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天に二日無し  作者: OWL
第一章 地に二王無し ~前編~
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第54話 シャモア河の戦い

 数日前まで雨が降っていたが、今日は水量が落ち着き十分に渡河可能だと判断され、ついにマルーン公側は軍勢を展開させた。


早朝にマルーン公の軍勢が平原に陣取ると、砦からもバントシェンナ軍が展開した。

爆破された砦は再建が間に合わず、籠城できなかったようだ。

平原には河からの霧が立ち込めて視界が今一つ悪い。これは南北から渡河作戦を実行中のマルーン公側にとって有利に働いた。


「久しいな、グランディ!戦いの前に少し旧交でも温めるか?」


バントシェンナ軍から一人の男が出てきて大声を張り上げた。

魔術師が彼の声を平原にいるものすべてに聞こえるように拡大して届けている。


南北の軍が後方に展開する時間を稼ぐためにグランディも応じて進み出た。


 両者ともに護衛として騎士がやや後方で控えた。

あまり近づきすぎるとどんな罠があるか知れないと騎士の一人がグランディに警告し、魔術師の手を借りて大声を張り上げなくてもいい状態で会話を始めた。


「王冠を配した旗があったのでまさかとは思いましたが、ニキアス。貴方が前線に出てくるなんて意外でした」

「女の身で最前線に出てくるお前よりは意外性はないと思うがな」

「確かに」


これまでは書状でやりとりするだけだったが、霧の影響が無くなるまで接近し、お互いの瞳まで見える距離になるとグランディは幼馴染でもある彼をこれから嵌め殺しにする事について哀れみがわく。


「見ての通り私の軍勢は貴方に十倍します。降伏しなさい。共に蛮族を倒し人々に安寧をもたらし、国家の再興を目指しましょう」


少しづつ霧が晴れてマルーン公の軍勢の威容がさらけ出される。

前面に砲兵陣地があり、バントシェンナ王は射程ぎりぎりの位置に立っていた。

マルーン公の軍勢側も砦に設置された大型砲の射程には入らないように陣取っている。


「お前の軍が何十万いようと獣の民には勝てん。お前が勝てるなら帝国正規軍が敗北する筈もあるまい」

「しかし帝国は過去五千年間数十万程度の軍で蛮族を抑え込んでいました。サウカンペリオンやラムダオールでは外国勢が蛮族に味方したのが帝国の敗因です。しかし、今外国勢は中央大陸にはまったく存在しないとルシフージュ王やダカリス女王から報告を受けています。今なら蛮族を追い出せるのです」


グランディは合図を送り、ダークアリス公とルシフージュ公の旗を大きく掲げさせた。

マルーン公の諸侯連合軍の威勢があがり、反対にバントシェンナ軍の士気が下がる。


 こういった問答は王が最前線で指揮を取る事が王たる所以であり、そうでなければ王とみなされなかった古代ではよく見られた。神代、古代のように神の力を引いていた英雄同士の戦いが主だった時代は当然自らの正当性を天に示し神の加護を得た。


近代ではかなり減ったがそれでもこうしてしばしば行われている。


「ルシフージュ王?ダカリス女王?」

「ショゴスとツィリアです。彼らの所にはダフニア様がいます。もっとも高位の継承権を持つ彼女によってフォーンコルヌ皇国を引継ぎ新たな王として認められたのです」

「くだらん。あんな若造に獣人の世が覆せるものか。今の世に王はこの俺、ただ一人」

「いったいなんの根拠があって男爵風情が王を名乗るのです。貴方には皇家の血は流れていないし、承認も受けていないのですよ」


マルーン公の軍勢が大いに笑う。

フォーンコルヌ皇国70州のうちバントシェンナ男爵は三年かけて一州を占拠したに過ぎない。


彼らに対しニキアスは大いに笑い返した。


「は、は、は。これはくだらない事を聞いた。フォーンコルヌ皇家が今さらなんだというのだ。我々はもはや帝国も皇国からも独立した。独立独歩の道を行くと決めたから王を名乗ったのだ。いつまでも滅びた国の権威に縋っている貴様らとは違う」

「独立独歩?蛮族の使い走りでこうして戦わされているのに?」


背後の兵士達が大きく笑って嘲り、グランディの護衛騎士もくすくすと笑う。


「私達には今も神のご加護があります。諸王が協力し帝国を再興するのです」


そしてもっとも貢献したものが諸王の王として皇帝を名乗ればよい、グランディはそう言った。


「神?帝国?下らん!予言の神が言い残したように時代が変わる時が来たのだ。神の時代が去り、人の時代も去った。この終末の時代に人類帝国の再建など馬鹿馬鹿しい」

「人の時代は私達がいる限りまだ終わってなどいません!」

「人の天下は終わったのだ。自覚しろ。運命を受け入れろ。お前が尊ぶ神こそが運命を従わせようとする者には呪いがかかると言ったのではないか!」


ニキアスとグランディの舌戦は続く。

現代の戦争では戦力の中心は一般市民からなる兵士達で職業軍人ではない。

古代のように単純な暴力を振るう事に躊躇が無かった英雄の時代とは違う。主力である一般市民の兵士達の大半が戦争など、人殺しなどしたくないと思っている。彼らに大義を与え士気を上げなければ戦争には勝てない。


マルーン公側は兵力で圧倒的に優位で士気も高く、論戦に応じる必要は無かったが、今は戦力を三分しており河を渡って後背に回らせた部隊が戻ってくるのを待つ必要があった。


「帝国が獣の民を抑え込んでいられたのは単純に北と東のナルガ河という自然国境線があったからに過ぎん。三十年前に河岸要塞群を占拠され、十年前に奪還に失敗してから僅か数年で帝国は滅んだ。帝国滅亡の真因は明らかに自然の防壁を失った事にある」


ニキアスは各陣地の様子を伺いながら話を続けた。


「我々人類の身体能力は獣の民に劣る。壁を失くしてはもはや身を守る事は出来ぬ。彼らを受け入れ共存するしかないのだ」


現実を突きつけられ、今度は諸侯連合軍の士気が下がり、バントシェンナ軍が威勢よく太鼓を打ち鳴らす。


「共存するですって?人々を生贄として差し出しながら?人を喰らうような邪悪な生き物と共存などできる筈が無いでしょう。隣人、親兄弟を生贄として捧げるような恐怖と屈辱に人類は耐えられるわけがありません。戦い抜くしかないのです。違いますか?」


諸侯連合軍の多くの兵士からそうだ、その通りだという声が上がる。再び戦いの意義を認識した。


「邪悪な行いを止め、正道に帰りなさいニキアス。今ならまだ間に合います」


グランディは再度降伏を呼びかけた。


「邪悪な行いか。確かにその通りだ。グランディ、完全に同意する」

「分かっていただけましたか」


グランディはほっと胸を撫でおろした。幼馴染と戦うのはやはり辛い。


「生贄とはまさに邪悪な行為だ。実におぞましい。覚えているか?獣の民がフォーン地方に侵入してきた時、誰が戦ったか?我が父だ!」


悠然と話していたニキアスがここで態度を変え、怒りを露わにする。


「父母が城門に吊るされ、忠実な者達が生きながら食われている時誰が助けに来たか?救援要請を無視したのは誰か!?」


ニキアスは正面のグランディにではなく諸侯連合軍全体に問いかけた。

魔術師が声を風に乗せて拡大し地域一体に響かせる。


「貴様らは我々を生贄として蛮族に差し出す事でわずかな安息を得た。クールアッハ家の後釜をめぐりいつまでも下らぬ争いを続けた!その間の我々の苦しみを考えた事があるのか!?」


蛮族は何故か進軍を止めてそれ以上内陸部に侵攻してこなかった為、貴族達は内輪揉めを続けた。続ける事が出来てしまった。


「グランディ!貴様も我が父の要請を無視し我々を見捨てたではないか!」

「そ、それは申し訳なく思いますが、今、ついに戦う準備が出来たのです。共に手を取って戦いましょう。貴方は利用されて、遊ばれているだけなのです」


彼女がここで謝罪し、罪を認めて譲歩してしまったことは失策だった。

連合軍の兵士達にまで罪の意識が伝染し、バントシェンナ軍に対して哀れみを感じてしまう。


「失望したぞ、グランディ。今さら何を言うのか」


利用されていることなど馬鹿でも分かる、いわずもがなの事であった。


「正道に戻れというが、お前が認めた通り、正道は状況次第でうねり、右往左往しているではないか。その何処に正義がある」

「だからといって復讐の為に人類全体を地獄に落とすのですか?その行為のどこに正義がありますか。そんな事は神々も諸王も許しはしません」


気圧されながらもグランディは精いっぱい抗議する。


「天に二日無し、地に二王無し!新たな時代の正義はこの俺が決める。王を僭称する南北両総督もこの俺が倒す!これは復讐などではない、新たな時代に適応する為だ。貴様ら旧人類は新時代が受け入れられないのならここで死ね!」


霧が徐々に晴れ、露わになった両総督の旗をニキアスは剣で指し、それからグランディに向けた。


「貴様は守るべき領民を襲い、家畜を略奪し、多くを虐殺した。皇王より永久に必要なだけ取って良いとの認可を受けていたのにアリアケス塩湖から彼らを追い払った。平和に暮らしていた遊牧民達に何の罪があったのか。それがお前の正義か?」

「そ、それは一部の者の暴走で、しかるべき罰を与えました」


また一つグランディは罪を認めてしまう。

今回マルーン公に助勢する為にやって来た遠方からの援軍の中にはマルーン公がそんな非道を?と彼女に協力することへの疑念が膨らんでいった。


「罰を与えたというが、実行犯はこの戦場に立っているではないか。それも一度ならず二度も繰り返した!!」


ニキアスはフィメロス伯の旗を指した。


「どういう事です?」

「貴様の家臣達は帝国法で禁止された奴隷制を復活させ食わせられない民をレイラリオン鉱山に売り払っている。大軍を集める為に家臣の悪行を見過ごした貴様が正義を語るな!」

「言いがかりです。私達はそのような事をしてはいません」


不毛な上に、証拠は無いが、押し切られそうな状況に危惧を抱いた護衛騎士がグランディの馬の手綱を取って引かせようとする。


「失望したぞグランディ!やはり貴様は諸侯を束ねる器ではない!」


後ろ髪を引かれるように振り返りながら距離を取り始めた彼女にニキアスはそれ以上声をかけなかった。


「もはや時は満ちた。シュロス!!」


”無限に広がる混沌の鞭よ”


ニキアスの護衛が鞭を繰り出し、それはあり得ぬ長さへと伸び、魔術師や騎士の抵抗を跳ねのけてグランディを捕え、引き寄せた。同時に砦から空に向かって一筋の矢が放たれ、戦場は瞬く間に暗闇と化した。


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2022/2/1
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