第45話 強襲②
オルスらが上層を守っている間に、戦えない病人や老人達は地下最深部へと運ばれてきた。
「いったい何が?」
皆、突然の出来事に戸惑っている。
「フィメロス伯の兵士らしいの。お前たちは隠れておれ。いざとなればわし等がなんとかする」
レウケー達長老は太陽石を自分達の周りに集めさせた。それで何をするつもりなのか察したロスパーが別の方法をと懇願する。
「何をいうの!?ここはうんと広いんだから皆で隠れればみつかりっこないでしょう?」
「自力で歩けないわし等がいなければ、な」
他の長老達も頷いた。
「ヴァイスラ!ヴァイスラはおるか!?」
盲目の長老の一人が声を振り絞って大空洞内に響き渡るような大声をあげた。
「いますよ」
ヴァイスラが歩み出て、その長老の手を握る。
「もし敵がここまで来たら、最悪ここの鬼どもを目覚めさせる」
「私達は隠れていて、混乱の隙に逃げろというわけですね」
「さすがじゃな。その通り。混乱に紛れて戻り、外へ逃げるんじゃ。蛮族との付き合い方を知っているお主ならここに引きこもらずとも生きていけよう」
「わかりました」
「出来るだけ一人でも多く生かしてくれ」
指示を受けたヴァイスラはいくつか少人数の班を作りそれぞれ大空洞の各所に潜んだ。
長老達はレウケーを中心に円になるように座り、篝火を焚いて敵襲を待ち、神々に祈りを捧げ始めた。
オルス達が相当時間を稼いだのか、中層避難所ではなく家族とここへやってきた小さな子供が重い沈黙に耐えきれなくなりそうになった時にようやく敵兵が姿を現した。
赤い飾り羽をつけた兜をつけた敵の隊長が長老らに声をかける。
「おお、ようやく見つけたぞ。裏切者共め。我々が艱難辛苦にあえいでいる間に、こんな所で安楽な生活を送るとは許しがたい。だが、我が主は寛大だ。大人しく財宝を引き渡し、使い方を教えれば命だけは助けてやる」
瞑想していたレウケーはかぶりを振った。
「血の匂いがするぞ。ここに来るまでに何人殺したのじゃ。それにどうやってこんなに早くここまで来た?」
潜んで聞いているヴァイスラも不審に思う。
「誰ぞ脅して迷宮の案内をさせたか」
「おい」
敵の隊長に促され、敵兵の中からにやにやとした笑みを浮かべた少年、ペドロが出てくる。
「脅されたんじゃない。オヤジ達の仇だ」
レウケーは嘆息した。
「奴らは自業自得じゃよ。儂らはお前達の命を助けた。だが、約束が破られた以上命で返してもらうのは道理」
「フン、あれくらいで殺すなんて度が過ぎてるだろ!」
「それが契約じゃ。アウラとエミスに誓った筈」
「じゃあ、ヴィットーリオさんの件はどうなんだ。ヴィットーリオさんはお前に何か恐ろしい呪いをかけられた。自分が自分で無くなってしまったと嘆いてた」
「ああ、奴が喋ったのか。この三年で何人か世を去ったからのう。術が弱まったか」
「やっぱりお前が何かしたんだな!」
「出来るだけ平和的な手段を取っただけじゃ。やはりお前達のようなよそ者を引き込むのではなかった。お前達を助けてさんざん世話してやった者まで巻き添えにするつもりか」
「うっせえ!クソババア!父さんも母さんも殺された時、見捨てた連中の事なんて知るもんか!」
はぁ、とレウケーは深いため息をつく。
「恩を学ばなかったか。もうよい、隊長さんと話をしようか」
レウケーはペドロを無視することにして敵の隊長に見えない眼を向けた。
「随分同胞を殺してくれたらしいではないか。ガンジーンやオルスも既に殺してここまで来たのか?」
「答える必要はない。研究記録はどこだ?」
そういいつつ隊長は部下を広く展開させ始めている。
「裏切者はそこの無知な子供だけではあるまい。他に誰がいる?どうせわしらも皆殺しにするつもりじゃろうが」
ペドロだけではこうも鮮やかに敵の襲撃を成功させられるとは思えない。
外で遊ぶ機会も多いとはいえガンジーン達の監視所の全ての正確な場所を把握できるとも思えなかった。ある程度内部情報に詳しい大人が裏切っている以上、カイラス族の大半の人間は必要とされない。ただの危険な不穏分子だ。
他の同胞を虐殺してきたフィメロス伯が必要とするとは思えなかった。
「ふむ、覚悟が出来ているなら好都合。主命とはいえ、あまり無駄な殺しをするのは好きじゃない。どうせなら自害してくれないか?」
「よかろ」
レウケーはあっさり受け入れたので隊長は呆気にとられた。
「さあ、皆の者。神に祈りを。太陽神モレスの威光を招こうぞ」
「馬鹿め、神々がこんな地下のウジ虫共に救いを与えてくださるものか」
隊長は村人の祈りを馬鹿にしたが、それに反して中心にいるレウケーが持つ石が光輝いていく。最初は赤く輝き、そして祈りの声の高まりと共に白く光り輝いていく。
「まさか・・・太陽石だとお!?」
太陽石とは太陽の光を浴びると熱を持ち、最終的には爆発する。希少な鉱石だ。
火晶石と共に爆薬、時限爆弾としても利用される。だが、こんな地下深くで太陽の光も無く輝くはずが無かった。
「取り上げろ!」
異様な事態が起きていると判断した隊長は兵士に命じて太陽石を取り上げるよう、そして聖句を唱えるのを止めさせるよう命じたが、長老達が立ちふさがって妨害した。そして揉み合っている間に、その時が来た。
太陽石は爆発せず、その輝きは近くの石像に吸い取られていった。
岩鬼達の肌が白く輝き、生命の躍動を取り戻していく。
そして大門の前に鎮座している竜も。
その竜の名は地竜エラム。
地獄門を封印する役目を受けた神獣。
大地母神が地上を去った時、エラムも眠りについていた。
そして五千年の時を経て蘇ったエラムは目の前に武器を持ち、門へと迫る兵士に容赦しなかった。その爪は金剛石すら砕き、牙は神々の肉体すら食い破り、岩を噛み砕いて飲み込む。何もかも破壊し飲み込んでいくエラムが通った後には肥沃な大地が残される。
豊穣の女神、大地母神の眷属たる地竜に相応しい能力だった。
五千年の時を経て蘇ったエラムは兵士も長老も岩鬼も一切合切容赦せず踏みつぶし、切り裂き、噛み砕いた。




