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天に二日無し  作者: OWL
第一章 地に二王無し ~前編~
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第53話 決戦前夜

「神器の発掘調査の結果はどうなりましたか?」


マルーン女公は決戦をもう少し延期して頂きたいと申し出ていたフィメロス伯に結果を問うた。居並ぶ家臣達も彼に咎めるような視線を向けている。


「それがまだ思うような結果は出ていないと報告を受けております」

「ラクラリー殿。貴方にも協力して頂いた筈ですが」

「地震による崩落に巻き込まれてかなりの犠牲者が出たと聞いております。そうですな。フィメロス伯」

「え、ああ、その通りでございます、閣下」


それほど期待はしていなかったが、どうやら失敗に終わったようだ。


「そうですか。あなた方がのんびりとしている間にこちらはシャモア大橋を敵に奪われる始末です」


一時期はシャモア河の東部を制圧していたが、今は奪い返されてしまい、橋も占拠された。

以前アンクスが建設していた砦も占拠されそうになった為、爆破して後退した。


「あなた方の話ではバントシェンナ男爵も発掘調査に兵を割いているという話でしたが、それは陽動でした。こちらは激しい攻撃を受けています。これ以上は待てません、全力で奪還作戦を行い、その勢いでバントシェンナ男爵の居城を攻略します」

「勝算がおありですか?」

「勿論。ダカリス女王からもルシフージュ王からもさらに増援が到着しています。このままバントシェンナ男爵に橋頭保を築かれたまま放置してはせっかくの援軍も失います」

「で、あれば私も全力で支援致します。ですが、何方が総指揮を取る事になるのでしょうか」


諸侯達の肩に力が入る。人類の存亡を賭けた大戦、自分こそがこの一大決戦の指揮を取りたいと。バントシェンナ男爵を倒し、蛮族をフォーン地方から追い出すことに成功すればいまだに内輪もめをしているクールアッハ公家から総督の地位を奪う事が出来る。


私が、いえ私こそがという声を抑えてグランディは自分が指揮を執ると言い出した。


「失礼ながら閣下が、ですか?蛮族戦線に出陣したこともあるこの儂が執るのが最良かと」


最初に反発したのはこの場でもっとも高齢のブレスト伯だった。もう70越えだがまだまだ馬上で指揮を取れると豪語して参陣している。


「ブレスト伯、確かに貴方は実戦経験豊富ですがそれは昔の話。今回は北部総督から火砲の提供も受けておりますので運用を考慮すると少々難が出るかと」


大砲は年々進化している為、現地で鋳造したり、分解して運搬していた攻城砲しか知らない世代では指揮は難しい。


「しかし、閣下とて軍の指揮は向いていらっしゃらないのでは?」

「分かっています。私が現地まで出向くのは諸侯をまとめる為、実戦指揮はアンクスに任せますからご心配なく」


マルーン公は一同を納得して下がらせ、身近な者達だけ集めて作戦を検討した。


 ◇◆◇


「アンクス、作戦の説明を」

「待て、グランディ。私に総指揮を委ねるのでは無かったのか?」

「叔父様、その話は済んだ筈です。ルシフージュ王からも援軍が来ているのでどうしても権威あるものが前面に立つ必要があります」

「不愉快ないいようだ。援軍といってもたかが千人足らず。何を気にする必要があるというのか」

「糧食を運んできてくれたついでの好意とはいえ、援軍は援軍です。それに魔導騎士もいます」


大軍を運用する際の悩みとして補給の問題があり、マルーン公領から得られる食糧だけでは長期戦は不可能だった。そこで旧知のパーシアにどうにかならないか書状を送ったところショゴスが支援を申し出てくれた。兵器、弾薬を提供してくれた北のダカリス女王についても同様だ。エンマと彼女の夫もこちらの情勢を心配してくれて、大地峡帯の監視もあるのに、こちらに騎士を派遣してくれた。

決戦が迫るとさらに増援を送ってくれて現在も向かっている。


「しかし、もし戦場でお前に間違いがあったら我々の結婚という話はどうなるのだ?」

「ちょっと叔父様」

「どういうことです?」


アンクスらは寝耳に水の話で真意を問うた。

以前頼る者のいなかったグランディは自分との再婚をエサに叔父を釣った。

メンガラ伯の方も武力で強引に伯爵家を継いだが、本来は継承権がない。マルーン公の承認が必要だった。メンガラ伯も当初のうちはマルーン公の勢力内では一大勢力だったが、次々と諸侯がマルーン公の元に集まり、副総督であるエクルベージュ宮中伯や南北総督の援軍も来た今となっては彼の地位は相対的に低下した。

このままだと約束も反故にされると焦って公然と口にしてきたのである。


「叔父、姪との間で結婚など認められません」


スタンも口を出した。


「黙れ!小姓風情が、帝国が滅亡した今、帝国法を持ち出して何の意味があるか」

「しかし、法は法です。我らはエミスとアウラの民。お忘れですか」

「小賢しい事を抜かすな。寄るべきものがない所を誰が助けてやったのか忘れたのか。形骸化した法を持ち出して民が守れるか」

「しかし!」


スタンは勿論、アンクスも快くは思っていない。

諸侯を束ねる立場の者が法を逸脱しては困る。


「叔父様、このことは後でゆっくりお話しましょう」

「なにをいうグランディ。お前まで恩を忘れたのか。状況が変われば私は用済みか?」

「いえ、そうは申しておりません。しかしいきなり発表しては人々も動揺します。まずは勝利を確定させて皆の支持が最高潮に達してから公表しましょう」

「本当だろうな?」

「ええ、勿論。エミスとアウラに誓って。とにかく男女の事は他人が介在する所で話すべきではありません。個人的な話は後で別室で行いましょう」

「む、むむ。まあ、そうだな。よろしい。後で話そうではないか」


アンクスは不愉快ではあったが、これは政治の話でもあり、軍人がこれ以上口出しすべきではないと黙殺した。しかしスタンはまだ腹の虫が収まらない。

親戚とはいえ、いや親戚だからこそ、特に結婚話を持ち出してきた男と年頃の娘が私室で何をするというのか。


「とにかく今は皆、決戦に集中して下さい。アンクス、説明を」

「は、まずは地図を御覧ください」


作戦目標となる砦はバントシェンナ男爵に奪われた後、急ピッチで補修工事が進んでいる。

砦の近くは穀倉地帯が広がっており、今年中に奪還が必要だった。

北には騎兵がなんとか渡れる浅瀬があり、南は歩兵も踏破可能な浅瀬がある。

敵もここを警戒して兵力を展開しているが、数が少なく騎兵は南北を行き来していた。


「我々は優勢な兵力を生かして二つの渡河地点を強行突破して東岸に渡り、迂回してシャモア大橋を占拠します。その間、閣下には正面から敵と対峙して敵主力を引き付けて頂きます」


グランディは敵の主力である砦の戦力を引き付けて平原に陣取る。

後背に回った戦力が退路を断った後に勝負をかけるのだ。


「閣下が戦場に立てば敵兵力はそちらに集中するでしょう。北と南のどちらか一方だけでも渡河に成功し背後に回れば橋は容易に占拠可能です。敵が早期に逃げ出した場合は、砦の奪還には成功しますが作戦自体は失敗です」

「私がニキアスの注意を引けばいいのね」

「目的は単に勝つ事ではありません。敵兵力を殲滅することです。獣人とバントシェンナ男爵の兵力が合流する前にここで完全に殲滅するのです」


山城であるヴェニメロメス城に兵力が戻ると長期戦となり、蛮族が介入してくる危険性が高まる為、シャモア河の戦いで完全勝利し、迅速に攻める必要があった。


「長期戦になるとルシフージュ大公からの補給頼みの我々の作戦が破綻しかねません」


アンクスは女性を戦場に立たせることを申し訳なく思ったが、諸侯連合軍をまとめる為にも敵の注意を引くためにも彼女が必要だった。


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2022/2/1
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