第23話 獣医セクス・ノエム・リベル
ヴェニメロメス城を出たレナート達は獣人都市シェンスクの近くまでやってきた。
「姫、出来ればこちらに会っていただきたい方がいるのですが立ち寄って頂いてもよろしいでしょうか」
バントシェンナ王の騎士はレナートの輿の傍までやってきて礼儀正しく問うた。
(姫、だって)
なんだかむず痒い気持ちになってレナートはペレスヴェータに声をかけた。
”付き合ってあげなさいよ。騎士には守るべき主人と姫が必要なのよ”
獣人の尖兵として同じ人間と戦わなくてはならない騎士達は鬱屈とした思いを抱えていたが、ようやくやりがいのある仕事を与えられて使命感に燃えていた。
「どんな方なのですか?陛下はシェンスクは危険だとおっしゃっていましたが・・・」
「ご心配なく、市内には入りません。近くにある村に獣医がいらっしゃるのです。マルーン公の所に行く前に彼女に会って頂ければ少しはこちらの状況がご理解いただける筈」
特に断る理由もなくその医療施設に入った途端、ペレスヴェータが大きく驚いてレナートの心にも影響した。
(どうしたの?)
あまりにも動揺していたので、レナートの表情にも影響し先方も首を傾げていた。
怪訝な顔をしつつ案内してきた騎士が獣医にレナート達を紹介した。
「ノエム殿、こちらはレン・ペレスヴェータ。北方候の孫娘にあたる方だそうです」
「はぁ・・・ってペレスヴェータ?珍しいお名前ですがまさかパヴェータ族の方ですか?」
「おや、ご存じで?」
「ノエム」
ペレスヴェータがレナートの許しを貰い、体を直接操ってノエムとの会話を始めた。
「私は貴女の知っているペレスヴェータの親戚。行方不明だっていう記者の友人は見つかったのかしら?」
「あれ?なんでそんなことまでご存じなんです?」
「皇都フラリンガムで三年前にオルスを巻き込んだ事件があったでしょう。私は彼の娘。その時に貴女の事を聞いていた」
「おお!そういえばそんな事件もありました。はい、確かにヴィターシャさんも見つかって帝都に帰ろうとした時にちょうど獣人が攻めて来ましてここで足止めされていました」
「そう・・・、彼女は元気にしてる?」
「あー、ちょっと治療が必要で当分車椅子生活です。・・・さて、こんなところで話すのも何なので私の部屋までどうぞ。騎士さん達はちょっと遠慮して頂けますか。手狭なもので」
「了解しました。私は外でお待ちします。ところでノエム殿」
「はい、なんでしょう」
「私が紹介するまでも無かったようですが、本当にお知り合いでしたか。方伯家と縁がある獣医だとかおっしゃっていましたが、まさか北方候の縁者とまで知己があるとは思いませんでした」
「えへへ、まあうさんくさい医者と思われても仕方ないですね。実のところちょっと援助して貰ってただけで大して方伯家とは縁がありませんでしたが、名前を出すと何かと便利なもので」
愛想笑いをして騎士は出て行った。
”レン。ドムンの叔父はあまり油断ならない人物のようね”
(どうして?)
”『うさんくさい』ものだと思われていたのはノエムではなく貴女よ”
随分な衣装と護衛を用意しつつも北方候の孫娘かどうかは疑われていた。
ノエムの発言で騎士はようやく信じたようだった。
◇◆◇
ノエムの診療所には人間ではなく獣人達が多くやってきていた。
小型の猫科の獣人達がノエムの手伝いをしており、器用にお茶まで入れていた。
「ぬるい」
ペレスヴェータは文句を言った。
「ま、そこは勘弁してあげてくださいよ」
火の扱いは得意ではないし、温度を確かめるのも彼らは好まなかったのでかなりどんぶり勘定だった。
「まさか獣人と共存しているとはね」
「付き合ってみるとそんなに悪い人達は多くありませんよ」
「貴女の故郷は灰燼に帰したというのに?」
「戦争ですからね。帝国を憎んでいた外国の軍隊が帝都に攻め込んだって結果は大して変わらないでしょう。個人としてはこの通り、無害です」
ノエムに喉を撫でられて獣人はごろごろとうなって膝に体を預けてご満悦な表情だった。
「外国の軍隊なら民間人、非戦闘員とは別かもしれないけど獣人は全員戦士でしょう?」
「人間だって皆、生きてる限りは戦士ですよ。これからの世界はより一層にそうならざるを得ないでしょう」
「ま、いいわ。別に議論したいわけでもないし。それで、どうやって貴女はこんなところで獣人や王の信頼を得たの?」
ノエムは態度の大きな娘だなーと思いつつも、特に気分を害さずに話し始めた。
「よくある話ですよ。医者ですからバントシェンナ男爵と獣人達の戦争の時、獣人達の治療もしただけ」
「今の王の父君の時の戦いの話?」
「そうです。男爵の部下に引き渡しを命じられましたけど拒否して叩き返しましてね。それから逃がしました。後でその礼にシェンスクにも家を貰いました」
「まだ獣人の支配が確定していなかった時にそこまでしたの?」
「ええ、私達は医療の神クレアスピオスに誓いました。いついかなる時も助けを求める者を拒まないと。患者の情報を誰にも明かさないと」
死者さえも蘇らせたことでクレアスピオスは主神モレスの怒りを買い、八つ裂きにされて地獄に封じられたが信徒はその加護が無くなってもクレアスピオスの誓いを守り続けている。
「その頑固さでよく今まで生きてこれたものだわ」
「ま、運が良かっただけですよ。ところで貴女はどういった目的でここへ?」
「あの騎士に貴女に会ってみて欲しいと言われただけ。それで貴女からみてここの現状はどうなの?」
「わたしから見て?わたしのように運よく問題なく暮らせている人間の感想は公平とはならないと思いますよ」
「色んな立場の人間の話を聞かないと状況は見えてこないわ。気にせず話してみなさい」
ペレスヴェータに促されてノエムは話しだす。
「たぶん生贄の事は聞いてると思いますけど、基本的に皆死刑囚です。わたしはそれでも反対ですが、種族的にどうしても好みの肉を食らいたい獣人がいる以上はどうにもなりませんね」
「つまり許すということ?意外ね」
「獣人達も人間がこれまで通り家畜を飼い、商品とし、食べる事を許していますよ。意外でしょう?」
「ふむ・・・」
ペレスヴェータの故郷では獣人達は自分達の近縁種の家畜をよく解放するために襲ってきていた。
特に帝国の騎士達は人馬族に執拗に付け狙われていた。
身体的に馬よりも遥かに貧弱な人間が上にまたがっているのが許せないらしい。
「確かに意外ね。会話が、融通が通じるような連中とは思えなかったけど」
「でしょう?ここを支配下に置いているのは獣人といっても半獣半人の集まりでしてね。複数の種族の寄合所帯ですから例外的に調整能力があるんですよ」
種族間の仲が悪く、交代制で襲って来たペレスヴェータの故郷とは状況が違う。
「貴女は獣人に、バントシェンナ王に従うべきだと思う?」
「私は医者ですよ。政治を聞かれても困ります」
「医者とか政治とかそういう話は別と考えて。一人の人間として、大きく変わってしまったこの状況でどうするべきだと思う?」
王による忠誠心を確かめるテストかもしれない。
ノエムにはレナートを信用する理由は何もないので当たり障りの無い事を答えるのが当然だった。
中々口を開かないノエムに対してペレスヴェータはさらに問う。
「もし許されるのならマルーン公側の土地で暮らす?」
「いいえ、それは無いですね」
「どうして?」
「話を聞く限りここの獣人達は立場が弱く、主要な部族が環状山脈を越えて制圧するのをめんどくさがった為に無理やり支配を命じられているだけであまりやる気はありません。でも状況が悪くなれば、帝都を落とした強力な頭目とか魔獣が出てきますよ」
三年間、蛮族が勢力を拡大していないと油断しきっているマルーン公側の諸侯はもしバントシェンナ王を追い詰める事が出来たとしてもその先は無い。
より残酷で交渉の余地がない凶悪な種族が出てくる前に支配されてしまった方が人々が生き残る道はある。ノエムの見立てはそうだった。
「自分達の生き死にを獣人に委ねてもいいの?」
「庶民にとって生き死にを委ねていた相手が貴族から獣人に変わるだけのことです」
「随分大きな違いだと思うわよ」
「いずれ慣れるでしょう。気まぐれな神々に従っていた時代は神の機嫌を損ねれば天変地異で何百万もの人が抹殺されていました。帝国貴族が支配する時代も外国では経済封鎖で何千万という死者が出ました。また時代が変わり、私達は新しい時代に適応する必要があるのだと思いますよ」
「新たな時代の支配者はこれまでと違って人間に哀れみなんか持たないと思うけど」
「シェンスクの獣人は残酷ですが、近くの獣人都市の市長は温厚です。獣人にも対立関係はあります。そこに食い込んで生存圏を確保するのが現実的かと」
◇◆◇
その後、ペレスヴェータはノエムからさらに色んな話を聞いた。
生肉を食らう事を好む獣人達は寄生虫に悩む者が多く、大量に駆虫薬が必要で搔き集めるのに苦労しており、栽培する為人員が必要だという。穏やかな獣人にも手伝って貰っているが、基本的に人間の方が作業に向いている。ノエムはそうした点からも共存していける道を模索していた。
「参考になったわ。ありがとう」
「ええ、レンさん。ひとつ私からも」
「なに?」
「昔、コニー様がおっしゃっていたんですが私達の知っているペレスヴェータさんは第二魔術の達人でマグナウラ院で唯一コニー様に匹敵する力を持っていたのだとか」
「そう」
「コニー様は秘術を駆使して人の精神、いわば魂を支配し、死者さえも操ってしまった事を後悔していました」
用は済んだとペレスヴェータは背を向けてドムン達に扉を開けさせる。
「貴女は本当にレンさんですか?後悔はありませんか?」
ペレスヴェータは無言で退室し、ドムンとスリクは顔を見合わせて見送った。




