第9話 転移遺跡の戦い④ ~レナート~
スヴェトラーナに首根っこを掴まれて本陣まで引き戻されたレナートは不貞腐れていた。
「どうせ戦うんだったらあのままボクにやらせてくれれば良かったのに」
そうすれば犠牲者は少なく済んだ、と文句をいう。
「馬鹿もの。会談の場で討ち取ってしまったら遺恨が残り子々孫々嘲られ争いの元になる。第一あいつは君にやられるほど弱くはない」
「ボクの力を知らないくせに」
「愚かもの。君にどれほどの力があろうと人は力だけに従ったりはしない。それに君はここを去るつもりなのだろう?引っ掻き回すだけ引っ掻き回してから去られても迷惑だ」
「それでも家に帰った時、親戚を見捨てたなんてお母さんにいえない」
迷惑といわれてもレナートは強引に参戦するつもりである。
ストレリーナに確認して貰ったところヴァイスラとペレスヴェータの母ナチュカはアヴローラの三十二番目の娘でスヴェン氏族の一員ではあるが、ヘリヤヴィーズを出て自分の部族を作ったらしい。
アヴローラは二百年近く生きた大魔女で百年くらい若いままの姿を保っていたので非常に多くの子孫がいる。
「別に気にしなくてもいいんだがな。お婆様本人でさえ産んだ子供達の事をいちいち覚えてない」
「えええ・・・」
何度も村ごと壊滅しては新たに入植するというのを何千年も繰り返して来た修羅の土地だ。
強く優れた男だったら女達はとりあえず子供を作ってみる。
子供達の大半は生き残れない。母親として強い情を残していては精神を病んでしまう。
「みんな姉妹で親戚のようなものだ。戦い続けるのが嫌で耐えられず西へ去って行く者も多い。私達はそれほど血縁に執着してはしていないんだ」
帝国と交流しなければ去った者達も自分達の文化に疑問を抱かなかったかもしれない、とスヴェトラーナは零した。
そんな話をしていると敵軍から砲声が轟き始めた。
「大丈夫なんですか?」
「帝国軍もせいぜい小型の野戦砲しか持ち込んでいない。たいした効果はないだろう」
防戦に徹するしかないので総指揮官のスヴェトラーナもすぐに何か対応が必要なほどの戦況ではないが、丘の上の櫓に移動して状況を確認し報告を受けた。
レナートはスヴェトラーナが忙しくなった時に目を盗んでそそくさと最前線まで移動する。
◇◆◇
毛皮を身に着け、肌に油を塗った筋骨隆々の数百名の戦士達が突撃してくるのをみてレナートはさっそく女神の力を引き出す事にした。
ペレスヴェータの存在が感じられないので不安はあったが、三度目なので要領は分かっている。降ろすというより内側から引き出すような感覚だ。
自分の力だけでも問題なく神域を創造し、戦場を取り込んだ。
まずは邪魔な敵兵を排除する為、吹雪を繰りだして動きを止めようと思ったのだが、敵兵は全員凍り付いてしまった。
あら?と疑問に思う間に敵兵の命の灯が氷の中で急速に消えそうになっていくのを感じた。
”うわああ!ごっごめんなさい”
攻め込んで来たのはゴーラ兵と帝国軍であり、スヴェン族は自分達の土地を守るために抵抗するのは当然だと思って参戦したが、ここまで力が出るとは思わなかった。
前に使った時は魔獣一匹も凍らせられなかったし、騎士や雑兵を数名倒せる程度だった。
何がなんだかわからないが急いで凍結を解除する。
目的はウィーグリフとかいう失礼な男なので他の兵士を虐殺する気は無いし、出来るとも思ってなかった。
「どうしよう。ヴェータがいないからうまく制御出来ないのかな?」
誰か力の使い方を教えて欲しいと思ってきょろきょろ見まわすが周囲の味方は唖然としてこちらを見上げている。いつもの事だが少々体が浮いていた。
大地のマナと反発しているような感覚がある。もう少し力を抑えないといけない。
自分の体を見下ろすと、やはり体が女性化して大きくなっている。
そしていつもより倍くらいに上背も伸びていた。
その結果、せっかく用意してもらった神獣の抜け殻で作った服も伸びきって一部が裂けている。
「も、もっおおお。見るな!」
いくらかスヴェン族にも男性の兵士が混じっているので注目されると恥ずかしい。
透明度の低い氷を自分の足元から生やして下半身を覆う。
(どういうことなのか誰か説明してよおお)
レナートは内心泣きそうになりつつも、出来るだけ泰然自若を装って戦場を見まわした。
第一陣の兵士が後退して第二陣が突撃の準備をしていた。
「誰かスヴェトラーナを呼んできなさい」
とりあえずレナートは偉そうに近くの凍えている男性兵士に命じてみた。
「な、何者だ。お前は」
従ってくれない。
やはり勝手に抜け出してしまったのが良くなかった。
(まあ、いいか。そのうち向こうから来るだろうし)
それにしてもやっぱり恥ずかしい。
かろうじて神獣の抜け殻が肌に引っかかってるだけなので、羽織るものが欲しい。
腕組みをしながら顔を赤くする。
ペレスヴェータに頼りすぎていたので、不測の事態が起きた時、どうすればいいのか考える力が育ってない。そのあたりペレスヴェータも心配して最近は自分で考えさせるよう意識的に振舞っていたが、まだまだ足りなかった。
しばらく待っていると案の定、スヴェトラーナがやってきた。
「レナート君なのか?」
レナートは一応女神らしく振舞わねば、と思って重々しく頷いた。
「敵を足止めしたのも君か?」
「ようやく信じた?それより何か着るもの出して」
(ボクに注目させないで)
ペレスヴェータと話す時のように内心で考えた事を魔力にのせてスヴェトラーナに送ってみる。
「あ、ああ。敵がまた来るぞ、前方に集中しろ。こちらには氷の女神グラキエースが降臨された。女神の御前だ。情けない戦いはするなよ!」
どうやら通じたらしい。
スヴェン族でも最も大柄な女性でも今のレナートよりは小さいので会う服がなく、ストレリーナが持参した黒いマントをレナートは羽織った。このマントは異様に光の吸収率が高くこの世のものとは思えないほど黒い。人工的に趣向が凝らされた金のボタンと銀の鎖のおかげでこれが現実にこの世界に存在していると認識出来る。
「これは?」
「母から受け継いだドゥローレメの神器です」
レナートが羽織るとマントは自動的に広がって着用者に見合う長さになった。
「コルヒーダ。人払いを」
ストレリーナの指示で正面以外の周囲に天幕を張って兵士達からの視線を排除した。
スヴェトラーナやストレリーナでも状況を把握できていない事を皆に知られるわけにはいかない。
◇◆◇
「ボクの力は見せた通り。この後どうしようか」
敵の第二陣が迫ってきている。
「女神よ。どうか皆の前では威厳を保ってください」
ストレリーナから注文が来る。レナートもそのほうがいいと思ってさっきは近くの兵士に偉そうに振舞った。
「さて、スヴィータ。貴女の知る女神はどうだった?」
「あの子はこのように巨人化したりはしませんでしたが、その気になれば鹿に変化することも出来るとかいってましたね。・・・それにしても最初からこの姿で現れてくれれば私達の対応も変わったのに」
「ボクに人として生きて欲しいってのがペレスヴェータの願いだったんだって!」
「それはわかる。わかります」
「で、どうするの?」
第二陣との戦闘が始まり、あまりのんびり会話もしていられない。
「昨日話した通り、迷ってこちらに転移してしまったのであればこの戦いに介入されては困る」
「待ちなさい、スヴィータ。女神の実在が明らかになった以上、話が違う。皆も考えを改めるでしょう。氏族がこちらに援軍を送るでしょうし、ゴーラの男達もサーム族から離反する筈」
「母上、私は女神に地上の問題に介入して欲しくないのです」
「存在を明らかにするだけ。それで無意味に血が流れることはなくなるでしょう」
「それでも女神の力と威光を利用している事に変わりはないでしょう。彼・・・彼女?がずっとここで私達の守護神として君臨するならともかく去るといってるんですよ?いなかったもの、とするのが正しい」
スヴェトラーナとストレリーナは母娘で口論を始めてしまった。
前線の戦いは激化してすでに死者が出始めている。
レナートは早く決めて欲しいとそわそわし始めた。
「スヴェトラーナ様、皆に選択の機会を与えてもよろしいのではないでしょうか?」
見かねてコルヒーダが口を出した。
「機会?」
「そうです。ほら」
凄惨な戦場を指さした。
「スヴェトラーナ様が部族の全てを背負わずとも良いのです。考えの違うものは出ていくでしょう。皆にも選択の機会を与えてください。女神も無益な死をお嫌いのようです」
「・・・わかった」
先ほどまで不愉快そうな表情だったレナートが不安そうな顔に変わっていた。
「しかし、どうやって戦いを止める?お婆様が強力な魔術師だったからか、敵はさきほどの一撃を魔術による抵抗だと思っているだろうし」
「女神よ、何かお考えはおありですか?」
「敵だけ凍らせてしまうことは出来ますか?」
レナートはどうしたものかと先ほどから考えていた。
神域を展開すると敵味方関係なく巻き込んでしまう。
さっきも近くの兵士は凍えていた。
ドムンまで凍死させてしまいそうになった魔獣との一戦の時と違い、今回は指向性を持たせることは出来たが、殺さずに乱戦状態の敵兵だけを凍らせるのはたぶん無理な気がする。
「グラキエースの子孫に近い血筋の人への影響は抑えられると思うけど、敵だけ凍らせて動きを止める事は出来ない。たぶん皆死ぬ」
「それはお望みではない・・・のですね?」
「そう・・・だから慈愛の女神の力を借りる」
「慈愛の女神、ウェルスティアですか?」
「そう」
三人は説明して欲しそうだったが、レナートはすぐに行動を起こす事にした。
女神の力を引き出した時のように本能的にどうすればいいのか検討がついたし、神々の力関係はケイナンに教わったこともある。
”氷神グラキエースの名において命じる。雨の女神ウェルスティア。この地に雨を降らせなさい”
内心の力を大きくして第一世界にいるであろうウェルスティアに語りかける。
水神の系譜なら上位の神に従う筈である。
そして、すぐに返事があった。
”むぐっ、ごほっ!”
(え、何か咳き込んでる?)
何か食べている途中だったようだ。悪い事をした。
”ちょ、ちょっと待ってね。お仕事みたい。・・・あの、叔母様ですか?”
”誰がオバさんかっ!”
ペレスヴェータが乗り移ったかのようにウェルスティアに怒りを飛ばした。
”ひっ、ごめんなさい”
思いっきりビビられた。帝国のせいで伝承がほとんど残っていないが、グラキエースは孤高を好んだとされる。妹神であるドゥローレメが水の大神として多くの楽神の上に君臨しているのとは対照的だった。ドゥローレメの娘であるウェルスティアから見ると叔母に当たるので彼女としては当然の返答だった。
”あ・・・あの、現界されているですか?”
”そう”
”私達は地上の管理を人に委ねたんですよ。地上に関与してはいけません。復活されたのでしたら天界にお戻りください”
神々は世界に対して地上に関与しないという誓約をしたらしいが、レナートはそんな誓約した覚えはないので知った事ではなかった。
ウェルスティアは完全にグラキエースを恐れているのでもう少し脅せば言うことは聞いてくれそうである。しかしレナートは命令することになれていないし、人を従わせたこともない。だいたいおねだりすれば望みは叶った。
しかしウェルスティアとの力関係を考えるとおねだりしても無駄そうである。
どうしたものかと考えているうちにストレリーナと視線があった。
もっと威厳があればとかなんとかいわれた気がする。
そこで知り得る中もっとも威厳があり、人を従わせる魅力のある人物を真似てみた。
”口答えするんじゃありません!わたくしは雨を降らせて馬鹿な男達から闘争心を奪うよう命じたのです。さっさとしなさい”
エンマの口調を真似てみた所、効果があった。
”どうしても、とおっしゃるならその通りにしますが私には誓いがありますので直接は出来ません。叔母様を媒介にしてよろしいですか”
”なんでもいいからさっさとなさい”
命じたところ、ウェルスティアから力の移譲があり、すぐにそれを使って雨を降らせ始めた。
慈愛の女神の力は強力だった。
全方位で戦闘は中断され、敵味方ともに武器を置いた。
ウィーグリフへの殺意と敵意に満ちていたレナート本人にも効果があり、それが雲散霧消してしまう。
激しい敵意の代わりにむかむかとした不快感が残った。
「スヴェトラーナ。敵の司令官をここへ。あとは良きように」
「はっ。ではどうかそのまま威厳をお保ちください」
「心得ています」
明日明後日は更新お休み予定です!




