで!」


少し遅れて出てきた小柄な少女は皇家の傍系パーシア・フレア・フォーンコルヌ。


「わっ!かっわいい!!」


レナートが大きな声で彼女に対して歓声をあげたのでオルスが慌てて口を抑え込んだ。

パーシアはお団子頭にシンプルな白いワンピース、黒いリボンがアクセントでそこそこの富裕層のお嬢様といった出で立ちだった。


「んまっ、わたくし達にはそんな反応したことないくせに。パーシア様が気に入ったの?」


エンマは少しばかり拗ねた。

レナートの感想は子供らしく素直な分、本心だと思ったからだ。


「そんなことないよ?エンマ様もグランディお姉ちゃんも大好きだし」

「しらじらしい。パーシア様の方が気に入ったんでしょう?」


グランディは(エンマったら・・・子供相手に拗ねるなんて)と思ったが彼女はこの場では下位の貴族なので余計な口は挟まずにおいた。


「良く知らない人だけどとっても綺麗で可愛いくて不思議な魅力があるから・・・」


エンマが少しばかり気分を害してしまったのを察してレナートは縮こまる。


「あらあら、なかなか見る目がある子ね。童顔だとかなんとかよくいわれるけど真の美というものを幼くして理解している者もいるのね。私もようやく理解者を得たというものだわ」


場違いな発言に平民が恐縮しているようだが、パーシアは意に介さず鷹揚に頷いた。

年齢的にはツィリアやエンマより一つ上なのだが、童顔なので周囲にはそう見られていない。


「じゃあ、結婚する?」

「は?」


平民に突然結婚しようかといわれたパーシアは驚きに口を開け、目を瞬いた。


「こ、こら。いけませんっていったでしょ」


グランディも慌ててレナートを抱え込んだ。レナートは不服そうにもがいている。


「御免なさいね、パーシア様。この子誰にでも結婚を申し込む癖があるのよ」

「可愛い顔して罪な子ね」

「かわいい?ボクのこと好き?やっぱり結婚する?」


まだいうか、とグランディはさらに抑え込もうとしたがレナートは腕からすり抜けて逃げてしまった。


「あと十年して私がまだ独身だったらしてあげてもいいわよ」

「じゃあ、十年したら迎えにいくね」


子供の言うことだからとはいはい、とパーシアは気安く応じた。


 一方、エンマはまだ不満顔だった。


「そんなに彼女の事が気に入ったのならこれから侍女として仕えてみたら?」

「エンマ様?」

「わたくしの家より居心地がいいかもしれないから頼んであげましょうか?」

「そんなのやだ。エンマ様の家がいい」

「大人げないですよ、エンマ様」


グランディが苦笑しながら窘めた。


「貴女だって随分目をかけていたでしょうに」

「パーシア様の事を気に入ってしまったのは仕方ないでしょうに。貴女よりも高貴で容姿端麗で学業においても優れていらっしゃるのですから」


グランディはパーシアが芸術の才に優れており、帝都で何かのコンクールに優勝した事もあると聞いていた。


「んまっ。なんですって!」


当然憤るエンマ。

今度はレナートが宥めに回った。


「そんなこと言わないでお姉ちゃん。ボク、エンマ様のいいとこたくさん知ってるよ」

「気づかいは無用よ、レナート。お互いそんなに長い付き合いじゃない事ですし」


エンマは初めてあったころのようにツンツンし始めた。


「エンマ様はね。厳しそうな顔をしているけどとっても誇り高くて正義感が強いの。他人に厳しい以上に自分に厳しくて、どんな時でも背筋が曲がっている所見たこと無いし。ボクが眠るまでずっと起きててくれるし、いっつも体調気にしてくれるの。貴族の人って別世界の人間なのかと思ったけど、こんなに暖かい人なんだって教えてくれたし。本物の貴族ってこういう人なんだなって尊敬できる人だよ」

「そ、そう?でもお嫁さんに欲しいのはパーシア様なのでしょう?」

「エンマ様も欲しいけどみんなが失礼だっていうから・・・」


四大貴族直系のエンマと皇家傍系のパーシアのどちらが高貴な地位かは微妙な所だった。


「『エンマ様も』なのね?私は?」


グランディも自分の評価を聞きたがった。


「お姉ちゃんは家庭的でお裁縫が上手で、世話焼き、気遣い上手で一緒にいるととっても暖かい気持ちになるの。理想のお母さんみたいな人」

「まっ、なかなかいい評価ね。ちなみにお嫁さんに欲しい?」

「もちろん!」

「あらあら光栄ね、私も平民に生まれれば良かったわ」


グランディからほっぺにキスをされたレナートは途端にでれでれとしてしまう。


「・・・重婚だわ・・・不潔だわ」


女性陣の中、ひとりだけ無視されているツィリアがぼそっと語る。


帝国は一夫一妻制だ。貴族であろうと例外ではない。

帝国の主要構成国の一つの皇国でも同様だった。


「ああ、すみません。こいつの母親は北国出身なものでね。異文化交流ということで許してください。おい、レン。今日は迷惑そうだから俺と一緒に来い。行くぞ」


女性陣はレナートに甘い顔をしてくれているが、ここには殿上人の貴族の男性が大勢いる。

面倒にならないうちに退散を決めた。


「私だけ何も言って貰えなかった・・・。やっぱり私のようなウジ虫なんて誰も気にかけてくれないんだわ」


 ◇◆◇


「あれがウカミ村のオルスか」


エンマの兄タンクレッド・ティヴェール・クールアッハは一同にまた邸内に戻るように言い、オルス達を見送りながらつぶやいた。


「ご存じでしたか、お兄様」

「ああ。父上からウカミ村や同族の遊牧民達を懐柔した話を聞いたことがある」

「辺境の少数民族の扱いがお父様達の議題に?」

「何やら古代の盟約を持ち出してきたらしい。守護神を法の神エミスとする我らがそれに逆らえるわけもなく配慮せざるを得なかったとか」


現象界の力で叩き潰す事は容易だが、それを実行した場合、神に呪われるという迷信的な畏れがあった。従順な者には寛容だが、逆らうものには容赦しないのが帝国の国風だ。

それがここまで逆らった者達に高度な自治を許すというのは珍しかった。それに大公家が陪臣の小領主に直接命令するというのも異例である。


タンクレッドはしばらく目を凝らしてオルスの背を追っていたが、見えなくなると踵を返し自分も館に戻った。


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2022/2/1
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