第44話 強襲
この日、オルスは地下最深部、最奥の扉の前で学者達から調査状況の説明を受けていた。
「やはりこの扉は開ける事は出来ません。この奥に何があるのか気になるところですが」
「レナートにナルヴェッラの指輪を渡す前に試しましたが、近づくことも出来ませんでした。遥かに上位の神による封印が施されています」
肉体さえも変換して現象界から完全に転移出来る指輪でもすり抜けられなかった。
「まあ、いいだろ。これが本当に地獄門なら向こうに行った所で安全でも無いだろうし。先生方も興味本位で爆破なんかしないでくれよ」
「・・・」
「やったのか?」
「爆破はしてませんよ。穴があけられるかどうかは試しましたが」
「まあ、いいさ。近いうちにここは放棄する」
オルスは必要な時が来るまで神器は宝物庫に収めたままにするよう指示した。
「良いのか?」
最長老が問う。
「ご先祖様達はここを監視しておくよう命じられてたんだろ。持ちだしたら呪われるような気がするし、取引材料に使うときまでおいとくさ」
「呪いは持ち出す相手に、ということかの」
「皆を助けてくれる相手に押し付けるなんて悪辣ですね」
エレンガッセンがにやりと笑う。
「説明はする。それでも欲しければどうぞってことだよ。ま、呪いなんて無いかもしれないしな」
もともと一部しか持ち出していなかったので元に戻すのはすぐに済んだ。
スリクの神鷹や常時必要なものだけはこのまま使用する。
「長老達もたまには外で日を浴びたらどうだ?こんな所にいつも籠ってたら墓場みたいだぞ」
「口が悪い奴じゃのう・・・実際ここは墓場じゃがな」
大空洞の外縁部を発掘していくうちに白骨が多数見つかった。
「ありゃあなんあんだ。気味が悪い」
どの遺体も両足が切断され、脇の下に抱え込まれていた。両腕も切断され鎖で縛られて首をぐるりと囲んでぶら下げられて、鎖で両腕、両足、そして全身を縛っている。
「古代の呪術じゃな。これで人が亡者となって復活するのを阻止する」
長老達も幼い頃に聞いた話で実物を見た事が無く、今回初めて知識と現物が一致して信じる事が出来た。
「わしらは長い事役目を放棄してしまったからのう。せめてご先祖様達が何を伝え残したかったのか知りたいのじゃよ。もうしばらくここにいたい」
飛行船の事が無ければ碑文の解読に長老達は残りの人生を捧げるつもりだった。
「ま、いいけどよ。ロスパー達はあんま縛り付けるなよ」
姉妹は今も祖母たちを手伝っている。
「わかっとる。わかっとる」
地下でやるべきことを終え、上に戻るかという所で指揮所から緊急の通信が来た。
”こちら指揮所、マリア”
”どうした?”
”監視所から交代要員が戻る時間ですがどこからも誰も戻りません”
”そんな事くらいで緊急通信を寄こしたのか?たまには遅れる事もあるだろう”
”ですが、ガンジーンから応答がありません”
”なんだと!?”
交代要員が監視所に着いた時に、勤務していた者がそのまま雑談して竜顕洞に戻るのが一時間くらい遅れる事はたまにあるがガンジーンと連絡がつかなかった事は無い。
”それを早くいえ!”
「どうしました?」
周囲の人間がオルスの顔色を伺う。
「監視所で何かあった。それも全ヵ所同時だ!」
何か、といいつつオルスははっきりとこれは何者かの強襲だと認識していた。
しかし言葉に出した途端現実となるのが恐ろしい。
”マリア!警報を出せ。外にいる人間に全員戻るよう伝えろ。信号弾も上げていい”
”目立ちますよ”
”もう気にするには遅い!今すぐやれ!!”
「お前達も警告の鐘を鳴らせ!」
オルスは傍にいる人間に命令し、神器の中から適当な短槍を掴んだ。
”マリア、そこは誰かに任せてお前は正面出口を死守しろ!”
”は、はい・・・ッ!”
オルスは通信中にマリアから声にならない声を聞いた。
”どうした?”
”敵襲です。指揮所に敵がいました。返り討ちにしましたが、既に敵は鉱山内部に侵入しています!”
やられた。目的はなんだ?問答無用で襲う理由が?
心当たりはここの宝物くらいしかない。
「族長!どうします!?」
周囲に次の行動を聞かれゆっくり考えている暇は無かった。
「ガンジーン達は既に全員殺されたか、捕まっている。カイラス山は敵が既に包囲している。中にも侵入者がいるようだ」
「これからどうする?」
「武器庫を開いて全員に持たせろ。女にもだ。長老達はさすがにここに固まっててくれ。ザルリク、スリク達に子供らを避難場所に移動させろ。ヴァイスラは長老達を守ってやってくれ」
”マリア!状況は!?”
周囲の人間に指示を出した後、マリアに連絡を取ったが返事は無かった。
「ケイナン!何か案は・・・っていないのか」
オルスはあまり難しい事を考えるのが好きではない。リーダーシップはあり、必要な選択はするが方針案は誰かに出して貰いたかった。
「エレンガッセンは研究室か。誰か行って作戦案を検討させろ。俺は正面口を確認する。ヴィーガとキレインは指揮所を奪還しろ。とにかく敵の目的、要求がわかるまで固まって抵抗するんだ」
鉱山内の隅々まで伝声管でも設けられれば良かったが、通気菅くらいしか設置出来なかった。
多少は声も通るが、相手が通気菅に対して耳を澄ませてくれていないと意思疎通を図るのは難しい。
鉱山内は広く、最深部到達を優先していたので未だに謎な場所も多かった。指示だけ出し、オルスは上層階へと急いで戻っていった。
◇◆◇
入口付近にはマリアがいて敵と戦闘していた。
オルスは黙って槍を投げて援護する。左手に盾剣を嵌め、右手に小剣を携えて援護し、いったんは敵兵を退けた。隊長格の鎧にある紋章を見て敵が判明する。
「フィメロス伯の兵士か・・・何故だ?バントシェンナ王と決戦するんじゃなかったのか?なんでこんな所に兵士を送る余裕がある?」
なにがなんだかわからなかった。心当たりがあるとすればレナート達をマルーン公の所にやってしまったせいだろうか。だが、問答無用で襲撃してくる理由がわからない。お互い無駄な犠牲を払った者同士だが、恨みがあるのは我々ウカミ村の人達の側で、あちらからすればこれ以上敵対する必要は無い筈だった。
「オルスさん、済みません。指揮所の装置を破壊されました」
マリアに声もかけずに考え込んでしまったオルスに声がかけられた。
「ああ、そういうことか」
しばらくして、ヴィーガ達がやってくる。
「死体の山ですね・・・」
「ああ、ほとんどマリアがやった」
マリアが数十人は切り殺していたので、足の踏み場もない。一騎当千の魔導騎士に雑兵では勝ち目がなかった。
「敵にも魔導騎士がいましたが、この雑兵らが却って足を引っ張っていたようで引き上げました」
「そうか。ならマリアもいったん休め。敵の魔導騎士が出て来たらまたお前に戦って貰う」
「承知しました」
「キレインはウォーデンを探して指揮所を復旧させろ。ヴィーガは俺とここを守れ」
「はい」「了解です」
フィメロス伯はウカミ村の遊牧民達に凄腕がいるのは分かっている筈だが、マリアのような本職の魔導騎士がいるのは想定外の筈で彼女は奥の手だった。一騎当千の魔導騎士も疲労には勝てないので休息させる必要がある。
「他の者は他に侵入者がいないか捜索を始めろ!」
◇◆◇
マリアはいったん下がってエイラを見つけ救護所を用意させた。
各所に設置している鐘が鳴らされているがまだ何が起きているのか分かっていない人々に大声で中層避難所か最深部へ逃げるよう声をかけていく。
坑道内は道が蟻の巣のように張り巡らされていたので、皆お互いに声を振り絞り可能な限り声をかけていった。道が狭い為、人々はまっしぐらに地下を目指す者、いったん家族と合流しようとする者達が交錯しごった返した。
地底湖で魚を取っていた者達、繊維をほぐして糸を紡いでいた女性達、まだ戸惑っているだけで事態を把握してない者達に次々と敵襲を告げた。質問をして事態を理解するまで動こうとしない者もいて、余計な時間を取られてしまう。
◇◆◇
午後の遊び時間が終わって子供らを坑道内に連れ戻した矢先の出来事だったのでドムンとスリクは中層避難所に引率していた子供達をそのまま連れて行って保護したが、そこにファノや数名の子供がいなかった。皆に馴染めず一人でいたがる子もいたし、子供の中には親の仕事を手伝いたがったり、具合が悪くて外に出るのが乗り気でない者もいてせっかくの自由時間でも外に出るのは日々まちまちだ。
ファノの場合はレナートがいないので今日は外に出たがらなかった。
ドムンはスリクに避難所で子供達を守っているよう頼み、自分は上層居住区へと戻っていった。
途中キレインに遭遇する。
「子供らの避難は?」
「三歳以下の子供は全員終わりました。でもファノやラスピーがまだ・・・」
「残りを誘導している時間はないかもしれない。避難所近くの灯りを全て消してお前達も中で静かにしていろ。逃げ込む所を見られたら隠している意味がない」
「ああ、そうですね。でも俺もファノを探してやりたい」
「捜索は俺達がやる。侵入者が何処かに潜んでいるかもしれないし、そのついでだ」
「ついでですか?」
「隠れている奴を探すのは同じことだ。とにかく指示に従え。完全に暗くして静かに、見つけられないように子供達を宥めるんだ。他の子がいたら地下神殿に連れて行かせる。迷宮を抜けて最深部にまで敵は簡単には到達出来ない」
「確かに。じゃあ、お願いします」
カイラス族では健康なら女も戦うよう訓練されていて、今は要所要所を固めるよう指示が出されていた。子供達は両親と離れて避難している為、不安に慄いておりいつも近くにいるドムン達が宥めてやらなければならなかった。




