第18話 皇都フラリンガム
十分に休養を取ったおかげで誰も体調を崩すことなく皇都に辿り着いた。
かなり高度も下ってきて、都は大きな湖に面し緑も多くさらに西の低地地方から人と物の往来も激しい。
街道も整備され、都市は石畳で覆われ、城壁はぶ厚く、フラリンガムはフォーンコルヌ皇国最大の都市で人口は五十万人近い。地形上大都市を築きにくいこの国としては異例の規模だった。
エンマの護衛でもあるので一行は貴族専用門を通り、皇都に入った。
貴族街まではまだしばらく馬車に揺られることになるが、レナートは興奮して窓を開けて外を眺めた。大きな防衛塔から続く兵舎の壁に空を横切る影が映りレナートはなんだろうと天を仰いだ。
あんまり体を乗り出すのでグランディが引きずり戻すが、興奮しているレナートは「あれ、あれ何?」と言ってきかない。対面に座っていたエンマが窓から外を見ると少し離れた丘に向かって飛んでいく天馬がいた。
「あら天馬だわ。珍しい」
「天馬?」
「どこからともなく霧のように湧いて出てくると言われる羽の生えた馬よ。世界でも数十頭しかいないらしいの。フォーンコルヌ家が唯一抱えるのがアレね。わたくしも見るのは二度目よ」
「乗ってみたいなあ」
「臆病だから、気に入った人間しか乗せないらしいの。そういえばあの帝国騎士エドヴァルドも天馬を授かったらしいわね」
皇帝が所有する牧場で管理されている為、平民に与えられる事は無いという。
「ざーんねん」
「貴重なものだからわたくしでも近づかせてもらえないわ。諦めなさい。それより明日は観光に連れて行ってあげるから地図でも見ていなさい」
エンマは実際に地図をみせ一点を指し示した。
「ほら、ここに両性を持つ神ダナランシュヴァラの神殿もあるわよ。たくさん祈ったら女の子にして貰えるかもね」
「ほんとに?」
「神様次第ね。さ、座りなさい。車輪が石でも踏んだら跳ねて怪我をしますからね」
「はーい」
レナートはようやく大人しく席について、それからはっと顔をあげた。
「まだ一緒にいてもいいの!?」
「もちろんよ。約束したでしょう。お土産は帰るころでいいかしら」
「わーい、エンマ様だーいすき!」
レナートはまた席を立ってエンマに抱きついた。
「仕方ない子ねえ」
「だって、都についたらもうさよならかなって」
「わたくしは約束はちゃんと守るわ。契約書に書いたっていいんですからね」
グランディも国立学院に入寮するまではエンマの屋敷で世話になる事になった。
「ねえ、レンちゃん。良かったら帰るまで私の侍女役をしない?」
「侍女役?」
「寮には侍女を連れて行ってもいいのよ。男性は一人で入らなければならないのですけれどね」
男性貴族の場合は卒業後は軍で下積み生活を送る者も多いので身の回りの事は自分でやらねばならないが、女性貴族の場合はそういう役回りはなく侍女を連れてきても一人で入っても良い。
侍女といっても主人の為だけでなく、寮の運営全般に協力させられる使用人のようなものだった。
「ボクでもいいの?」
「ええ、勿論。それにお給金も出してあげる。それで妹が生まれたら何か買ってあげるといいわ」
「わあ、ありがとう。グランディお姉ちゃん!エンマ様に一方的に貰うのは悪いかなって思ってたんだ」
「なるほど。それはいい考えですわね。レンくらいの年齢なら女子寮に入れても構わないでしょう。わたくしが話をつけておいてさしあげます」
オルスは妻の出産に間に合うように帰るつもりだが、ぎりぎりまでは稼ぐつもりだった。
数か月は滞在することになるのでその間子供を預かってくれるというのは渡りに船でもあった。
「さて、皆さま。私は別に所用がありますのでそろそろ降ろさせて頂きます」
街中をある程度進んだところでブラヴァッキー伯爵夫人が切り出す。
「ああ、そうですね。ブラヴァッキー伯爵夫人、行く当てはおありですか?わたくしの屋敷にしばらく滞在して頂いてもよろしくてよ」
「そこまでご厚意には甘えられません。ここにも知り合いがいる筈ですから訊ねてみます」
「わかりました。何かあればどうぞ頼っていらして」
「ご厚意に感謝します」
夫人と従者のタッチストーンは途中下車して何処かへと姿を消した。




