第26話 獣人都市ユラン
「せっかくだから私の屋敷に泊まるといい」
カーバイドはそういって自宅にレナート達を招いた。
この都市は半獣人達に与えられたが、当初の抵抗で激減した人口を補う為に戦争で家を失った人々が各地から集められて暮らしている。集められた人々は市壁を再建し、シェンスクの市壁までの間に巨大な壁を兼ねた通路を建設中だった。
市中に入ると街角には流れの芸人もおり、意外と人々の顔は明るい。
芸人は演劇を上演しているようだが、内容は人と獣人が手を取り合って生きていくというものだった。
「あれ?キロさん?」
その芸人に見知った顔がいることにスリクが気が付いた。
「はて?どちらさまですか?」
キロはかなりくたびれた様子で白髪も増えていたが、面影がありドムンも気が付いた。
反対にキロの方は八年も前に会った子供が成長していて別の場所で会ってもわかる筈もなかった。
「俺です、スリクです。昔ウカミ村で会った・・・、ああ猿を逃がしちゃった悪ガキっていえばわかります?」
「おお!これは驚いた。どうしてこんなところに?」
『猿を逃がした悪ガキ』でキロの方もピンときた。
「村が領主の襲撃に遭っちゃって・・・えぇとずっと荒野に隠れてたんですがこいつの叔父さんが王様になったって聞いて」
「ども」
ドムンも軽く会釈する。
「そちらはどうして?」
「いやあ、皇都で旗を上げようとしたんですが、革命騒ぎが起きてブラヴァッキー伯爵夫人からも逃げた方がいいって言われましてね。我々が通過した後に涸れ谷城も封鎖されたそうです」
「あの谷の?」
「ええそうです。橋も完全に破壊されて東西の往来は完全に不可能になりました」
「なんだって橋を破壊したんです?」
「さあ、革命が波及するのを恐れたのかもしれません。一部では伝染病が広がってきたので城主が命じて交通を完全に遮断したのだって言われてます」
その話を聞いたスリクがちょいちょいとドムンを突いた。
「なんだよ」
「昔、レンと一緒に情報仕入れてこなかったっけ?」
「そういや、なんか亡者が湧いて出て来たとかなんとか」
「それがたぶん伝染病の話ですね」
「なるほど」
ドムンは納得したが、キロが何故獣人の支配する土地へやってきたのかは説明されていない。
「フォーン地方に渡ってきたのになんでわざわざこんな・・・」
危険な所に来たのかとドムンは暗に問うた。
「各地を旅して来ましたが、どこも戦争ばかりでしてね。最終的にマルーン公の都に辿り着きましたが、そこで追い出されました」
「そりゃまたどうして」
「さあ、密偵と思われたんですかね・・・」
バントシェンナ王と取引して戦後の安全と引き換えに密輸している者もおり、マルーン公や反蛮族連合の諸侯は胡散臭い人間を領内から追い出していた。
首を傾げているキロにカーバイドが自分の思うところを述べた。
「公の目的は兵糧攻めでしょう。村々を焼くわりには人を殺さず、都市部へと人を追い込む戦略を取っています。シャモア平野のような大規模な穀倉地帯を持たない我々は打って出ない限り窮乏してしまう」
「なるほど。しかし難民を使って敵を苦しめるなんて卑劣な・・・」
「戦とはそういうものだ」
「でも騎士は弱者を守るものでしょう?」
「うむ。だから私も抵抗する。そうするしかない。抗う術を持たぬ者を守る為に騎士となったのだ」
結果的に獣人に従う事にまだ納得は出来ていないドムンだが、その生き方には感銘を受けた。
◇◆◇
キロとはまた後で積もる話をしつつ各地の情報を教えて貰う事にして、カーバイドの屋敷に入った。ちゃっかりエンリルも付いてきている。
ずっと邪険にしていたヴォーリャだが、体力的にエンリルの方が上で押しのけられなくなり、ソファーで抱き着かれたままとうとうエンリルの背中を撫でてやるようになった。
ドムンはカーバイドともうしばらく話をし、スリクは荷ほどきをした後、キロに再び話をしに行った。日が暮れて、食事をした後、各自割り当てられた部屋に向かうときヴォーリャがドムンに声をかけた。
「おい、ドムン」
「なんです?」
「お前はしばらくレナートの部屋に行ってろ」
「俺が?」
ヴォーリャは引率であり、レナートの護衛役でもある。
「アタイは見ての通りだ。こいつを連れていきたくない」
エンリルは半獣人なので服を着ているとかなり人間に近くなる。
しかし、今は何年も主人に会っていなかった飼い犬のようだった。母親に抱かれて安心してぐっすり眠っている。
「無駄にでかくなりやがったくせに・・・」
「ヴォーリャさんはそいつは置いて、テネスさんと戻ってきたんですよね」
「ああ、そうだ。母親が子を置いていくなんて許せないか?」
「いや、さすがにそれは当然だと思います」
帝国は獣人を見世物に使うものを除いて赤子も抹殺してきたので、連れ帰る事は出来なかった。
「アタイはこいつを捨てて行ったのに、こいつはアタイに一緒に暮らさないかだってさ。獣人の親玉どもから守るし安心してくれていいんだと」
「どうするんです?」
「無理に決まってるだろ。こいつにそこまで力は無いさ。あっても旦那を捨てる事になる」
テネスはヴォーリャを助ける為に戦い、下半身が動かせなくなった。
獣人とヴォーリャとの間に出来た子と同居など出来ない。
「共に歩む道はない。それにうちらカイラス族は獣人とも人間の貴族達とも同盟を組んだりはしないで田舎で細々と暮らすと決めている筈だ」
「そうですね・・・」
「お前は迷っているみたいだが、どうしたいんだ?叔父さんに人間同士争うのを止めて欲しいといったりして。同意してくれたら人間の連合軍に入って獣人を追い出す為に戦うつもりだったのか?」
ドムンは答えられなかった。
「アタイは別に告げ口したりはしない。帰る時にお前がここに残っても止めはしない」
「・・・よくわからないんですよ。思ったより平和みたいだし、犠牲者がたくさん出ていたっていう三年前にここにいたら全然違うとは思いますが」
「三年前にここにいたカーバイドは今もここの人間の為に戦い続けてるみたいだぞ?」
「・・・本物の騎士さんってのは凄いですね」
ドムンは迷いながらレナートの部屋に向かった。




