第34話 帰宅
「お姉ちゃんおっかえりー」
「おー、ファノ。ただいま」
情報収集を終えたレナートを竜顕洞の入口でジーンとファノが出迎えた。
連絡を受け心配していたオルスやヴァイスラも出てくる。
遠征隊の無事を確認したのち、オルスはサリバンに問う。
「追跡は?」
「あった、が、誰も戦車にはついてこれなかったよ」
「そうか。ならよかった」
蛮族にとっては攻略する価値のない竜顕洞でも人間勢力からすると神器の山が眠っている場所だ。知られれば奪いに来られるかもしれない。オルスはガンジーンに当面、警戒を厳しくするよう伝えた。
レナート達の報告により、今後は内陸部の貴族達の勢力争いについては無視して、東や南に遠征範囲を振り向け沿岸都市の現状調査に専念することを民会は決定することになる。
◇◆◇
報告が終わりレナートはようやく一息をついてファノや孤児達を家族風呂に入れてやっていた。地下の探索が進むにつれて温泉地がいくつか発見されて、オルスはそこのうちの一つを自分達家族と7歳以下の孤児用の風呂に指定している。これにはレナートの性別がコロコロ変わってしまう事に対する措置という意味合いも含んでいた。
レナートがファノの頭をしゃかしゃかと洗っている最中にぼんやりと考え事をしてしまい、ファノにどうしたの?と誰何された。
「ん。ああ、ごめんごめん。ちょっとね」
お湯で頭を流してやってから一緒に湯舟に使ってまたぼんやりとした。
「レナート姉ちゃん疲れちゃった?」
眠ってしまったのかと思った少年が問いかけてきた。
以前に狼に追われてカイラス山近くで保護したラスピー少年である。
無理やり風呂に入れても逃げ出す困った子だが、今日はレナートがぼんやりしているので心配になったようだ。
「んー、ちょっと疲れちゃったかな」
「何かあった?」
「まあね、グランディ様もうちょっと喜んでくれるかと思ったのにな」
レナートは深いため息をついた。
なんといっても今は女公爵様で失礼があってはいけない、と正装の着方もバントシェンナ王の召使に習って出来るだけ礼儀を守ったのに最後までちょっと冷たい感じで私的にお話することも出来なかった。
「どんな人なの?」
「とても優しくて立派な人でね。女の人なのに大勢の貴族達を従えてずらっと並んで立たせてかっこよかった」
エンマ様みたいに威厳があった、とレナートは懐かしんだ。
グランディの城で召使たちに持ち込んだ正装への着替えを手伝って貰っている最中にドムンとスリクが駆け込んできて、遊牧民の同胞たちが略奪、虐殺を受けて生き残りも強制労働させられているらしいと耳打ちしてきた。
着替え中だったにも関わらず、レナートはその知らせにしばし呆然自失としていた。スリクはグランディへの憎しみを露わにしたがどうにか宥めて自分が確認を取る事にした。
結局、噂は事実だが取るに足らない事だと流されてしまった。
グランディが好き好んでそんなことを指示するわけはないとレナートは確信していたし、フィメロス伯のような奴が他にも多いんだろうとは思った。彼女を家臣の前で詰ったりしてはいけないことくらい分かるし、目的ではない事で揉めても仕方ないのでそれ以上は何も言わなかった。しかしそれでもショックだった。
精いっぱいおめかししたのに、それすら気に入らなかったようだった。
「あ、お姉ちゃん泣いてる」「かわいそう」「マルーン公って奴がわるいんだ」「ぼくらの家が焼かれたのもあいつのせいだ」
ぼんやりしたまま涙を流していたレナートのほほをラスピーが拭ってくれた。
「ありがとね」
「ううん。ぼくいつか強くなってお姉ちゃん泣かした連中をとっちめてやる」
「そかそか。強くなるんだぞ」
「うん。そしたらぼくと結婚してくれる?」
「うん?」
いつの間にやらレナートも求婚される年齢になっていた。
おませな子供達が俺も俺もとラスピーずるいぞと嫉妬して告白してくる。
”モテモテね。やっぱり北の女はこうでないとね”
ペレスヴェータは満足していたし、レナートもちょっとうれしく感じた。
時が経つのは早い。
グランディもきっと今も優しさを失っていないとレナートは信じているが、環境と立場と年月が彼女を厳しくさせた。まさかあのグランディがこんなに優しい子供達から恨まれるようになるとは。
グランディを哀れみ、レナートはまた一筋の涙を流した。




