第39話 泡沫夢幻
ドムンは叔父のニキアスの所に行って以来、しばしばレナートの夢を見る。
前は少年の姿で現れたが、今は女神を降ろした時の大人の女性の姿だった。
ペレスヴェータの印象に近い。
柔らかな笑顔を浮かべているレナートと違って、きつい目をして見下してくるので内面が誰かすぐ分かる。その割に自分を抱き入れようとしてくるのだ。あの女は自分に屈服しない男を自分の魅力で翻弄し従わせるのが趣味なのだ。
「止めろって!」
抵抗に成功する日もあれば流されて抱かれてしまう日もある。
申し訳なくてレナートの顔をまともに見れない。
激しく拒絶すると打って変わってレナートが前面に出てきて悲し気な表情になり、同情心が湧いてしまう。その心の隙を突かれると抵抗できなくなる。
「ずるいぞ、ペレスヴェータ」
”あら?誰の事?”
夢の中で愚痴に返事があった。
何度も夢を見てきたドムンにはこれが夢だという自覚があった。
「誰って、お前だろ。俺にこんな夢を見せやがって。色情魔め」
”あら?私の声が聞こえるの?何度も夢を見せてしまったせいかしら”
「は?」
レナートの姿が消え、別の所に金髪の少女の姿が現れる。
しかし一見少女のようではあるが、表情や体つきは大人のそれであった。
「誰だ、あんた」
夢だと理解しているのに目が覚めない。奇妙な夢だった。
”通りすがりの恋の精霊よ”
「何が通りすがりだ。何度も夢を見せたんだろうが」
”あら、これは失敗。ずいぶん意識がしっかりしてるわね。・・・ふむ、なるほど、多少は血が混じっているせいかしらね”
金髪の子はしげしげとドムンを見つめてわけがわからぬ事をいう。
「なんで俺にこんなものをみせる」
”なんで彼女を押し倒さないの?彼女は待っているのに”
ドムンの質問に答えずに彼女は誘惑する。
”いいじゃない、夢の中でくらい抱いて上げれば”
「他人が口を挟むな」
”他人が口を挟まなかったら貴方達一生結ばれないじゃない。彼女を不幸にしたいの?”
「そんなわけあるか」
”体の事が気になるなら神々のように夢の中で抱けばいい。心は完全に女の子なのだし。私が二人の夢を結び付けてあげる”
「いらねえっての」
”せめて夢の中でくらい彼女の思いを叶えてあげればいいのに。スリク君は夢中になって毎晩抱いてるわよ”
「なんだと!?」
”ふふ、ほーら、見せてあげる”
ドムンはスリクの夢の中に誘われ、そこで抱かれているレナートを見る。ドムンの心の中にめらめらと嫉妬の炎が吹き上がっていく。
”あら、彼が幸せにしてあげるのならそれでいいのではなかった?”
「お前、やっぱりペレスヴェータだろ!なんのつもりだ!」
金髪の子は何もかも見透かしていたが、それを知っているのはペレスヴェータだけの筈。
”違うっていうのに。ここ夢幻界では私には何でもお見通しなのよ”
彼女はそううそぶいた。
”ねえ、本当に彼女を奪われてもいいの?貴方が欲しいといえば簡単に身を委ねてくれるのに”
ドムンもそうだろうな、とは思っている。ペレスヴェータにいわれるまでもなく。
そこまで鈍感な男ではない。スリクよりも遥かに好かれている自信はある。
”彼女は色んな人に狙われている。騎士になりたいのなら叔父じゃなくて彼女の騎士になればいい”
「むかつく女だ。ほんとに何でもかんでも・・・」
カイラス族の人には誰にも言っていないがドムンは皆が落ち着く場所を得られたのなら叔父に協力しようと思っていた。
”エンリル君も彼女を気に入ったみたい。彼の夢にも連れて行ってあげる”
「いい加減にしろ!」
ドムンは怒鳴ったが、抵抗は出来なかった。
強制的に獣人に抱かれるレナートを見せられる。
”可愛いわね。困ったようで嬉しそうな顔”
獣人と遊んでいる最中にオスの本能を刺激してしまい、押し倒され最初は戸惑っていた顔もすぐに女の顔に変わった。嬌声を上げるレナートの姿も声も聞くに堪えない。ドムンは目を瞑り、耳を塞いだ。
「もう止めてくれよ、何の拷問だよ。好きな女が他人に抱かれてるのを見せられるなんて」
”君が素直じゃないからよ。好きなのに自分の女にしないんだから。馬鹿よね”
「まだ早いって。あいつはまだ子供だよ」
”違うわ。もう女よ”
「違う、まだ子供だ。両親と妹と平和に暮らす事を望んでる」
”今はそうかもしれない。でも巣立ちの時は近い。飼い犬のジーンって子がいるでしょ。彼女はジーン達、動物にも憧れているから獣人にも拘りがない。求められたら簡単に受け入れちゃうわよ。さっきみたいに”
「違う、そんなわけない。あるわけない」
”性別に拘らず、好きな時に肌を寄せ合える獣を羨んでいるの。自分があんな体だから”
「・・・・・・」
”ね、奪って逃げちゃいなさいよ。今ならまだ間に合う。彼女を連れ去って、閉じ込めて、縛り付けて誰にも奪われないようにするの”
金髪の子はドムンの耳元で囁いた。
”彼女浮気性でしょ?監禁しておかないと誰かに盗まれちゃうわよ”
しゃがみこんで耳を抑えるドムンの傍でさらに誘惑する。
「うるさい!」
だが、ドムンは立ち上がり拒否した。
”強情な子ね”
「うるさい!このメスガキが!」
”まあ、失礼な”
日傘をくるんとさせて金髪の少女は憤る。
「お前、レンの事をさも知ったようにいうが、肝心のアイツの所に連れていけないじゃないか。お前は皆の本心を暴けてもあいつの心の中にまでは侵入出来ないんだろ!」
スリクやエンリル、他にレナートに色目を使っているカイラス族男子の夢に次々と連れ込まれたが、レナートの所にはまだ行っていない。
「これは全部お前が作った幻だ!俺達の記憶の中から『レン』を作り上げただけだ!出ていけ!」
”あーあ、つまんなーい。夢から覚めちゃったのね”
図星だったのか、金髪の子はそれ以上食い下がらなかった。
「どうせそこらに漂ってるっていう悪霊だろ。何が目的か知らねーけどロスパー達に言って祓ってもらうからな」
”無理無理、起きたら私の事は忘れているわ。いつものように”
「なんだと?」
”貴方達の恋を応援したいっていうのは本心よ”
ドムンはうさんくさそうに睨む。
”神、世界、種族、国、貴族、人、社会制度、色々な物の境界線が曖昧になっているこの時代。彼女はその境界線に立っていて、君は境界線をはっきりさせたい側の人。このままじゃ二人は結ばれないわ”
このうさんくさい少女を自分の夢の中から追い出そうと必死だったドムンだが、その言葉に一抹の真実、真摯さを感じた。
”多くの不幸を見たでしょう。まだまだ惨劇は止まらない。彼女を幸せにする機会を逃して本当にいいのかしら?”
それを捨て台詞に夢魔は去って行った。




