第61話 涸れ谷城の戦い
フォーンコルヌ皇国の中央部、大地峡帯の中心にある台地”神の拳”を支配するマッカムはその西側が崩れ落ちて西部コルヌ地方と繋がってしまった事を受けてただちに将軍たちに指示を出した。
「アルピアサル将軍は一千の兵を率いてダカリス地方へ。ツィリア様に状況を知らせて欲しい。アヴァリス将軍は二万の兵と非戦闘員を率いてフロリア地方へ。ショゴス様にも状況を知らせて非戦闘員の保護を頼んで貰いたい。ベレロフォン殿はエンマと共にフォーン地方へ渡りバントシェンナ王に状況を伝えて貰いたい。それぞれ各地方へ渡ったら全ての橋を落とすことを忘れずにお願いする」
指示を出された将軍たちの中で最古参のアヴァリスが代表して発言する。
「大将軍だったマクダフ殿ならいざ知らずその子息に過ぎない君に指示を出されるいわれはないのだが」
「わかっています。ですからこれは要請だと思って貰ってもいい。コルヌ地方を孤立させたように今度は私達が住むこの台地を孤立させる必要があります」
マッカムの父、大元帥亡き後、同格の将軍達では牽制し合い10万の兵力があっても何も出来なかった。その後兵士達は故郷に向かいバラバラに散ってしまい、残った3万の兵をマッカムがなんとかまとめ上げて亡者と戦い続けて来た。
「亡者達が西砦の門を乗り越えようとしている状況で指揮系統について議論する気はありません。この状況でそんな事を論じようとしている時点で指揮を執る資格は無いと申し上げましょう」
マッカムは出来るだけ丁寧に将軍たちに頼んでいる。
大軍を支える為にここには多くの民間人も住んでいる。彼らは詳しい状況を知らずに怯えており、職業軍人が自信を持って彼らを導き、逃がしてやらなければならない。
マッカムに指揮官としての才能があったとしてもまだ若すぎる。この役目は経験豊富な将軍達でなければ民間人は安心してついていけない。
一瞬視線を戦わせ、それからアヴァリスは肩をすくめて同意した。
「よかろう。君の判断が正しい。だが、君は今後どうするつもりか。エンマ様と共にフォーン地方へ行くのか?」
「いえ、俺はここで出来るだけ亡者を食い止めます。当直の守備兵には申し訳ないが地獄に付き合ってもらう」
「そんな!」
大きなお腹を抱えたエンマが抗議する。お腹の子の父親はマッカムだった。
「君の心が弱った時につけこんで妻としてしまった事を詫びたい。どうしてあんな事をしてしまったのか自分でもわからないんだ。でも、どうかその子を大事に育てて欲しい。ベレロフォン殿、エンマをお願いします」
「承知した」
クールアッハ家の騎士ベレロフォンは「勝手すぎる」と怒るエンマを連れ出して無理やり馬車に乗せクールアッハ家から来た騎士や兵を連れてフォーン地方へと戻っていった。
◇◆◇
「悪いな、皆。付き合って貰っちゃって」
マッカムの周囲には学生時代からの友人達が並んでいる。
皆、不敵な笑顔を浮かべていた。
「いいってことよ。家族を逃がす時間を作る為だ」
「でもどうして皆を南へ?」
「余剰食糧があるのも蛮族の支配が及ばないのも南だけだ。ツィリアは論外だしな」
「んじゃ、どうしてエンマ様達を東へ逃したのさ」
「そりゃ実家の方が守り手は多いだろ。それに自分で生き方を決めて欲しかったんだ」
「どゆこと?」
友人の問いにマッカムは肩をすくめて答えなかった。
「さーて、やるか」
マッカム達は皆手斧や、戦槌を持っている。
長年地の底を這う亡者達にあれこれ試した結果、頭を破壊するのが動きを止めるのにもっとも効率的だという結論を得ていた。谷底の亡者には燃料を落とし、火を放って燃やし尽くすのがいいのだが、一度這い上がってこられるとその火力を出すのは無理だ。
「ぶっ壊してもいずれ再生しちまうがな」
火力不足だと亡者の肉体が再生されて起き上がってきてしまう事があった。
彼らは亡者を完全に破壊するために、何体か引き上げてテストしてみたが、脳を破壊しても亡者は時間をかけて再生してしまう。
「今は皆が逃げる時間を稼げればそれでいい」
「だな。しかしあーあー唸って体当たりするしか脳がない連中を相手にする為に武芸を磨いてきたわけじゃないのになあ」
「ボヤくなよ」
「でもさ、俺らもいつかああなっちまうんだぜ。で、家族を襲うかもしれない」
そんな未来、抵抗が無駄になるかもしれないと想像して一同が暗くなってしまう。
しかし一人がそれに反論した。
「逃がした人らの誰かがあの亡者への対抗策を思いつくかもしれない。俺達はその為に死ぬ。歴史に名は残らないだろう。だが、歴史に名が残る英雄にはなれなくても、あの世でそいつに自慢出来るさ。お前を守ってやったのは俺だぞってな。そして家族が少しでも長く幸せに生きる時間を作れるならそれに勝る喜びは無い。俺は今日死ぬ。だが誇りを持って死ぬ」
マッカムは友人に同意する。
「俺もそうだ。臆病風に吹かれはしない。幼い命を守って死んだとあの世で親父に誇ってやる。・・・でもさ、そういうセリフは俺にいわせてくんない?」
マッカムは友人に抗議した。
その友人の名は歴史に名が残らない。
だが、その友人のおかげで涸れ谷城に残った守備兵は意気軒高に亡者達に立ち向かい、三方へ向かった集団が逃げる時間を十分に稼いだ。
◇◆◇
東のフォーン地方へ渡ったエンマは橋の爆破を見届けた後、ベレロフォンへ南に向かうよう指示を出した。
「姫、マッカム殿の指示に従わないのですか?」
「バントシェンナ男爵に使者は送ります。ですが彼を頼る事はしません」
「ではショゴスに?」
ベレロフォンは南に向かうというとフロリア地方へ向かうのだろうかと思ったがエンマは否定した。
「誰にも頼りません。クールアッハ家に戻ります。何度状況を伝えても戦を止めず蛮族に協力し続けたニキアスはどうせ何を言っても無駄でしょう。今もショゴスやツィリアを攻めているではありませんか」
「では・・・」
「ええ、このわたくしがクールアッハ家の当主となります」
直系の姫であるエンマが戻るのを待っていた騎士達は彼女の決意におぉ、と歓喜の声を上げた。
「ベレロフォン、先触れの使者を送りなさい。ショゴスを攻める者達の側面から攻撃するのです。このわたくしが、エンマ・ミーヤ・クールアッハがバントシェンナも、蛮族も、亡者も全てこの地から駆逐します。クールアッハ家こそがこの地の王であると宣言致しましょう」




