第36話 ささやかな日常
神器の解析が進みドムンにも一つ貸し与えられたと聞いて、午後の自由時間の時レナートは外で小さい子供らを遊ばせている間にそれを見せてくれるようせがんでみた。
「俺のは『落陽弓』だってさ」
「どんな効果?」
「なんか天変地異引き起こすらしいけど、絶対に使うなってさ。だから見せられない」
ドムンは愚痴った。使ってはいけないものを渡されるなんて酷い、と。
「天変地異?」
「太陽に向かって放つと日食みたいな状態になるんだってさ」
渡した長老や研究者たちも実際に試したわけではないが、宝物庫の記録や伝承を合わせると恐らくそうだろうという話だった。やってみないと確認出来ないので学者の一人が試そうとしたが周囲が全力で止めた。
「皆既日食を引き起こすんだ?そりゃ使ったら注意引きすぎるね」
「だろ?もうちょっと使える武器寄こしてくれりゃいいのに」
まあまあと慰めるレナートをよそにスリクが口を挟む。
「ドムンが神器を持って叔父さんの所に駆け込むのを警戒してるんだよ」
「なんだと!?」
仲間を裏切って親戚の所に仕官するかもしれないから貴重な神器を渡せないんだろうというスリクの推測にドムンは腹を立てた。
「ちょっとスリク。意地悪はやめて。ドムンもそんなに怒らないで。いつもの軽口だよ」
二人が喧嘩しそうになったのでレナートが仲裁に入る。
「長老達はカイラス山の入口で小さい子を見守ってる事が多いドムンにそれを渡したのはいざという時はそれで敵の目をくらませてる間に逃げろってことだよ、きっと」
暗くしてしまえば、ここで暮らして長いカイラス族の人々が地の利を生かせる。奇襲されても中に駆け込んでしまえば、マリアもいるし、かなりの数の軍隊とだって戦える。
「ドムンの弓は絶対に壊れないから狩りにだって使えるじゃん」
「ほんとに壊れないのかな、これ」
「同じ材質の神器で壊そうとしない限り無理だっていってたね」
彼らが受けた説明では神器というのは神々の持ち物が現代に伝えられたもので、別に武器とは限らずただの日用品も多いということだった。神の血を引く家柄の証明ともなるのだが、大した効果の無いものは金に困った領主が売る事もあって各地に点在している。帝国の征服期に外国から奪い取ってきたものも多々あり、恨まれる原因にもなっていた。
「何処の由来のかなあ」
外国から奪ってきたものでなければいいのだが、とドムンは心配した。
「ここのはもともと地下神殿に納められてたものかサガっていう人から譲られたものらしいよ」
「へー」
ドムンとレナートが話していると、スリクの神鷹が戻ってきた。
「スリクのはいつでも使えていいよね。何やってたの?」
「ガンジーンにそっちにラスピー達が行っちゃったって伝えといた」
「えええ!?ちょっと遠くに行き過ぎだよ。追いかけなきゃ」
レナートはファノからジーンを借りて勝手に遠くにいってしまった子供らの捜索を始めた。
◇◆◇
数少ない馬は使えないので三人は小走りに子供達を追いかけた。
「まったくもー、また魔獣が突然襲ってきたらどうするんだよ。無邪気だなあ」
自分達が雑談していて目を離してしまったのが悪いのだが、子供らもちょっと緊張感が無さ過ぎた。
「汚い貴族も残虐な獣人も化け物みたいな魔獣もみんなまとめて誰か追い払ってくれないかなあ・・・」
「そんなうまい話あるわけないだろ。誰か、じゃなくていつか俺が・・・っていいたい所だが、まあ俺なんかじゃ無理だな」
ドムンの腕前も上達し、オルスにも若手一番の戦士と期待されているがマリアにはまったく歯が立たない。所詮一般人の中では出来る方だ、という分類に過ぎない。
「神様にお出ましいただくしかないかなあ」
少々重たい溜息を出しつつドムンも他力本願にならざるをえなかった。
「あ、そういやレンのあの形態って神様が介入してくれてるんじゃないのか?」
スリクが神といえば、氷神はどういう立ち位置なのか知りたがった。
「あの形態?」
「むちむちのすっごい奴」
スリクは体の強調される部分で手で山をつくる仕草をした。
「あれは正確にはボクじゃなくてペレスヴェータだよ。ボクに宿ってる力じゃない」
「謙遜してるわけじゃなくて?」
「うん。使えば使うほどペレスヴェータとの魂の結びつきが強まっちゃう。ボクはそれでもいいけど、ヴェータはボクにはボクの人生を送って欲しいんだって。それに神様の事はボクにもヴェータにもよくわからないよ。ひょっとしたら体を乗っ取られて別人になっちゃうかもしれないし」
「そっか」
それでもスリクはちょっと残念そうだった。
「もっと自分を強く持って自由に使えたりしない?」
「どうかなあ・・・試すのもちょっと怖いし。気軽に神様の力って借りるようなもんじゃないでしょ?」
神秘をきっちり解説してくれるような都合のいい存在はいないので濫用していいものではなかった。
時折診断してくれている医師エイラはレナートの自己認識が揺らいでいると警告している。
自分の性別を見失い、ペレスヴェータと共存している事で自分の魂すら見失っている。
それに加えて神降ろしを繰り返せばレナートが精神崩壊してしまうかもしれない、と。
「諦めろよ、スリク。だいたいあの時はぐれ魔獣一匹倒すのもやっとだったのに、怪物の大群を率いてるような連中を倒すなんて無理だ」
「だから皆の力を合わせなきゃいけないんじゃないか」
「マリアさんの話じゃ力を合わせて百万の軍隊で戦って惨敗したんだろ」
「それはダカリス女王とか言う奴の裏切りのせいじゃん」
帝国軍と蛮族軍の帝都を目前にした最終決戦時に最有力の皇国の軍が本国をダカリス女王に襲われて撤退してしまった事をスリクは指摘した。
ドムンとスリクは最近こんな感じで討論することが増えた。
「二人とも静かに。ボクらはラスピー達を探してるんだよ」
「ん、おう」「わかってるよ」
山々に反響してしまうので、大声を出して子供らを探す訳にはいかず耳を澄まし、足跡を探して進む必要がある。レナートはそれを思い出させ口論を止めさせた。
◇◆◇
しばらくしてペドロやかくれんぼをしていた子供らを数人ようやく発見した。
「こら、ペドロ!駄目じゃないか。君ももう大きくなったんだから皆と一緒に遠くに行ったりしちゃ駄目でしょ。止めなきゃ」
「へへ、ごめんごめん。止めたんだけど、それも遊びと思われちゃってさ。一人捕まえたら、また一人逃げるって感じで」
「しょうがないなあ・・・」
レナート達も固まっておしゃべりしてあまり注意を払っていなかったのでそれ以上きつくは言えなかった。
「他は?これで全部?」
「まだ。ラスピーとかあと三人みつかってない」
「じゃ、俺とスリクが探してくるからレンは子供らと一緒にプヘルスさんとここで待っててくれ」
途中で遭遇した野草学者のブヘルスも採集作業中だったが、捜索に加わってくれていた。
「え?ボクも一緒に探すよ」
「いいっていいって。もう疲れたろ。ジーンだけ貸してくれればいい」
「むー、変な気回さないでよ。このくらいでへばったりするもんか。だいたい二人一緒じゃ喧嘩ばっかするでしょ。ボクも一緒に行くったら」
レナートはプヘルスにペドロと一緒に先に帰ってくれるよう頼み、小さい子らにはきつく小言を飛ばしてからラスピー達を探し歩き、ようやくガンジーンが子供らを発見しスリクと連絡を取って合流した。
だが、そこで皆は空に浮かぶ奇妙なものを見ていた。




