地獄編③:魂の火葬場
豊満な肉体が自慢の大地母神の中でも最高峰の女神だけあって、半端な素体ではなかなか満足して貰えず、多少時間がかかった。
「では、お聞きします。地獄とは何なのですか。誰が何のためにこんな悪趣味な世界を作ったのですか。生前に悪行を重ねたとはいえ、死後もあれほどの苦しみを味わうのが神にとって正しい行いなのですか?」
罰として地獄の管理をやらされているのでアイラクーンディアが創造し好きでこうした世界ではないというのは分かっていたが、どうしても詰問のような口調になった。
「全てはイラートゥスが世界樹を切断した事から始まった。三界を結びマナを循環させる世界樹が力を失った結果、淀みはもっとも下の現象界に溜まった。次々と魔獣が誕生し、神獣達も離反していった。そのうち『神喰らいの獣』が出現すると、次々と神々もその腹に収められた」
「それは知っています。最終的に貴女と争った森の女神達が封印したんですよね」
「うむ。だが、失われた世界樹は戻ることは無くこの世界には恒久的な解決策が必要じゃった。そこでこの『地獄界』が生まれたというわけじゃ」
「地獄で人々が苦しむことでなんの解決になるというのです?」
「ヒトは最も大きなマナを持つ生物。しかしその罪を抱えたままでは死後も地に留まる。かつてのように世界樹が浄化して天に昇らせてはくれない。マナが天に昇らなければいずれ天上界も壊れ天神達も力を失う。地獄とは罪を浄化する為の処理施設。何度も何度も『再死』させてマナを搾り取るのがこの地獄の役割じゃ」
自然の象徴である世界樹の役割を地獄が負う。
神為的に浄化し天に送り届ける作業が行われている。
人が祭礼で動物を殺し、天に奉納するのと同じこと。
「全身の皮を剥がされても死ねず塩水につけられたり、酸の雨が振る岩山に昇らせたり、蟲に体中食い荒らされたりする事で浄化されるのですか?」
「感情を極限にまで引き出せるのなら何でも良い。喜怒哀楽の何でもな」
「それではやはり作った神々の悪趣味ですか?」
「ふむ、どうであろうな。妾は既に罪ある神とされていたから地獄の創造には関わってはおらぬ。じゃが、効率を優先したのであろうな。もっとも手軽に人の感情を絶頂にまで追い詰めるのは苦しめるのが最も容易い。愛の女神なら他の手段もあるのじゃがの」
しばらく黙って話を聞いていたメルセデスがここで口を挟む。
「ま、そういうことね。罪人を楽しませたり喜ばせたりするのはおかしいから苦しませるのは道理ね」
「だとしても酷すぎます。やむにやまれず死を選んだ者、食べ物を盗んだ者、そればかりかただ単に親よりも早く死んだだけで地獄に落ちた者もいます」
「え、最近はそんなことになっていたの?」
「これをどうぞ」
コンスタンツィアは裁断者の書を渡した。
ここ最近の地獄の亡者達の行き先、理由が載っている。
二人はどれどれと覗き込んだ。
「あらまあ・・・」
「これは思ったより早く終末の時が近づいているようじゃな」
「終末の時?」
「アクトールが予言を残したじゃろう。この世は三つの時代に分かたれると。神々の時代、人々の時代、そして終わりの時代。地獄によって延命させられているが、世界樹が失われたままなのは変わらない。いずれ世界はウートゥの肉体、混沌の泥に戻る」
「ささいな罪でも地獄に落し、何億回も『再死』させるのは天神達の焦りね」
「・・・信徒が減って奉納されるマナが減った分を地獄で浄化したマナで補っているわけでは無かったのですね」
「当然それもあると思うわ」
地獄に封じられている彼女達には天神の真意は分からない。
「それでお婆様はどうなさるおつもりなんです?先ほどは世界を再編し革命をもたらすとかおっしゃっていましたが」
「そうよ。このままでは地獄は亡者で溢れかえる。マナは三界を循環せず世界は崩壊する。そのあと創造神たるモレスはきっと自分が主導して世界を作り直すでしょう。でもそうはさせない。私達が世界を再編するのよ」
「主神に天神達に対抗するおつもりですか?」
「無謀じゃろ」
コンスタンツィアはメルセデスの計画に驚き、アイラクーンディアも同意する。
「モレスはウートゥを殺した時、己の力だけで混沌の泥の中から世界を作り上げたわけじゃないわ。多くの神々の力が要る。でも信徒が減り、天界に昇るマナが減った影響か神々の中でも力の弱い神々は次々と死に始めた。そしてお母様のように人として転生する」
「それが何か?」
「神の魂を持った人間を地獄に落とす。そしてアイラクーンディアに力を集めて唯一の神とするのよ。ささいな罪で地獄の苦しみを味わわせる天神に貴女も不満を覚えたのではなくて?」
「それはそうですが天神に対抗するなど無謀です」
「でもやるのよ。モレスに主導させてはまたこんな理不尽な世界になる。人は神よりも下等な生物だからどんな苦しみを与えてもいい?罪人ならどんな理不尽な目にあってもいい?罪とされる基準がどんどん下がっても構わない?」
口調も早くメルセデスは次々とコンスタンツィアにたたみかけた。
「都合が悪くなれば基準を変えるような神に主導権を握られたら終わりよ。モレスは生命を愛してなどいない。私達の道徳なんか通じない超越者よ」
「理解はできますが現実的とは思えません。いくらお婆様が稀代の魔女といわれた方でも神に歯向かうなんて。実際アイラクーンディアに長年拘束されていたではありませんか」
「でも今はこの通り逆襲に成功したわよ」
「では、何か計画がおありなんですね」
「勿論」
「伺いましょう」
自信たっぷりな祖母にコンスタンツィアは続きを促した。
「神々は争いの末に地上を破壊してしまった。そして天界に去る時、二度と地上には介入しないと言い残した。神々の誓約は絶対よ。破れば神といえど呪いが降りかかる。私達はただ神の魂を持った者を見つけ堕とすだけ」
「ただの希望的観測じゃないですか」
コンスタンツィアは呆れる。彼女は分の悪い賭けは好きではない。
「やらなきゃやられるだけよ」
「でも断られたんですよね?」
コンスタンツィアはアイラクーンディアをみやる。
「妾の力では神々の魂を吸い込むなんて無理じゃ。また体が張り裂けてしまう」
「大丈夫よ今度は。前は私が無理やり吸い込ませていただけ。今度は魂を捕えたら夢を見せて休眠状態にする。そして必要な時にだけその力を使えばいい」
「ふむ・・・それなら」
「お待ちを・・・お婆様。天神の理不尽に逆らう為に今を生きる人を地獄に落とすというのですか?」
「そうよ」
あっさり言い放つ祖母にコンスタンツィアはもの言いたげな視線を向けた。
「言いたいことは分かるわ。非情だと。でも機械的に罪の基準を下げられ永劫の苦しみを味わい続ける人々の嘆きを聞きなさい。時間が経てば経つほど人々の苦しみは増える」
「・・・・・・でもあまりにも自己中心的ではありませんか」
「ええ、そうよ。綺麗ごとはいわない。私だったらあんな地獄の苦しみを味わいたくないもの。必死に泣き叫んでも耳を傾ける者はいない」
ただ機械的に苦しみ続け、みっともなく獄卒に許しを請う人々の声が地獄には渦巻いている。コンスタンツィアもあの中に加わるのはぞっとしなかった。
「貴女の幼馴染であり親友でもある侍女の子、ヴァネッサさんも自殺した以上あの列に加わらなければならなかったのよ?」
地獄の女神の城には数人コンスタンツィアの知り合いがいる。シレッジェンカーマの使徒だったから今は無理が利いているが、本来は地獄の亡者と同じように苦しまなければならない。
「モレスと協力して世界を再生するという選択は取れませんか?」
「この世界はモレスを中心に回ってきてこの結果になったのよ。そのモレスと協力なんてありえないし、あちらも地獄に落としたかつての愛人になど見向きもしないでしょう」
太陽神モレスの愛人とはシレッジェンカーマの事であり、アイラクーンディアの事もである。
「そうじゃな。モレスは従属を迫るだけじゃろう。原初の時代、太陽神の候補は他にもいたが、モレスによって全て倒された。モレスこそが唯一の太陽、天に二つも三つも太陽は必要ないとされた」
アイラクーンディアの方もモレスに対してもはや愛情など微塵も感じていなかった。
「さっき自己中心的といったわね。そうよ。これは自分の人生、世界は自分が認識するからこそ存在する。自分が自分の人生の主人なのよ。貴女ももっと我儘に生きれば良かったのに」
「お婆様はお強いですね」
生前のコンスタンツィアも死者の魂を操った事はあるが、結局割り切れなかった。
不幸にも自分の才能と倫理観が釣り合わなかった。
「私は一人でもやり遂げる。でも出来れば手を貸して欲しい。シレッジェンカーマ、コンスタンツィア。共に悪を為しましょう」




