第35話 方針会議と閑話休題
オルスはレナート達が持ち帰った情報とサリバン、エレンガッセンが持ち帰った情報を元にケイナンにいくつか行動方針案を出させた。それを代表者会議で精査してから民会にかける。
「一つは今後もここで暮らす。二つめはレナートの縁を頼って涸れ谷城のエンマ様に保護して貰う。三つ目はバントシェンナ王に保護して貰う。四つ目はマルーン公に保護して貰う。五つ目は人間に友好的な獣人に保護して貰う。六つ目は中央大陸を脱出し他の大陸へ逃げる、といったところかな」
「長老はどう思う?」
オルスは最初にレウケーに問うた。
人口比率的に最も多いウカミ村出身者に対して最も影響力がある老人だ。彼女の意向で民会の結果は大きく左右される。
「わしらは同胞を殺し土地を奪ったマルーン公を許せない。彼女の所へ行くくらいならここに残って死ぬ」
「グランディ個人は悪い人間じゃない」
「わかっとる。少なくともレナートやお前の目は信じておる。じゃが、善人では強欲な諸侯を統制しきれんじゃろ。何があっても弱者に起きた悲劇は不幸な事件で済まされ忘れられる」
「そりゃまあそうだろうが」
レウケーはマルーン公個人の資質は問題としていない。
だが、責任者として諸侯の罪は全てマルーン公が被る必要があると考えていた。
「なに、気にすることは無い。もし多数決で決まったらわしら老人は捨てていけ。どうせ長距離移動は耐えられん」
他の案が採用されたとしてもレウケーはもうここを墓場にすると決めている。
「族長の決定に従わない、ということですか?」
ケイナンが念を押す。
「足手まといになりたくないんじゃ。わかってくれ」
最長老のレウケーは100歳を越えている。
他の長老達もかなりの高齢でウカミ村から近かったここまでは耐えられても、ここから先は無理だった。
「では投票の際は棄権にしてください」
「よかろう」
一つ目の選択をするのではなく、選択できないから結果としてそうなるだけで、他の者の選択とは違う。ゆえに選択した結果一つ目を選んだ者と同じ投票では困る。
それを理解してレウケーは他の長老達にも棄権するよう働きかける事に同意した。
「サリバンはどう思う?」
「婆さんに同意だ。マルーン公の世話になりたくない。オルスやレンは個人的な知り合いだから親しく付き合いたいかもしれないが、皆は貴族なんか皆同じだと思っている」
「では、ここに残りたいと?」
「いや、他の貴族の世話になりたくないという部分に同意しているだけだ。俺は五番目から六番目がいいな」
「どれかを選んでくれ」
「遠征で東海岸の調査をしつつ、友好的な獣人がいれば繋がりを持ってみる、というのは駄目か?」
「悪くは無いが、危険だぞ」
「俺達がバントシェンナ領を偵察して感じたものとレナート達が実際に接した感触は同じだ。獣人達の人類に対する組織的な攻撃は終了している。人間と共に暮らし始めた奴もいるし、自然界の動物と同じように好戦的な肉食系の獣人というのはそう多くは無い。ヴォーリャの子のエンリルとかいう奴もいるし」
エンリルは将来的には有望だったが、現時点ではバントシェンナ領に居座る獣人の下っ端に過ぎない。
「エイラ先生は?」
「獣人殲滅を掲げるマルーン公に同調すれば負けた時、私達も皆殺しにされてしまいます」
「だが、バントシェンナ王も敗者を生贄として蛮族に捧げているみたいだぞ」
「そうですね。私達はやはりこれまで通り静かに暮らすのがいいのではありませんか。それでも少しずつ孤児を拾ったり、今回のように接触はしていますし」
オルスは全員に話を聞いたが、ケイナンの提示した以上の案は無く、サリバンに同意するか、このまま静かに暮らすかのどちらかだった。
◇◆◇
「んじゃ、ま、こんなところか」
代表者会議を終え、次に民会にかけて投票で最終決定をすることにした。
オルスが話を切り上げた所で、地震が起きた。
「おっとっと」
エレンガッセンのヅラが落ちそうになり、慌てて元の位置に戻している。
地震は大したことが無くすぐに収まった。
「なあ・・・」
「なんです?」
皆が触れずにそっとしておいたのだが、オルスが意を決して話しかける。
「皆が知ってるのにわざわざそんなもんで隠さなくてもいいんじゃないか?」
「隠しているわけじゃありませんよ」
「じゃあ、なんでそんなもんを?」
「見たらからかいたくなるでしょう。善良な人に邪な感情が湧かないように配慮してるんです」
「そりゃおやさしいこって」
オルスは別に興味も無かったのでそれで話を切り上げようとしたが、エレンガッセンはまだ話を続けた。
「まあ、聞いてくださいよ。私はね、犯罪というのは誘発してしまう側にも罪があると思っています」
貧しい人の前で裕福な人間が金品を見せびらかせるようなもの。
「無防備はよくありません。何事もね。棲み処に壁を作り、農地を柵で囲むのと同じです」
「こんな奇妙な言い訳は初めて聞いた」
「いやあ、俺はわかるぜ」
サリバンが口を挟む。
「ヅラの事はおいといて最低限、身を守る事は必要だ。だが、強すぎる力も弱すぎる力も人に狂気をもたらす。俺は銃や大砲は好かないし、あの神器の戦車もそうだ。自分の力じゃないのに自分が強く、偉くなったように感じる。皆がほどほどの力で満足してくれりゃあいいんだが」
「その通り。人は備えるべきです。獣にも隣人にも。悪さをしない環境を整え、脅威を与えない程度の力を持って周囲と付き合うべき。これが真理だと考えます」
「そりゃそうだが、話を逸らされてる気がするなあ」
呆れたが、この三年でくだらない雑談も出来るほどに親しくなった。




