第24話 魔獣との遭遇
第24話 魔獣との遭遇
ノエムの診療所を出た後、彼らはシャモア河へと向かった。
途中、獣人達と魔獣が戦っているのを目にして迂回した為に到着は遅れている。
「魔獣って獣人と組んでいるわけじゃないんですね」
巨大な魔獣に群がる獣人達を見たドムンが護衛をしてくれている騎士に疑問を投げかけた。
「そのようですな。魔獣と一口にいっても魔力が暴走して制御出来ない狂った個体もあれば、我々にとっての良き友人としての犬や馬のような関係の場合もあるようです」
獣人達を獲物として認識している魔獣は、獣人らがナルガ河を越えて南下し帝国本土を制圧するとそれを追って南下してきた。
帝国本土においては過去に帝国騎士や専門の傭兵団が狩りつくしている為、帝国人は初めて目にする魔獣ばかりだ。
「彼らにも弱みはあるのに出し抜いてやろうとかって思いませんか?」
「ノエム殿がおっしゃっていませんでしたか?より凶悪な敵が出てくるよりもシェンスクの半獣人達と組んだ方がマシです。ナルガ以北では帝国追放刑にあった世界中の人間達が獣人達に保護されて自治都市を作る事を許されていたらしく、その自治都市の名前が『シェンスク』。獣人と結婚・・・彼らにはそんな制度はないのでツガイのようなものですが、そういった関係になった者もいます。家族を殺され憎んでいる者もいますが、もう時が経ち過ぎました。獣人との間にできた子は成長も速く、数年で大人になります」
何もかもあっという間に過去になってしまう。
「そんなに簡単に忘れられますか?」
「簡単とは言っていません。復讐の為にマルーン公に降り獣人と戦い続けている者もいます」
「済みません・・・。失礼ついでに聞きますが何故貴方はそうしなかったのですか?」
「憎悪や復讐心はいずれ義務感へと変わり薄れていきます。今生きている民を守る事よりも義務を優先していいのか、と自問した時、私は民を守るのを選んだだけのこと。しかし家族、友人、領民、全てを失ったものは別の選択があるでしょう」
「なるほど・・・」
ドムンは納得した。
確かに逃げる事も出来ない人々を見捨てられないのは理解出来る。三年前は皇王も大公も死亡して民衆には何の情報も知らされなかった。何処に逃げれば安全かもわからない。自分達には長老らが知っていた隠れ家があっただけ。大半の民衆は状況がわからず右往左往していた。
「マルーン公達は過去の価値観で生きています。我々にはもはや無理な生き方です。今さら獣人達と手を切れ、切らなければ人類の裏切者として攻め滅ぼすと言われたところで三年前に我々を見捨てたのは彼らだ。こんな勝手な話はない」
騎士は手綱をきつく握りしめ、ドムンは押し黙った。
マルーン公らは帝国の、人類のかつての栄華を取り戻せると信じているが、バントシェンナ王の家臣達はそれは不可能だと知っている。
「おしゃべりしている所、悪いけれど気を抜きすぎ。あの魔獣、こちらに気づいているわよ」
距離を取って小さな麦粒くらいの大きさに見えていた魔獣に注意するよう輿から顔を出したレナートが警告する。
「確かに」
ヴォーリャもグレイブを握りしめて頷く。
獣人達の抵抗に手を焼いた魔獣が、近くにいた弱そうな獲物に目をつけて荒野を走ってきた。
「ここは我らにお任せを」
騎士達が突撃槍を携えて突進し、従士達も後に続くが魔獣はその騎士達を軽く飛び越えて一瞬でレナート達の前まで来た。
皆を守るために飛び出したヴォーリャがぎりぎりで回避し、その際に足を一撃して進路を変える。ここで一番手ごわそうなのがヴォーリャと見た魔獣はドムン達に背を向けたので近くでゆっくり観察することが出来た。
「す・・・すげえ」
遠くには麦粒のように見えた魔獣も実際には巨大だった。
獅子を何十倍も大きくしたような体に羽が生え、尻尾には硬そうな鱗がついている。
スリクは驚愕して動くことも出来なかったが、ドムンは渡されていた槍を構えて慎重に後ろ足に近づこうとする。
「バカ!」
その背中に飛びついてレナートが押し倒した直後に何もなかった空中で大爆発が起きた。
◇◆◇
爆音と衝撃でしばらく視界も聴覚もやられていたが、ドムンが身を起こすと魔獣は少し離れた場所で戻ってきた騎士達の突進を躱していた。
「そのまま寝てなさい」
「レン?・・・まだペレスヴェータさんか」
騎士達だけに戦わせておくわけにもいかないとドムンは再び闘志を取り戻したが、魔獣が息を大きく吸い込むのが見えた。
「また爆発するわ。あれが予備動作、次に息を吐く。そして周囲に火種を撒くの」
「でも、さっきは何も見えなかったのに」
「魔力の籠った目で見れば、光る粉みたいなものが振り撒かれているのが見えるでしょう」
「じゃあ、俺にはアレと戦う事すら出来ないってことか」
「動物達はカンなのか、私達とは異なる嗅覚のおかげか、察して逃げてるわよ」
騎士の従者達の馬の一部は乗り手を振り落として逃げている。
「ほら、伏せなさい」
再びドムンは押し倒された。
近くの岩陰ではスリクとヴォーリャが身を隠していた。
そして再び何もないように見える空中で大爆発が発生し、弾け飛んだ石や人体の一部、剣、鎧の破片などが爆風の後、近くに落ちてくる。
爆風が止んでから再び顔を上げると、従士のほとんどは爆死しており察しのいい騎士は馬を操って距離を取っていた。一人の騎士が魔獣の足元に飛び込んで爆発から身をかわし、下から剣を突き立てる。
背中の方からは爆発をものともしなかった騎士が突撃槍を突き立てていた。
「さすが隊長さんね。軍馬の方にも馬鎧に魔導装甲が施してある」
よく訓練された軍馬で大音響に対する訓練も積んでいた。
魔獣は深い傷を負い、さらに獣人の戦士団がやってくると悔しそうに遠吠えをしてから飛び去って行った。
「あっ、畜生!」
大きな犠牲を払ったのに、魔獣は逃げ切ってしまった。
ドムンが悔し紛れに矢を番え放とうとするのをペレスヴェータが止める。
「無駄。それにもし恨みを買って襲われたらどうするの?ドムンじゃ勝てないでしょう」
「あんたならどうにか出来るんじゃない・・・んですか?」
「初見の魔獣とは戦わないわ。どんな奥の手を隠しているかもわからないし。そもそもこの体はレナートのもの。危険を冒すわけにはいかない」
どうやらレナートの体を好き勝手操ったりする人物ではなさそうなのでドムンは安心した。
それに随分慎重なようだ。
「せっかくなんでもうちょっと話してもいいですか?」
「なに?」
「俺じゃああいうのと戦うのは無理ですか?」
見えない攻撃を出してくる敵というのは初めて見た。
ドムンは腕に自信がついてきていただけに自分では戦いの舞台にすら上がれないのかと落胆していた。
「私の話聞いてた?予備動作があったでしょう?注意深く観察していれば危険はある程度察せられる。後は武具があればどうにでもなるでしょう」
「そうでしょうか」
「前にエレンガッセンが話していたのを聞かなかった?魔力を行使するにはその土地の力を使わなければならない。土地のマナの絶対量には限りがある。連続して何度も大規模な魔術は使えないのよ」
ドムンは座学についてはあまり真面目に聞いていなかった事もあり、それがそんなに重要な事だとは思っていなかった。
「後は慣れ、そして賭け。突撃をした騎士は武具任せだったけど、足元に飛び込んだ騎士はいい勘をしてたわね。死ぬときは死ぬ。思い切りのよさも大事よ。オルスだって平民で魔力の事なんかわからなかったけど帝都の闘技場で魔獣と対戦して稼いでいた時期もあったし」
「凄いっすね・・・」
「ま、ヴァイスラのおかげもあるけどね」
「どういうことです?」
ヴァイスラも闘技大会に出たのだろうか。
格闘技は達者で時折演舞をしている姿を見かけるが、賞金稼ぎなどは馬鹿にしてそうな雰囲気がある。
「ああ、そういう意味じゃないわ。魔力の強い女を抱けばしばらくその加護を得られるの。そういう技もあるのよ。私達には」
「だ、抱くって・・・」
「教えておくからレナートにおねだりしてみたら?」
「なっ・・・なっ・・・!」
真っ赤になっているドムンの額を指で弾き、ペレスヴェータは冗談よと言ってヴォーリャ達に合流した。ヴォーリャ達の所には獣人達がやってきて二人の騎士達と共に何か話し合っている。




