第7話 転移遺跡の戦い② ~グリフ~
やはり砲撃は塹壕に対して有効でなく、地元のスヴェン族に高所を取られている為さらに効果は薄い。南に布陣している帝国軍への合図代わりにはなり、あちらでも戦端が開かれたようだ。
「よし、突撃して丘を占拠しろ」
効果は薄いといっても長時間砲撃し続ければそれなりに死傷者は出るし、防衛設備も破壊出来る。
しかし冬が来る前に戦いを終わらせたいウィーグリフは損害に構わず突撃を命じた。
南側の帝国軍司令官ともそのように打ち合わせている。
スヴェン族は銃器を使わないし、魔術が得意といっても個人戦闘レベルならともかく戦場ではさして役に立たない。魔術師が何人いようと土地のマナを使わなければ魔術は行使出来ず、強力な魔術師が百人いようと千人いようと出来る事には限界がある。
特に最近はマナの濃度が薄いし、事前に帝国の魔術師団がマナを散らす儀式を行っている。
西側の川周辺でなければ恐れることは無い。
ウィーグリフは櫓の上に立ち、突撃の様子を眺めた。
全方位から第一陣として数百名が突撃していく。
そして全員凍り付いた。
「は?」
目を凝らしてもう一度よく見てみる。
敵陣から真っ白な凍土が広がってそれに飲み込まれた戦士達が凍り付いている。
まるで別世界のように凍土と緑の大地の境界線が陣地を隔てていた。
”うわああ!ごっごめんなさい”
先ほどの少年の慌てた声がして、すぐに凍土は消え戦士達も氷漬け状態から解放された。
「今の、聞こえたか?」
「はっ?何でありますか?」
帝国軍から借りている士官に話しかけてみるが、幻でも見たのかと首を傾げている。
どうも聞こえなかったらしい。
帝国士官はともかく同じ部族の側近には聞こえていて、進言してくる。
「俺は聞こえたが、言葉の意味はわからなかった」
「だろうな」
今の言葉は古代神聖語なので現代人が使う言葉ではない。
ウィーグリフは帝国留学時に教養として少し学んだことがある程度だ。
「今の魔術の損害は?」
「確認して参ります」
最前線の男達は一瞬で消え去った事だし、魔術もこれが限界だと思って第二陣が突撃を開始していく。
しばらくして第一陣の被害がわかった。
数名砕け散って死亡し、凍傷で数十名が戦線を離脱。
残りは軽傷のようだ。
「何があった?」
無事な戦士を連れてこさせて話を聞く。
「それが一瞬のことでしたが、まるで別世界に入り込んだようでした。宙に浮いたままのような感覚を感じたのかと思うと身動きが取れなくなり視線の先には見ただけで魂さえ凍り付くような冷たい目をした大きな女性がいました。実際心臓が停止していたのではと思います」
「それで?」
「それだけです。気が付いた時には地面に突っ伏していました」
「確かに短い間だったが、そこまで一瞬では無いだろう。意識でも失っていたのか?」
「わかりません」
その戦士からはそれ以上の情報は得られなかった。
代わりに双眼鏡で敵陣を確認していた帝国士官がその女性を発見する。
「巨人です。周囲の人間の倍くらいはあります」
「何だ?精霊が具現化したのか?」
獣人の中には時折巨人が混じるし、精霊の中にはかなり巨大なものがいるので巨人自体には驚かなかった。
「私にはわかりかねますが、あの巨人が魔術で凍土を作り出したのでしょう。第二陣に放ってこないところをみると力尽きたのではありませんか?」
「ならいいが・・・。おい、誰か氷の巨人について知っている奴を呼んでこい!」
1435年の蛮族との戦いでは人間の十倍近い氷の巨人が現れて帝国騎士に打ち倒されるまで猛威を振るった。しかしそれは人間の形をした氷の塊のような怪物で今回のような人間の女性を大きくしたような姿ではない。
”もおお、どうして退いてくれないの?この人たち馬鹿じゃないの?ボクはあいつぶちのめしたいだけなのに”
また声が聞こえる。
「・・・まさか、あいつ手加減してるのか?」
「は?」
今度の声は同胞の戦士にも聞こえなかったようだ。
「さっきは何故か謝って突然魔術を解いたな。まさか・・・やろうと思えば戦場全体を凍らせて戦士達を砕けるのか?」
母親を侮辱された恨みと敵意が巨人からウィーグリフに向かっているのを感じた。
視線で捕えられると己の心臓が冷たい手でゆっくりと握られていくように怖気が走る。
本能的にアレがさっきの少年だとわかってしまった。
ウィーグリフが恐怖を感じ始めたころ、第二陣が塹壕と馬防柵に取りつき激しい戦闘が始まった。
”ええい、氷神グラキエースの名において命じる。雨の女神ウェルスティア。この地に雨を降らせなさい”
「また何か聞こえました・・・族長?」
同胞の戦士がウィーグリフの顔をみやる。
族長には言葉の意味がわかるらしいので何を言っているのか翻訳して欲しいと期待して、だ。
しかし返事はない。
「まさか、いや・・・ありえんだろ」
ウェルスティアは慈愛の女神として北方圏だけでなく多くの地域で信仰されている有名な女神だ。
それに対して上位の立場から命じている者がいる。
”んまっ、口答えするんじゃありません!わたくしは雨を降らせて馬鹿な男達から闘争心を奪うよう命じたのです。さっさとなさい”
「族長、何がありえないんですか?」
戦場の上空へは突然もくもくと黒く、大量の水を含んで重そうな雲が湧いてきた。
「族長!」
二、三歩後ずさり櫓から落ちそうになるウィーグリフを側近が支える。
「族長、何が起きてるんですか?突然雨雲が!」
我に返ったウィーグリフはわかる範囲で言葉を伝えてやる。
自分でも口に出して整理してみないと状況が把握出来ないのだ。
「グラキエースとウェルスティアが口論している。というか命じられて今にも雨を降らそうとしている」
「神々が?」「ではスヴェン族のいう氷神の存在は事実なのですか?」
「俺が知るか。答えはすぐにわかるだろう」
慈愛の女神ウェルスティア。
神々の戦いではしばしば仲裁役として登場する。
退くことを知らぬ戦の神、常に燃え続ける牛の戦車を駆る火の大神オーティウムでさえ彼女の前では燃え盛る拳を降ろしたという。
そして、実際にヘリヤヴィーズ周辺に雨が降り、この戦場では誰もが闘争心を失って戦いを止めた。しばらくして白旗を掲げたコルヒーダがウィーグリフの元へやってくる。
「氷神グラキエースがお前をお召しです。すぐに参上しなさい」
それだけいってすぐに立ち去る。どこへ、という必要はなかった。
さきほど会談した場所で巨人が氷で作った椅子に女王のように悠然と座ってこちらを見ていた。
◇◆◇
「俺はもう駄目だ、終わりだ・・・」
ウィーグリフは絶望して途方に暮れた。
「何をおっしゃる!?」
帝国士官が膝をおって崩れる彼を支えた。
「なんで女神が突然現れて人間の戦争に介入してくるんだ」
ウィーグリフは虚ろな眼差しでつぶやく。
「あれは女神なのですか?」
帝国士官は問いかけてくるが、今の彼にはうっとおしい存在だ。
「俺には神聖な力が感じられる。帝国人のあんたにゃわからんかもしれんが」
「もしほんとうに神の降臨なら時代が変わったということですか・・・」
予言の神は地上を去る時に、いくつか予言を残した。
この世界は三つの時代に別たれる。
すなわち神々の時代、人の時代、そして終末の時代。
神々の戦いで荒れ果てた地上を復興させる為に、世界の管理は人に委ねられ、神々は地上への不介入を約束した。今は中つ時代、人の時代だった筈だが神々が再び介入してきた以上、それが終わったということか。
「認めたくは無いが帝都でも時折終末教徒が叫んでいただろう。終末の時に再び神が降臨すると」
「ええ、では。あれが私達に滅びをもたらす神なのでしょうか」
「知らん。しかし俺はもう終わりだ」
何故少年に擬態していたのかは知らないが、彼女の怒りを買った。
「済まないな、お前達。俺はもう終わりだ。せめてゴーラは滅ぼさないよう懇願してくる」
五千年間、ゴーラの男達は母達に従い忠実に戦い続けた。
それに反旗を翻した途端、スヴェン族が本当の守護神だというグラキエースが現れた。
いもしない神だと馬鹿にしていたのにスヴェン族を追い詰めた途端、守護神が降臨した。
やはり母に逆らってはいけなかったのだ。
「俺が間違っていたのか。俺達は命じられるがまま永遠に戦い続けなければならなかったのか」
虚無感に襲われ力が抜けて、そのまま命の灯が消えてしまいそうになる。
そんな彼を同胞の男達が支えた。
「そんな事はない!俺達も族長と同じ思いだ」
「そうだ。俺だって女神に文句の一つも言ってやる。だいたいあれは本物かどうか疑わしい。幻術か何かじゃないのか?」
「そうだ!そうに違いないスヴェンの魔女の企みだ!!」
一度疑問の声があがると皆がそれを信じようとした。
「やめろ!不遜な事を言うな!」
直接憎悪をぶつけられたウィーグリフには女神の力がわかる。
魔女が女神を騙っているとは思えない。
「しかし・・・実際に起きた現象は雨が降ってきただけですし、兵力は俺達が圧倒してます」
「違うんだ。一撃目は手加減されただけだ。その気になれば女神は俺達をみんなまとめて凍らせて砕くだけの力がある」
留学経験のあるものや、信仰心の強い者はウィーグリフだけではなかったので年配の戦士達も同意する。徐々に血気盛んな同胞もそれを信じていった。
「しかし、そうしなかったということは女神には慈悲があるということですし、訴えを聞いてくれるかも」
「かもな」
だが、俺は終わりだ、とウィーグリフは観念した。
神々は時々酷く残酷になる。
不快な人間の王がいたというだけで一国まとめて消し飛ばしたという神話もあった。
あの女神がそこまで理不尽ではないことを願うしかない。
ウィーグリフは神妙な顔で女神の元へ向かった。
2022/9/25
魔術⇒魔術師ほか誤字脱字修正
ついでに若干表現も変更




