第46話 強襲③
入り口付近の坑道内で潜みながら敵兵を倒していたオルスは、急に地面が揺れ始めたのを地震かと思っていた。マリアと交代しながら戦っていたが、銃器の持ち出しと坑道内の配置が完了すると敵も苛烈な反撃に侵入を控えるようになってようやく一息付けた。
「うーむ。地震で崩落して皆生き埋めになってたらどうしよう。こんなところで雑魚をぶち殺してても意味ないよな」
どうすっか、とオルスは悩んだ。
「指揮所はまだ復旧しないのか」
「そうらしい」
「どうする?」
仲間に訊ねられオルスはいったん状況確認の伝令を出した。
「牽制で撃ち合ってると弾が尽きるな・・・」
しかしいくら待っても伝令は戻ってこないし、地下の振動はさらに激しくなる。
「・・・・・・もしかして隠し通路から敵が侵入してたのか?」
激戦になる筈だった正面入り口を敵が攻めあぐねているのかと思っていたが、どうも様子がおかしい。伝令は戻ってこないし、地下から何か振動が伝わってくる。
「やられた」
考える事を後回しにして目の前の戦いだけに集中しすぎた。
最悪の時に楽な方を選んでしまった。全体の総指揮に集中すべきだった。
オルスは後悔したが、もう遅い。
「どうしました?」
マリアが訊ねる。
「頼みがある」
「何なりと」
「お前はドムン達が隠れている中層避難所に潜め。機会があれば脱出させろ。ここを放棄していい。この後の事はお前が考えろ」
「どういうことです?」
マリアはまだ敵が既に最深部にまで侵入している事を想定出来ていなかった。
「お前を次の族長に指名すると言ったろ。俺はここに残る。お前の力なら敵の魔導騎士が出てこなければ切り抜けられる」
「だから、どういうことなんです!」
「自分で考えろ。カイラス族は二つに分ける。運がいい方が生き残る。ここで徹底抗戦する者と逃げる者、お前は逃げろ」
「死守するなら私の方が向いています。逃げる必要があるなら族長が皆を率いて逃げて下さい」
「駄目だ。俺はレンが帰ってくる場所を守る。お前が皆を率いろ。とにかくもう行け。子供らを守れ。だが出来る限り隠れてやり過ごせ。ドムンとスリクはそれなりに使える。うまく使え」
「・・・わかりました」
もう少し経験を積ませてから人を率いる立場につかせたかった。マリアにはまだまだ補佐が必要だ。
「ですが族長達がここで徹底抗戦を続けるのならバントシェンナ王に援軍を頼みます」
「ああ、それもいいかもな」
マリアを行かせて正面入り口はザルリクに任せ、オルスは隠し通路から主要道に交わる合流地点の通路をひとつひとつ確認することにした。
「一人で平気か?」
「ああ。どうも敵は精鋭をここに集結させるのが目的だったみたいでな。伝令が誰も戻ってこない。裏口を見て回ってくる」
「そうか、そうかもな。卑怯な連中だ」
(準備万端整っている状態の所に、都合よく攻め込んでくれる敵なんてそうそういないわな・・・)
オルスは軍隊経験があるといっても士官教育を受けたこともないし、部隊長でもない。
ただの一戦士だ。参謀が欲しかった。
(族長だなんて厄介な仕事を引き受けたもんだ)
◇◆◇
上層から中層を見回っているうちに次々と同胞の死体を発見した。
キレインもウォーデンも指揮所近くで死亡していた。
(皆殺しか・・・。ドムンとスリクはファノを連れてちゃんと隠れてくれているだろうか)
この鉱山は広大な迷宮であり、もはや状況がわからない。
地下の振動も止まらないし、敵の大将も出てこない。
どうしたらいいのかわからず、眩暈がして三叉路の壁に手をついた。
「オルス殿・・・」
そこへシュロスが近づいてくる。
「シュロス殿か。どうした?貴方は最下層にいてくれないと困る」
もう六十にもなる神官だ。戦闘には向かない。
「最下層に向かう一団と遭遇しました。今も隠していた出入り口から侵入してきていると思われます」
「そうか、やっぱな・・・」
カイラス鉱山は隠れ潜むのに向いていたが、防衛側も全体の状況が把握しづらい。
普段使わない道もあるのでオルスでも全ての構造は把握していない。
魔力を使った通信機能が生きていれば話が違ったのだが最初に潰された。
(誰か裏切者がいる)
口には出せなかったが、オルスは確信した。敵はかなり計画的に、鮮やかに侵入を果たした。戦力を把握した上で攻撃してきてるのなら勝ち目はない。
いくつも取り返しのつかない判断ミスをしてしまった。
考え込むオルスにシュロスは一つの告白をする。
「エレンガッセン殿が連行されていくのを見ました。私一人では助ける事も出来ず隠れてやり過ごしてしまいました・・・」
シュロスは物陰から兵士の一団がエレンガッセンを殴り飛ばし、ぐったりしている彼を抱えて連行されていくのを見た。神に仕える者でありながら、見捨ててしまった事に罪悪感を感じている。
「皆殺しじゃないだけマシ・・・か。主要な研究者は連れ去るということ、裏切者から神器の事を聞いたか」
「わかりませんが無念です・・・。もうこうなったら各自落ち延びるしかないでしょう」
「屋外活動を増やしたのは失敗だった。希望があるかと思ったが」
潜伏初期の厳格さを保ったままならこうはならなかったという後悔がある。
誰かが野外活動中に外部と接触して情報を与えたのだ。
「永遠に閉じこもっていてもきっと何かしら問題は起きていたでしょう。これも神のご意思です」
「神の意思とは思わないが、まあ仕方ない。シュロス殿、済まないが今後はマリアの補佐を頼む。子供達を連れて機会を見て逃げろと伝えた。俺やヴァイスラの事は気にしなくていいが、ファノを頼む」
「承知しました」
オルスはシュロスを送り、岩陰から顔を出してきた敵兵の顔を掴んで壁に叩きつけ顔面を擦りおろし、最後には踏みつけて頭を砕いて殺した。
今日はもうマリアと二人で数十人は殺している筈だ。
オルスは疲労困憊だったが、フィメロス伯の兵力にそれほど余裕はないと考えるくらいの頭は回った。問題はマルーン公が率いる諸侯だ。他の貴族もフィメロス伯に味方していた場合、敵の数が膨れ上がる。
フィメロス伯の兵力だけなら全員集結させれば徹底抗戦は不可能ではない。
だが、もしそうでなければ絶対に勝ち目はなくこのままマリアを逃がした方がいい。
オルスは休憩の為、隠れて自分が敵の指揮官だったらと仮定して状況を検討してみる。
雑兵とはいえ、かなりの人数を失っている。こんな痛手を負っては作戦全体の影響を懸念すると思われた。それでも攻めてくるとなるとやはりフィメロス伯の軍勢だけではない。
バントシェンナ王との決戦前に強襲するとなるとカイラス族がバントシェンナ王側の勢力だと思われたか。
何故、戦力を逐次投入してくるのか。
十分な兵力がいるだろうに、何故一気に攻めて来ないのか。
正面口に防衛側の戦力を集めさせて後背を断っていた以上、今は一気に殲滅しにくる機会ではないのか。
オルスでさえ完全に把握できない鉱山内で道に迷ったか。
裏切者の案内人はそう多くは無く、離れた部隊はバラバラになってしまったか。
それにしても地下からの振動はなんなのだろうか。
まさか竜が目覚めたのだろうか?
そんなことを考えていると敵も不審に思って出てきたようだ。
「おい、何の騒ぎだ。そこらに潜んでいるんだろう?出てこい」
勿論オルスは無視して、残り少ない銃を撃つ。
しかし、弾丸は浮遊装甲によって弾かれた。
「なにぃ?」
見覚えのある魔導装甲、その主はアルメシオンだった。




