第42話 南進②
その夜、レナートはヴォーリャと共に見張り番をしていた。
満月が緑豊かな大地を照らし、肉眼でも視界はよく通った。
樹上にハンモックを張って見張り以外は皆、器用に寝ていたが、やはり眠りは浅い。
二人は仲間たちを起こさないように何も喋らず、周囲の気配を探っていた。
レナートがふと望遠鏡を使い月を見ようと空を見上げると満月を背景に踊るように飛び回っている人影がひとつ。
蝙蝠のような巨大な羽が銀光を反射して輝いていた。
蛮族なのはわかっていたが、レナートはふと綺麗だなと思ってしまった。
とても楽しそうに、嬉しそうに彼女は踊っていた。
邪悪で知性が低い獣には見えず、純朴な踊り娘に見えた。
ついヴォーリャに蛮族がいると伝えずにそのままぼんやりと見惚れていた。
(気を強くもて)
いつの間にかヴォーリャも気が付いていて小声で話しかけてきた。
気を付けろ、ではなく気を強く持て、とはどういうことかと突然話しかけられて驚きながらレナートはヴォーリャを見つめ返した。
「あれは前に言ったヴェラスという吸血蝙蝠の蛮族だ。魔術が巧みで男を誑かし連れ去っていく。蛮族戦線じゃ大勢の兵士が夜の見張りの最中に行方不明になったがアレの仕業だと言われている」
「無心に踊っているように見えるけど」
「今は特に目的はないかもしれないが、見惚れて誘い出されてくるのを待ってるかもしれない。なんにせよここらにあいつらの縄張りはないはずだし、蛮族戦線じゃあいつらが出てくる時は何かしら特殊任務みたいなもんがある時だった」
肉眼で直接見ていると何かの魔術にかかる可能性があるということで、視界の端において様子を伺うに留めた。
「サリバンさんもそうだけど、ヴォーリャさんも落ち着いてるよね。最近は結構好戦的になってる人多いのに」
神器という力を得た以上、復讐を志す人間が増えた。オルスは皆を連れて飛行船で安全な所に退避しようと考えていたが、一部には血気盛んな者もいるので迂闊に神器を皆に渡せる状況ではない。
「そりゃアタイも機会があれば復讐はしたいが、生まれ故郷じゃ弱肉強食は世の掟、どうしようもない。それより生きてる人間の事を考えた方がいい」
復讐に拘れば、部族の存亡に関わる。何度も全滅の危機を乗り越えてきた北方人の本能的なもので、今は戦いを避け、子供を産み、育て、次世代に繋げる時期だという思いが強い。
レナートもヴォーリャの考えに同調し、それからまた美しい蛮族に視線をやったがその時にはもういなかった。
◇◆◇
翌朝、皆にその蛮族の情報を伝え打合せを行った所、サリバンが計画を変更した。
予定より早いが一隊はここでカイラス山に戻り情報共有を行うこと、レナートやヴォーリャ他二名は村に帰還するようサリバンに指示された。
「ええ?せっかく来たのに?イスファーンとかサーカップ地方とか南の端まで飛行船を追いかけるんじゃないの?」
「駄目だ。俺も学者先生達に蛮族の事は教わってる。ヴェラス種が動いているならこの地方で蛮族に大きな動きがある可能性が高い。ひょっとしたら敵対している蛮族同士が手を組んで一気に貴族共を倒しにかかる可能性もある」
こちらにはなかなか進出してこなかった蛮族に動きが出てくると、これまでの均衡が一気に崩れ去る。貴族達も内輪揉めしている場合ではない。
「ほんとにこれまでああいう蛮族いなかったの?」
「ああ、ここは戦車の慣らし運転で何度も通って安全を確認してある。お前達はいったん戻れ」
サリバンはウカミ村の狩人の第一人者だった。
獲物を罠に嵌める事はあっても逆は無い。上空から監視されるとカイラス山の入口を発見される恐れもあるし、見張りを置くのも逆効果になるかもしれない。
警告と対策が必要だった。
「でもボクらがスパーニアの人と接触した方がいいんでしょ?」
「俺も若い頃はいろんな国の奴と交わった事がある。だから遠征隊を任されてるんだ。うまくやる。心配するな」
◇◆◇
サリバンが南に向かって再出発し、残ったのはケイナン、アルケロ、レナート、ヴォーリャだけだった。この隊の隊長はケイナンが指名された。
「レナートは一度地面に降りて糞尿の始末。ヴォーリャは周囲の偵察。アルケロ、お前は御者だ。準備をしておけ」
鼻が利く蛮族に見つからないように夜間の便は朝になってから地面の下に埋める決まりだった。普段は自分の分は自分でやるが、急いで出発したので袋に入れて木に吊るされたままだった。
「うえー、若い娘にこういうことさせる?」
レナートはケイナンに黙って頷いたものの、ヴォーリャに聞こえるくらいの小声で愚痴を言った。
「こういう時だけ女として扱われたがるのはずるいぞ」
ヴォーリャでもさすがにレナートの我儘に同意はしてくれなかった。遠征隊には軍隊同様の規律が求められており、一番下っ端が雑事をするのが当たり前だった。
「こんな所に吊るしてるのを発見されたら連中もアタイらの移動方法を突き止めて対策してくるだろ。ちゃんと始末しとけ」
移動ルートがバレるのを遠征隊は恐れて、通り道の始末は厳格にしている。
「はーい」
溜息をついてレナートは地面に降りて穴を掘り、全員分を埋めた。
その間ケイナンとアルケロは荷を積み直し、地図を出して、帰り道の確認を行っている。
「いいか、アルケロ。こいつはたった二台しかないんだ。蛮族に見つからないよう慎重に走路を選べ。レナートが発見したように空を飛ぶ蛮族もいる。お前は目を凝らして雲一つ見逃すな」
「いや・・・見張りはあたしが・・・」
御者は前方にだけ集中してくれればいいだろ、とヴォーリャが口を挟んだがケイナンは黙れ、と叱責した。
「お前は口出しするな。後ろにだけ注意を払ってろ」
「へいへい、わかりましたよ」
サリバンがいなくなった途端高圧的になったケイナンに口答えするのもバカバカしいとヴォーリャは呆れて背を向けた。
「ちっ。まったく減らず口を。レナートは黙って仕事をしてるというのに少しは見習わんか!アルケロ、お前もいつまでトロトロやっているんだ」
「はっはい、先生!」
「お前は私の教え子じゃない。二度と私を『先生』などと呼ぶな」
まだ二十歳そこそこで遠征隊に参加していたアルケロは倍以上の歳のケイナンに怒鳴られると委縮してしまった。ケイナンは都市に出て学者になり、故郷に錦を飾った男で無知な村人を見下す悪癖があった。
「この貴重な神器は本来ならお前のような若造にはもったいない代物だ。もしヘマをしたら取り上げるよう長老に言ってやるからな」
「神器は誰にでも扱えるような物じゃないですよ。先生が一番わかっているでしょう」
「『先生』と呼ぶなといっただろう!」
ケイナンはアルケロを殴って黙らせた。
そこへ木を登ってまた上がってきたレナートがヴォーリャに何事?という視線を向け、彼女は首をすくめた。
来た道を戻るだけ、蛮族の集落の位置は判明しているしあまり危険はないだろうとヴォーリャとレナートは後方に注意を払って険悪なケイナンとアルケロに触れるのを避けた。
だが、それが良くなかった。
彼らは木々の間に張り巡らされた網に気づくのが遅れて、戦車は猛スピードで網の中に突っ込んでしまった。その網に絡めとられたビサームは動きを止め石像に戻ってしまい、戦車は錐揉み回転しながら地面に墜落した。
レナートは戦車の中で気絶してしまい、そこに罠を張った者達が近づいていく・・・。




