第19話 バントシェンナ領へ
ドムンとスリクとレナートが三人とも旅に出てしまうので小さい子供達の見守り役が少なくなった。
「みんな大人しくしててね。マローダさんを困らせちゃ駄目だよ」
「はーい」「ほい」「あいよ」
「ペドロ。ボクらがいない間しっかりね。ラスピー、うちの妹虐めたら許さないからね」
山の中で拾われたラスピーも大分馴染んできて、活動が活発になりちょくちょくファノをからかって追っかけまわし、怒ったジーンに吠えられている場面が多々あった。
「あいよー。ねえ、お城に行ったらお土産に服を貰ってきてよ」
「遊びに行くんじゃないんだよ。それに服なら毛皮がたくさんあるでしょ」
「えー、暑いしなんか気持ち悪いし」
「といってもねえ。お金持ってないし」
「門番のアステリウスさんに頼んでみて。おっきくておっかないけど融通利かせてくれる人だから。王様にも会わしてくれると思うし」
「余裕があったらね」
サリバンを隊長としてエレンガッセン、ヴォーリャ、レナート、ドムン、スリク、ジェフリーが遠征に参加することになった。
旅立つ前にケイナンがドムンに訓示を与えた。
「自称『バントシェンナ王』が蛮族に与しているのは本当のようだが、だからといって批判するな。皇王が臣下を守れなかった以上、領主達が自分と領民が生き残る為に敵に媚びへつらうのは当然の事だ」
「そういうものでしょうか。皆で団結するべきじゃないんですか?」
ドムンとしては親戚の叔父が人類の裏切者になったというのが信じられず、問い質したいと思っていた。ケイナンはそれを察して警告を与えている。
「団結してどうにかなるならこうはなっていない。皇王陛下も皇帝もこんなちっぽけな領地の主よりも強力な戦力を抱えていたが滅ぼされたのだ。お前達はもう子供じゃない。現実を見据える事が出来なければ無駄死にするだけだ。誰かひとりでも迂闊な発言をすれば幼馴染を殺す事になる。それを肝に銘じろ」
「「はい」」
「スリク、お前には天空神アートマーの神器を与える。緊急事態が起きたらこの鷹を使って連絡を取れ」
「はい」
近くの山の洞窟に隠して神器に乗って彼らは環状山脈の森林内を通ってバントシェンナ領へと入っていった。
◇◆◇
「ほらほら、レン、ちょっとアレ見てみろよ」
ビサームチャリオットは木々の枝を軽快に走って進み、昼の休憩の時に望遠鏡で見慣れない動物をみた。手足が長く、舌をちょろちょろと蛇のように伸ばしている。
ヴォーリャがそれを指して望遠鏡を渡してきた。
「なに、あれ」
見たことが無い奇怪な生き物で魔獣かと思ったが魔力は感じられない。
どことなく間抜けな印象だった。
「あれはオオアリクイですね。帝国本土では動物園にしかいなかった生物です。蛮族に連れられて来たのかもしれません」
エレンガッセンが二人に説明してくれた。
「ナルガ以北にはあんな生き物住んでない筈だが、東方圏の奴かな」
「確かに寒い地方にはあまり住んでいないでしょう。蛮族は故郷を完全に捨てて全ての群れがやってきているのかもしれません。我々人間だけでなく生態系が激変しますね」
荒野、岩山に住むグワシは生態系の頂点にいるが、こんな森の中まではやって来ない。
「動きは遅いですが、腕力は強く爪は鋭く長いです。毒や我々には致命的な病気を持ち見た目と違って意外と危険な動物ですから注意して下さい」
山の中に獣人はいなかったが、平原の方には獣人の姿が見えた。
一度ビサームチャリオットを止めて、工事中らしき都市を望遠鏡で偵察した時にちらほらと見えた。
「羽の生えた女がいる・・・」
「ちょっと貸して・・・おっ、美人じゃん」
ドムンとスリクはでれでれと鼻を伸ばしている。レナートは少し不快気に二人に忠告した。
「スリクもドムンも気を付けてね。ヴォーリャさんから聞いた通り、見た目の麗しい獣人の女性ほど人間の男を誘い出しては食い殺すそうだから」
「お、おう」「ん、わかってる」
獣人達の多くは裸である。
オルスやヴァイスラ達からそう聞いていたのだが、ここの蛮族は申し訳程度だが衣服を身に着けている者が多い。
角が生えてたり、牙が鋭かったり、尻尾が何本も生えていたり、羽が生えていたりと異形だが中には逞しく、美しく、魅力を感じる者もいる。蝙蝠の羽が生えた美しい女性の獣人の場合、たいがいは精神操作系の魔術が得意で一人一人誘い出して憑りついては、殺していく。
「うーん、やっぱこの二人には難しい任務かな」
年頃の男がずっと禁欲を迫られていたので裸に近い獣人の女性は眼に毒な光景であった。
「大丈夫だって、心配すんな。獣人に欲情なんかしない。初めて見たからちょっと見つめてただけだ」
ドムンはそういって望遠鏡をレナートに押し付けた。
「スリクは?」
「俺はお前が一番だって」
「はいはい。ありがと」
レナートは笑ってスリクにキスをしそうになってから思いとどまり、少しずらして頬にした。
スリクは甘い息だけ感じて少し唇が泳ぎ、残念そうにする。
「ふふ」
「え、なに?」
「意外と紳士なんだね。男の子には欲情しない?獣人には欲情してたのに」
「馬鹿たれ」
拒絶されるどころか残念そうにさえされたのでレナートは少し嬉しくなって抱きついた。
スリクもすっかり慣れたようで嫌がったりはしない。
”ドムンが吃驚してるわよ”
「ドムンもする?」
「イヤだ。そういうのは好かない」
ぷいっとそっぽを向かれた。
”あら、残念。潔癖症みたいね”
(嫌われちゃったかな)
”相手にどう思われようと欲しいなら奪ってしまえばいいわ”
ドムンに邪険にされて哀しんでいるレナートをペレスヴェータが焚きつけた。
しかし今はそんなことをしている場合ではない。
「レン、じゃれるな」
ヴォーリャが怖い顔でレナートを叱った。
「はいはい、じゃ、行こっか。それにしても本当にここの蛮族は人間を積極的に襲わないみたいだね」
”妙ね・・・人と獣人が共存しているなんて”
蛮族と遭遇したら基本殺し合いになるのが常識だったペレスヴェータが内心首を傾げているのをレナートは感じた。
◇◆◇
彼らは二日ほどかけてバントシェンナ王がいるヴェニメロメス城の裏手までやってきた。
「やはり国の一番端にあるせいか見張りは少ないな。俺達はこの近くで待機しているから。連絡はスリクに渡した神器を使え」
神器の調査がいくつか終わり、古代の魔術師が使っていたような使い魔代わりになるものもあった。
古代神聖語で呼びかけると鷹になり、意のままに操る事が出来る。
目端の効くスリクに持たせるのがいいだろうと預けられた。
サリバンは最後に改めてドムンの意思を問うた。
「止めるなら止めたっていいんだぞ。蛮族の不可解な動向を確かめるのには叔父さんに会うのが確実とはいえ危険な任務だ」
「大丈夫ですよ。叔父さんは理知的な人だったし蛮族には強いられて服従してるだけですから」
「そうか。なら行ってこい。ヴォーリャ、後は任せたぞ」
「あいよ」
こうしてドムン達はヴェニメロメス城に近づいた。
ラスピーに聞いた通り門番のアステリウスという男を呼んでもらい、王の親戚だといって面会を頼んだところ一時間ほど待たされてあっさり許可が降りた。
基本的にずっとダークファンタジー、残酷描写多めなおはなしを書いていますが
昨今の世情もあり、今一つモチベーションがわかない今日この頃です。
しばらくのんびりするかもしれません。




