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天に二日無し  作者: OWL
第一章 地に二王無し ~前編~
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第59話 ショゴスとパーシア

 マルーン公領、クールアッハ公領に進出したバントシェンナ王は快進撃を続けてフォーン地方全体に侵攻し始めた。そしてすぐに南北両総督、そして涸れ谷城のマッカムに対して降伏勧告を行った。


最も遅く降伏した領主の支配下にある市民は第四市民階級となり獣の民に食糧を供給する為の人間牧場で生活することになる。

生きるも死ぬも獣人次第の奴隷となる為、恐れた民衆に早く降伏しろと反乱の兆しがあり、フォーン地方の領主達は領民の為だと言って雪崩を打って降伏していった。


皇家の一族パーシアが嫁いだルシフージュ家の家臣達も次々とバントシェンナ王に密使を送っていた。


「どうなさるの?」


パーシアはショゴスに問う。


「君を人質として寄こせなんていう条件が無ければ降伏しても良かったんだけどね」

「・・・まさか私一人の為に何百万もの領民を地獄に落とすというの?」

「いけないかい?」


パーシアは意外にショゴスとうまくやっていたが、そこまで大事にされているとは思わなかった。


「勝者が敗者の家族を人質に取るなんてよくある事でしょう。妥協なさったら?」

「君を失ったら世の中で僕を愛してくれる女なんていなくなる」

「ダフニア様がいらっしゃるでしょう」

「いい加減彼女を縛り上げて僕の寝室に放り込むのは止めてくれないか?」


ドンワルド将軍が皇都で死ぬ前に寄こした皇家直系の姫ダフニア。

パーシアは傍系の自分ではなくダフニアを娶った方がショゴスの助けになるだろうと考えて、何度か二人の仲を取り持とうとしている。だが、埒が明かなくなり強硬手段に出ていた。


「彼女がお嫌いですか?」

「まさか。美女が嫌いな男なんていない」

「では何故?気品があり、血筋も確かで、性格も温和。皆に好かれています」


絵に描いたようなお姫様で、血統、悲劇性、さまざまな点から求心力が高い。


「僕が欲しいのは君だけだよ」

「では、せめて子供だけでも産ませては?妹さんはツィリアに突き返されたようですし皇家直系が絶えてしまいますよ」


直系男子三名は皇帝選挙の混乱で全員死亡。

直系を絶えさせない為にドンワルド将軍は姫たちを保護した後、南北にそれぞれ行き先を分けた。だが、早くから皇家を裏切るつもりだったらしいダカリス家は彼女を領内に入れなかった。


「だからといって普通、妻が他の女性を寝室に放り込むかい?それも抵抗できないように目隠しして縛った状態で」

「正妻にするのがどうしてもお嫌だというので。お気に召しませんでしたか?」


出来るだけ男が喜びそうな煽情的な衣装を着せたのに、とパーシアは首を傾げる。


「僕みたいに醜い男に無理やり子供を作らされるなんて可哀そうじゃないか」

「あら、こんなに可愛いのに」


パーシアはふざけてぶよぶよのお腹をつねった。


「真面目に話してるんだよ?」

「私も真面目です。私達もう8年も経つのにまだ子供が出来ませんし、きっともう出来ませんよ」


パーシアは嫁ぐ前に従兄とかなり危険な遊びをたくさんしていたのでそのせいで子供が出来ないのだと思っていた。神罰かもしれない。


「諦めないで。もし女神ノリッティンジェンシェーレがお怒りなら一緒に神殿へお詫びに行こうじゃないか」


ショゴスはそういって慰める。


「お優しい方。でもだからこそ、ダフニア様との間に子供を作って欲しいのです。立場上彼女は誰にも嫁げません。出来れば正妻にして欲しいのですが、どうしてもお嫌なら子供を産ませてからその子を後継ぎの為の養子にして下さい」

「まあ、確かに彼女はずっと独り身で過ごしてもらう事になってしまうが・・・」

「女の盛りだというのに哀れではありませんか。是非旦那様が女の喜びを教えてあげてください」

「いや・・・そうはいかないって。君はまだ僕の愛を疑って試そうとしているんだろう?彼女が僕の愛人になれば彼女の立場は良くなるだろうけど、僕は永遠に誰にも愛して貰えなくなる」


パーシアは何故か破滅的な所があり、わざと自分の立場を不味くしようとする。

ダフニアがいやいやでもショゴスの子を産もうものなら、子が育った時、パーシアは周囲に厄介者扱いされてお払い箱となるのが目に見えていた。


「昔の貴方は私やエンマやグランディ、誰にでも声をかける方だったのに」

「その中で唯一、耳を傾けて来てくれたのは君だけだった」

「真実の愛とやらを試してみたくて」

「分かっていたよ、君がずっと僕を試している事は」

「まさか8年も持つとは思いませんでした」


体面を傷つけられて怒った父親に南の国の後宮奴隷として売り飛ばされそうになっていたパーシアは皇都脱出後、選ぶ道はいくつかあったが、その中でも一番最悪と思われる場所にやってきた。

破滅願望を満たす為、そして好奇心から。


加えて友人の世話になって生活を送るのはプライドが許さず、それよりも自分の魅力で大公の長男を誑かしてみるのも一興と思った。


「まさか本当に浮気の一つもなさらないなんて」


丸々と太った醜男とはいえ、大公となったショゴスに近づこうとする貴族の姫は多かった。

しかし一度も誘惑に乗ったことは無い。


「最初の話に戻りますが、私を売り飛ばして降伏すれば裏切者の家臣を引き渡して貰えるんですよ?まとめてさらし首にしたくありませんか?」

「君を手放すくらいなら僕が人質に行くよ」


冗談とはいえ、呆れてパーシアはまぜっかえす。


「貴方が行っても何の価値もないでしょうに。バントシェンナ王は最近征服した地域から美女を集めて自分のものにしているとか」

「らしいね。彼も絶対的な力を手に入れて変わったのかな?」

「男なら誰もが憧れるものでは?」

「有象無象を何千人後宮に集めようが、君みたいに面白い女性はいないだろうし、喜々として抱かれてくれる女もいないよ」


遊び人のパーシアは醜い男に抱かれるのもひとつのスパイスくらいにしか思っておらず普通に夫婦生活を楽しんでいた。


「他の女なんて知らないくせに」


試してみればいいとダフニア以外にも自分の侍女を提供してみたこともあるが、ショゴスは頑として手を出していない。大公家の長男だったくせにパーシアが初めてで、他に誰も抱いた事が無かった。


そんな自虐的で臆病なショゴスを嘲るように嫌味を言うとさすがに怒る。


「不愉快だなあ、奴も。僕の事が分かっていて自分が人質に行くという君も」

「あら、御免なさい。旦那様」


パーシアは大げさに謝り、それからショゴスの太った腹を撫でた。


「今晩は念入りに縛らせて貰うよ。何処にも行けないように」


自暴自棄な所があるパーシアは自らバントシェンナ王のもとへ行きかねない。

ショゴスはがんじがらめに彼女を縛った。


「困った方ね」

「それは僕のセリフだよ・・・」


嬉しそうにしているパーシアを手慣れた手つきでしばり口を封じようとしたが、パーシアがちょっと待ってと言葉を続けた。


「勝てると思うの?結局奪われてしまうかもしれないのに」

「勝てなきゃ逃げるさ。ダカリスの連中も意地にかけて降伏なんかしないだろう」

「でも、あちらの当主はツィリア様だし、家臣が彼女を差し出してしまうかもしれない」


どこの大公家も帝国滅亡の混乱を収拾する為に、当主自ら現場に行って皆死亡したので、今の世代の当主は全員若く求心力が無い。


「妹思いの兄君の活躍に期待しよう。マッカムだってエンマ様を渡したりはしないだろうし、三方から攻撃してやれば誰かひとりくらい勝つだろう」


ショゴスにとって勝算と言えるのはそれくらいだ。


「裏切者は分かってる。行動を起こす前にさっさと潰す。フォーン地方とこちらの間の峡谷は狭く険しい。待ち伏せのしようはある。ここで打撃を与えて注意を引いている間に迂回して本丸を攻めればいい」


ショゴスはパーシアの体をなぞりながら戦略を説明した。


「貴方がそんなに攻め上手だなんて知らなかった」

「君に教え込まれたんだよ」


ショゴスは呆れるように言った。


 ◇◆◇


 パーシアは王宮に自分専用の一角を貰っている。

そこにダフニアは幽閉されていた。監視がついて自由に部屋を出る事も許されていない。パーシアが決めたことだ。親戚だからと管理を買って出ていたパーシアは朝になるとショゴスの寝室から戻って様子を確認する。


ダフニアは朝早くに起きて顔を洗い、観葉植物の世話をしていた。

振り返ったダフニアの目には少しばかり怒りがある。


「おはようございます。パーシア様。どうかもうあのような事は止めて下さいまし。ショゴス様も怒っていらしたでしょう?」

「ええ、とても」

「何故そんなに嬉しそうなのです?」

「おかげさまでとても激しく愛していただけました。ダフニア様ももっと努力して誘惑しないと一生幽閉されたままですよ?」


ダフニアが誰かと子供を作るとショゴスの立場が危うくなりかねないので誰とも子を作らせるわけにはいかない。パーシアは保護という名目で実質的に幽閉していた。


「さて、今朝も確認致しましょうか?」

「もう・・・やめてくださいまし。私は修道女にでもなりますから」

「なったとしても確認しに行きますよ?」

「・・・あぁ、どうして」


こんな事になったのだろうと嘆きつつパーシアに押し倒された。

ダフニアは常に誰かと密通していないかという疑いをかけられている。その確認作業が始まるのだ。彼女にとって酷い屈辱だが、自分を含めた家臣達の生活はショゴスとパーシアにかかっている。機嫌を損ねる事は出来ない。


「どうしてもお嫌なら二人で一緒に誘惑してみましょうか?」

「どうして貴女はそうなんです。昔は皆で頭を寄せ合って貴方を救い出そうとしたのに」


恩着せがましい事を言いたくはなかったが、涙ぐむほどに恥ずかしくどうしても口に出てしまった。


「わかりませんか?」


パーシアはダフニアのスカートを捲りつつ、彼女の耳に口を寄せて囁く。


「わかるわけがありません、貴女のような破廉恥な方の事を」

「私は旦那様を愛していますし感謝もしています。貴女の事も」

「それが何故このような事を?」

「私は愛する旦那様に子をさしあげたい。貴女の立場を確かにして差し上げたい」


それにはショゴスとダフニアを娶せるのが一番だった。


「それでは貴女は?」

「私の事を気遣うような事をいって旦那様の見た目がお嫌なのでしょう?」


初めて二人が会った時、ダフニアの視線にショゴスを正視するのを忌避するところがあった。だからパーシアは少しでも嫌がらずに済むよう目隠してやってからショゴスの寝室に放り込んだ。


「そうではありません。これでも皇族の女。相手が誰でも妻として務めは果たします。彼が誠実で優しい方だというのは話していてよくわかりました。嫌ではありません」

「じゃあ、二人で頑張って誘惑して落としましょうよ」

「貴女はその優しく誠実な方を堕とそうとしていらっしゃる」


だが、ダフニアには抵抗出来なかった。


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2022/2/1
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