第57話 捕囚②
話はちょっと戻ります
ウカミ村の遠征隊のうちレナートとヴォーリャは戦車後部の為、墜落時に投げ出されてしまったが前方にいたケイナンとアルケロは網に絡めとられて動けなかった。
近づいてくる兵士に対し抵抗し、殴られて気絶したケイナンが再び目を覚ました時には、屈強な兵士達に囲まれて木に縛られていた。
「ようやくお目覚めか、ケイナン先生」
「なんだ。お前は・・・何故私の名を知っている」
ケイナンは油断なく周囲を伺い、自身の体の具合を確かめた。
あちこち痛めているが、まだ動ける。囲んでいる兵士達は森の中で行動しやすいように軽装で革兜に赤い羽根をつけていた。
「フィメロス伯の遊撃兵か」
「さすが学者さんだ。よくわかったな」
「ふん。で、どこで私の名を知った。学生にお前のような男がいた覚えはない」
「凄いねえ、全ての学生の顔を覚えているのか?」
「・・・・・・」
尋問者の問いにケイナンは口を閉ざした。
口を開いた分情報を与えてしまう。
「ま、いい。あんたの相棒が教えてくれた。アルケロ・・・だったよな」
「あの小僧・・・よそ者に何も話すなと言ったのに!!」
「まあまあ抑えなさい先生。若者には酷だろう。拷問されたら口を割っても仕方ない。俺だって爪を剥がされて、歯を引っこ抜かれたらなんでもしゃべっちまう」
「私は仲間を売ったりしない。何も喋らんからな」
尋問者はふぅ、と溜息をついて合図を送った。
すると離れたところから悲鳴が上がる。
「あんた本当に仲間だと思っているのか?公金横領罪で追放されて都会じゃ生活出来なくなって昔馴染みを頼ってきただけだろ?」
「横領などしていない!」
ケイナンは虚栄心が強く、田舎から皇都へ出てきたオルスに随分と大判振る舞いをして奢ってやった。金遣いが荒く、研究費を流用してしまう事があったが後で補填はしていた。しかしながら太后レアの意向であら捜しが行われた結果、その際の些細な書類の不備が咎められて失職した。
「公式の記録じゃそうなってるんでね。さて、カイラス山に拠点があるってことは分かってるんだ。先生には警備の配置や手持ちの神器の情報を細かく教えて貰いたい。何も話さないなら未来ある若者が死ぬ。可哀そうじゃないか。若者を教え、導くのが仕事だったんだろ?死んじまったら何もかもおしまいだ」
尋問者の後ろにある大木の影でアルケロの悲鳴と殴打の音がする。
「奴が生きようが死のうが知ったこっちゃない。アルケロ!みっともない悲鳴を上げるな!これ以上何か喋ったらあの世でもイビリ抜いてやるからな!!」
ケイナンは既に死を覚悟していた。アルケロは気が弱く、神経質で村の近くに魔獣が現れた時も緊張に耐えきれずに矢を放ってしまい、村人は返り討ちになり、ファノまで襲われてしまった。過去の経緯からケイナンはアルケロを信用していなかったので当たりがきつい。
「おやおや、酷い先生だ。お前達が喋らずとも俺たちはどんな犠牲を払ってでもカイラス山を攻略するがね」
「貴様ら如きがあの山を攻略するだと?やれるものならやってみろ」
「ほーう、強気じゃないか。それだけ強気に出れる秘密があるってわけだ?」
ちっ、とケイナンは舌打ちした。
ついまた余計な情報を与えてしまった。態度を露わにするだけでも推測し、その反応でどんどん当たりが精緻になっていく。
「出入り口はいくつある?どうせいくつか逃げ道を確保してるんだろ?坑道内の地図を描け、警戒態勢もな。どんな神器がどれだけあるのか、全てだ」
「・・・・・・」
「ふーん、だんまりか。困ったね。アルケロ君もなかなか強情でね」
ケイナンはそれを聞いてにやりと笑う。あの小僧にもそれくらいの矜持はあったのかと。
尋問者は合図を送りアルケロを拷問させた。太い幹が邪魔で体は見えないが、血しぶきが舞っているのがケイナンからも僅かに確認できた。
「ああ、可哀そうに。あのままじゃ長くは持たないな。俺はさ、無駄に痛めつけたりするような拷問とか嫌いなんだよな。殴る方も疲れるし、やられる方は血を流すわ、しょんべん漏らすわ、クソをひねるわ、みてられんよな?どうしてあんな趣味の悪い真似が出来るのか、まったく理解出来ないよ。あんなこと続けてたら俺なら頭おかしくなるね。あんたはどう思う?」
「・・・この卑怯者が。自分がやりたくないから部下にやらせるのか」
ケイナンは無視するのが賢明だと思っていても性格上徹底できず、憎まれ口を叩いてしまう。
「あいつは頭オカシイんだよ。俺なら別の方法を取る。もっと効率的で効果的な方法を」
「そんな方法があるなら世の中に拷問も過酷な刑罰も無くなる」
「いや、あるんだよ。いくつもね」
「なんだと?」
「魔術を使えば死体の頭の中からでも情報は読み取れるんだよ、知らなかったか?」
「ならさっさとやってみせろ。バカバカしい、もったいつけておいて『魔術』だと?」
ケイナンは学者として専門外の事でもそれなりに博識だった。
魔術で出来る事と出来ない事くらい知っている。魔術でそんな事が可能なら世の中の犯罪捜査はもっと簡単だ。
「そう思うだろ?だが、使い手が少ないだけで出来るんだよ。領主様の所に連れて行けばいずれお前らの抱えている秘密はなんでもわかる」
「じゃあ、連れて行けばいい。はったりは通じない」
「ああ、そうする。だが、道中の間はずっとアルケロ君の泣き叫ぶ声を聞き続ける事になる。彼が死んだら次は先生の番だ」
部外者から揶揄されるような言い方で『先生』と呼ばれるのが嫌いなケイナンはだんだん苛立ってきた。
「お前のような生徒を持った覚えはない!」
「いやはや強情な先生だ。俺もね、出来れば魔術を使って死者の冒涜なんてしたくないんだよ。頼むから早いとこ教えてくれないかな」
「やはりはったりか。その手は食わん」
下手に出た尋問者の態度にケイナンは自分の考えが当たったと得意がる。
「俺は詳しくないが、先生はほんとは知ってるんじゃないか?死霊魔術とか言う奴でさ、死体の体を復元して意思を奪い取るんだとさ。記憶だけ回復して貰えば後は何でも喋る」
「そんなに都合の良い魔術ではない。ものを知らん癖に脅しに使うと恥をかくぞ」
「先生がいた頃より研究が進んでるとは思わないのか?先生はマミカとかいう死霊魔術師と親しかったろ?」
「そんな事まで調べているのか」
「アイガイオンとアルメシオンをご存じだろ?今近くまで来てるぜ。後で会えるのを楽しみにしてな」
さすがにケイナンの背筋が凍る。
「会える、だと?」
確かに死んだはずの男に?
すぐにわかるようなはったりをついても意味がない。
「まさか・・・本当なのか?」
「俺はな、拷問も嫌いだし、悪趣味な魔術が使われるのも見たくない。こりゃー先生の為だし、俺の為でもある。魔術師の先生が吐かせたら俺の手柄にはならねーしな」
尋問者は一度話を切ってケイナンの反応を伺い、また話を続ける。
「死霊魔術を使われると生前の行いに関係なく地獄に落ちるそうだが、先生は死後も永遠に地獄の女神の下僕として使われたいか?永遠の苦しみを味わいたいか?地獄の獄卒の厳しさはきっと俺達の想像を遥かに超えてるぜ?」
尋問者が脅すような声音で話すと地獄の女神も同意するように、冷たい風が吹き抜けていく。森には霧が立ち込め、薄暗く、どこからか死肉となるのを待つカラスの鳴き声が聞こえる。
「し、死んだあとの事なんか知ったこっちゃない」
あのマミカの不気味な実験室で行われていた死霊魔術なら確かに可能かもしれないとケイナンの脳裏によぎってしまい、不安が広がっていく。
「実をいうとな先生達が喋らなくても大した問題はないんだ。既に裏切者と接触しててな、だいたいの情報は得てる。だが、念のため照らし合わせたいんだよ」
「裏切り者だと?」
「ああ、まだ10歳ちょっとだから信用がおけるか怪しいんでな」
尋問者は裏切者の正体を明かした。ケイナンはああ、あの子なら確かに裏切ってもおかしくはないと思い当たってしまう。
「納得したか?どうせ、もうカイラス山に立て籠もってる連中は終わりだって理解したか?
しかし俺らが攻撃をはじめる前に降伏して全部引き渡してくれれば先生のお仲間達は皆生かしてやる。だが、俺らに一人でも犠牲が出たら彼らは苦しみ抜いてから死ぬ事になる。妻や娘が目の前で犯され、男達はそれを見ながら死んでいくことになる。子供らはみんな奴隷だ」
「貴様らそこまで落ちぶれたか」
「こんな山の中、蛮族の襲撃に警戒しながら危険な任務についてるんだ。お楽しみくらいないとやってらんねーよな」「そうそう」
周囲を囲む兵士達は皆、一様に下卑た笑みを浮かべて頷いた。
「すげえ美人がいるって聞いた事あるぜ」「マルーン公の宮殿に異国風のお姫様が出たってよ」「あ、その子じゃないか?追跡に出た連中がみかけた奴って」「マジか?くそ、俺も追跡班に入りたかった!」
兵士達は途端にそわそわし始めた。
「お前ら落ち着け。お楽しみは任務が終わってからだ」
尋問者は隊長でもあったようで、浮ついた部下を引き締める。
「さて、ケイナン先生。部下に犠牲が出ないうちはまだ俺も統制出来るが、生死を共にした仲間が死んだら止めるのは俺にも無理だ。今のうちに吐いちまいな。単に情報の照らし合わせをするだけだ。先生が悪いんじゃない。俺達はもともとある程度知ってるんだからな」
ケイナンはしばし思案する。
矜持を守るべきかどうか、合理的に判断すれば厳しい拷問の前に話してしまった方がいい。
今回はマナの濃度調査や得意分野の技術を生かして飛行船の追跡を行う為に参加していたが、ケイナンはもともと地下の研究者側の人間だ。
アルケロが知らない情報もたくさん握っており、敵からしても重要人物の筈。
「まだ喋らない気か?さっき逃げた子に期待してるなら無駄だぜ。先生が乗ってた神器を封じたようにこっちには神々ですら捕えたっていう神器『縛霊索』があるんだ。こいつに縛られると凄腕の魔術師だって何の力も発揮できない。マルーン公の宮殿に現れたっていうのはどんな名前だったっけ?」
隊長が部下に問うとすぐに「レン・ペレスヴェータ。北方候の血縁と名乗ったとか」と回答がある。
「そうそう、その子だ。彼女が目の前で俺らに輪姦されてるとこ見たいか?」
「止めろ!お前達如きが手を出していい存在ではない!」
ケイナンが怒鳴った所で彼らにはまったく通じない。むしろせせら笑われた。
「きっと恨まれるぜ。ケイナン先生。途中で見るのが耐えきれなくなって喋り始めたってそんときゃもう遅い。わかるだろ?獣性が表に出たら誰だって止めようがないんだ」
「まさに獣以下だ、貴様らは!」
「今や獣の天下だからな。お上品に振舞ったってなんの得もない。おい!アルケロ君の方はどうだ?猿轡を取ってやれ。彼女が目の前で苦しむのを見たいか!?」
アルケロは猿轡を外されると、妹みたいな子なんだ、どうか止めてくれと頼み、何でも喋ると約束した。そして縄を外されてどこかへ連行されていく。
「さて、これで先生の利用価値が下がってきたな」
隊長はどうしたものかと思案する。
これ以上時間をかけるのも面倒だ。人員も足りない。
「もう、いいか。お前らに任せて俺はアルケロ君に聞いてくるかな」
しゃがみこんで尋ねていた隊長は立ち上がり、パンパンと土を払った。
そして見るからに頭の足りてなさそうな兵士らがケイナンの近づいてくる。
「この知識人ぶって高慢ちきなおっさんが後で泣いて謝って許しを求めるんだぜ。俺らの楽しみといったらそれくらいしかないよな」
「強気に騒ぐほど後の落差が楽しみになるんですよねえ」
他の兵士らも同意した。もうケイナンが強気に出れば出るほど彼らを喜ばせる状態になってしまっている。兵士の一人は剪定用の鋏を持って近づいてくる。ケイナンの体の一部を切り取るつもりだ。何度も同じことをしたのか赤黒い錆が浮いていた。
「ま、待て!」
ケイナンもとうとう心が折れてきた。アルケロが落ちた今、もう彼が黙っていても意味がなくなってきている。
「これが最後だ」
立ち去りかけていた隊長は人差し指をかざし、ケイナンに宣告する。
「俺はあんたが喋らなくてもアルケロ君じゃなくあんたが口を割ったことにする。あんたは永遠に同胞から軽蔑されて一生を過ごすんだよ。取り返しのつかない傷と共に」
鋏を持った兵士がじょきんじょきん、と鈍い音を響かせた。
「そんな理不尽な・・・」
ケイナンが矜持を守ってもなんの意味もなくなってしまう。しばらく葛藤して押し黙っているケイナンに隊長も段々と感情を露わにし始めた。
「俺はもう正直、どうでもよくなってきた。無理に攻めれば損害は増えるだろうがたかが三百人くらいどうにかなるだろうしな」
「そうっすよ。魔導騎士が10人も集まってるんだから俺らは囲むだけ囲んで突入は雑兵と彼らに任せちゃいましょうよ」
特殊任務についている彼らが突撃に参加することは滅多にないので多少他人ごとでもあった。
「ま、待て。わかった、話す」
「ほんとか?もしこれ以上ほんの僅かでももったいつけたら俺の機嫌は戻らねーぞ。こちとらもうすっかり嫌気がさしてきたんだよ」
軍隊相手にどうせ勝ち目は無かったのだとケイナンは諦めた。
「わかった。全部話す。だから誰にも手を出さないでくれ。何なら私が皆に降伏するように話すから。皆が協力的になって損害無く神器を全て入手できれば君らにとっては完全な成功となる筈だ」
「いいだろう。もし嘘が一つでもあればさっき言った通りにする」
「わかっている、この期に及んで嘘などつかない」
「よし、じゃあまずは情報を。降伏を呼びかけて大人しく引き渡すかどうかに賭けるのは情報を精査してからだ」
ケイナンは結局聞かれていない事も全て話した。おかげでアルケロよりも待遇は良くなった。やってしまったとがっくり項垂れるケイナンを他所に尋問者は傍らの女に尋ねる。
「どうだセラ。これで全部だと思うか?」
「エエ。モウ十分」
「よし、お前ら。これで任務の半分は終わりだ。こいつらを引き渡すぞ」
◇◆◇
ケイナンはふと連行されていく時、疑問を感じた。墜落時に自分の持っていた研究用の呪符が散らばって反応している。予想外の方に。
「・・・お前達、本当にフィメロス伯の部下か?」
「なんだって?」
「私は皇国中の住民の血を調査した。その研究で守護神の特徴が地域住民の姿かたち、発散されるマナにも強く影響している事を突き止めた。諸君らにはどうにもそちらの住民の特徴が見受けられない」
「そりゃ、傭兵だからな。必ずしも同じ地域の人間揃いじゃないさ」
「傭兵?それにしては反応が統一されて・・・これは山の神ヴェニメロメスの・・・・・・」
ケイナンははっとしてみなまでいうのを止めた。
「あーあ、先生。どうして余計な事に気が付いて喋っちまうんだよ。また一つ面倒が増えちまったじゃないか。半端に頭がいいってのも考えものだな」
「ど、どうするつもりだ?」
ケイナンも口が過ぎたと後悔する。虚栄心が強いと指摘されたように、どうも知っている事は口にしないと気が済まない性格だ。
「虎の餌かな。セラ、シーラ。こいつらはもう不要だ。処分しておいてくれ」
「ワカッタ」




