第29話 魔獣狩り
サリバンとエレンガッセンはバントシェンナ王の城の近くで別れた後、スリクからの連絡を受けて先にカイラス山へ戻った。
「レナート達は無事バントシェンナ王に会えたか」
「話の流れでマルーン公の所にまで行く事になった」
「それはいい。予定の一つだ」
バントシェンナ王領から直接行けるとは思っていなかったので、一度戻って来るかと思ったが、外交使節として送り込まれることになったので心配はいらないとドムンとスリクは保証していた。
「しかし内陸なので何かあっても救出には行けません」
エレンガッセンは危険ではないかと心配している。
「本人達の希望だし、それに北方候の血縁者として遇されてたんだろ?」
「はい」
スリクの神鷹が今後も詳細な情報を随時送ってくる。
「我々が不在の間、こちらでは何か変わりありませんでしたか?」
「ヴィットーリオが死んだ。自殺だった」
「なんと、本当ですか?」
「自分で腹を刺したらしい。エイラ先生に診て貰った」
だが、何か引っかかる、オルスはそんな顔をしていた。
もの言いたげな視線を察してオルスは言葉を加える。
「直前にペドロと口論していたらしい」
「どんな内容ですか?」
「『両親が死んだのはお前が悪の道に誘ったせいなのに、何故おまえだけ今ものうのうと生きてるんだ』って」
「それで自殺したのであれば筋は通りますね」
「まあな・・・だが奴がそんなタマかな?」
「族長はこうお考えなのですね。ペドロが刺し、それを庇う為にヴィットーリオが自殺したと」
「腹を刺して自殺するような奴は滅多にいないし、二人の身長差を考えるとな」
「今、ペドロは?」
「動揺してる。だが、自分が刺したとは言わなかった。証拠も証人も無い、これ以上は無駄だと思ってしばらく他の子供らとの接触を禁じた」
まあ、そんなところが妥当な措置か、とエレンガッセンも納得した。
◇◆◇
その後、しばらくは何事も無かったがある日、有志の訓練中にオルスの元に魔術の通信が届いた。
”族長、こちら連絡指揮所マリアです”
”どうした緊急か?”
ウォーデン・ショアハムが開発した魔力を使った通信技術だが、オルスは魔力の無い一般人なのでレナートが残した魔石で代用している。その為、使用時間に限りがあり、よほどの事が無ければ使われない。
”はい、ガンジーンから連絡です。巨大な魔獣が山の向こうに見えたそうです。獅子のような頭に角、蝙蝠のような翼、背中から尻尾まで鱗が生えているのだとか”
スリクの報告にあった魔獣だ。エレンガッセンもその魔獣について調べて報告した。
”詳しいな、間近で見たのか”
”近くまで来たそうです。彼らは地下道に逃げて無事ですが攻撃的な魔獣で恐らく我々の匂いも嗅ぎつけたものと思われます”
地下道にまでは入って来れないが、爪で入口を荒らしているようだ。
そのうち諦めて他の獲物を探す。ここが見つかるのも時間の問題だ。
「おい、全員中に戻れ!緊急事態だ」
最悪の場合は照明弾を上げる事にしていたが、今打ちあげれば魔獣の注意を引いてしまう。
オルスは周囲の人間に声をかけ、総員退避を命じた。
”マリア、迎撃要員を全員だせ。この魔獣は倒す必要がある”
”承知しました”
◇◆◇
バントシェンナ領を襲った魔獣は獣人達の抵抗により、傷ついていったん距離を取った。
そこで発見したのがカイラス山だった。
何百ものヒトの匂いがする。
だが、ヒトは好みでは無かった。
当たりはずれが大きく、まったく栄養を摂取できない時もある。
身体能力は大半の動物に劣るのに強力な道具を持っていて、せっかく倒しても旨味が無いのでは苦労に見合わない。
魔獣は用心深く観察していたが、ヒトの方からも見られていた。
ヒトは戦う価値の無い相手だが、ここは魔力が濃い。
襲うべきかどうかしばらく悩んだ。
ヒトの最も恐るべき所はその組織力だ。
あっという間に大勢の人間が強力な道具を持って群がってくる。
だが、幸いここの周囲には大した数の人間はいない。
魔獣はヒトを襲う事を選んだ。
何もない岩山で三人くらい一撃で叩き潰せると思ったのだが、潰したと思ったヒトは間一髪の所で地下に逃げ込んでいた。
散々かきむしったが地下は意外に広く、ヒトのいる所まで掘れなかった。
諦めてもっと多くのヒトがいる山へと向かった。
こちらに気が付き、慌てて逃げ惑うヒトに対し大きく威嚇の声を上げるとヒトはその場に立ち竦んだ。動きが止まったヒトに向かって急降下し襲いかかったが、すんでの所で額に一撃を受けた。
ヒトが使う銃の一撃だ。
回避するのは困難だが、当たったところで少し面食らうだけだ。
降下軌道が逸れ、外してしまったが、爪を大地に突き立てて方向転換し、周囲を睨む。
どこかに武器を持ったヒトがいる筈だ。
「下だよ!」
地面の下からヒトが飛び出して魔獣の腹に短い剣を突き込んだ。
魔獣の持つ魔力の壁を突き破って皮膚を切り裂いたが、短い剣だったのでさしたるダメージは無い。
魔獣は飛びのいてから再び舞い戻り、そのヒトを掻きむしってやろうとしたがまた地面の下に潜られた。だが、地面には穴が空いているわけでもない。
そのヒトはまるで水面の下に潜るように消えた。
長い時を生きた歴戦の魔獣はこれが魔術によるものだと看破し、すぐに飛びのいた。
一瞬前まで魔獣がいた場所に大きな火炎放射が行われる。
「ジェフリー!余計な真似をするな!」
木々の間から出て来た人間が銃を構えていた。
最初の銃撃と違って相当な威力がある。
しかしその一撃は魔獣に躱された。
魔獣は大きく体を回転させて木々をなぎ倒しながら尻尾でそのヒトを狙った。
当たればその一撃で死んでいた筈だが、直前で割って入った女騎士に尻尾が止められる。
魔導騎士だ。
こんな小規模な村にも配属されているとは魔獣には想定外だった。
アテが狂った。
ここに拘るのは危険かもしれない、と魔獣の理性が囁く。
だが、傷ついた体でまた力を使ってしまった。
次はもっと不利になるかもしれない。
立ち去るべきかどうか迷っている間にもヒトは次々と矢を放ってくる。
魔獣は飛び上がり、その風圧で矢を弾き飛ばした。
上空で風を捕えようとしたが、何故か上手くいかず魔獣は再び地面に落ちた。
そこへ再び矢が射かけられるも魔獣は翼をはためかせ弾き飛ばす。
遠距離武器では埒があかないとみたヒトはめいめいに武器を構えて突撃してくる。
だが、魔獣は余裕だった。
一斉に群がってくるのなら一斉に消し飛ばすだけだ。
体毛の間に分泌される特殊な魔獣の油脂を撒き散らし、一度に爆破する。
準備は済んでいる、しかし魔獣の体から解き放たれたマナがかき消された。
またしてもアテが狂い、いい加減苛立った魔獣は大きく吠えた。
その咆哮でヒトの動きは止まる。
だが、魔導騎士だけは止まらずに魔獣の頭に剣を振り下ろし角を叩き折った。
魔獣はまたその場を離れて爆破の準備をする。
ヒトの魔術は知っている。連続して強力な魔術は使えない。
魔獣の方は自らの分泌物と己の内なるマナを使う為、連続使用が可能だった。
「全員逃げろ!俺とマリアだけでいい!」
ヒトの掛け声で蜘蛛の子を散らすように逃げていく。
間一髪で逃げられた。
だが、爆風の中から三人が飛び出してくる。
魔導騎士を警戒し、他の二人は尻尾で薙ぎ払う。
魔導騎士に注意を取られ過ぎて、その攻撃は当たらなかった。
「族長たちも逃げて!これは私が倒します」
「わかった!」
残った魔導騎士を爆破しようとするも突風が吹いて触媒が散らされてしまう。
肉弾戦で魔導騎士に勝つのは容易では無かったが、爪で掴み遠くの岩に投げつけた。
そして全力で逃げたヒトを追う。
「55、56・・・」
後一歩で追いつけそうになる度に、銃弾が飛んできたり無視できない矢が射かけられて動きを止められる。そうしている間に魔獣の息が切れた。
ぜいぜいと荒く息をついていた所に狩人達が襲いかかる。
「シュロス!」
疲れ切ってはいたが、魔獣にはまだ手があった。
全身の体毛を逆立て、針のように固くした。
突撃してきた老戦士はそれで死んだかと思われたが、針のような毛を無視して体当たりしてきた。
鈍く重い衝撃が魔獣に伝わる。
その衝撃で針のような毛も元に戻ってしまう。
疲労が激しく、形勢不利と判断して逃げるべく飛び立とうとしたが、大地が変化して魔獣の足を絡めとる。
「ヴァイスラ!」
「届かない!!」
「槍だ!」
男は氷の槍を受けとって即座に投げ、飛ぼうとする魔獣の翼を撃ち抜いた。
しばらくすると近くの川から氷柱が立ち上り、さらに魔獣の翼に突き刺さる。
魔獣は逃げられなくなり、動きが止まった。
そこへ矢や銃弾が次々と撃ち込まれた。
小さな集落と侮ったのが失敗だった。
魔導騎士がいたのも想定外だったし、族長という男は魔獣の行動時間の限界を知っていた。
援護のもとでつかず離れず戦い、少しずつ傷を増やした。
血が流れ過ぎ、爆破も出来なくなった。
逃げたい、逃がしてくれ、と何度も叫ぶ。
「悪いが実験台になって貰うぞ」
疲れ切った魔獣の顔の前に突きつけられた銃が火を噴き、魔獣は長い生涯を終えた。




