第16話 アニマ・アニムス②
レナートが倒れる少し前、退屈そうに稽古を観戦していたロスパーとヴェスパーは雑談をしていた。
「一応多数決は取ってるといっても代表者会議の女性なんてお婆ちゃんとマリアさん、エイラさんだけじゃない。6対3なんだから投票になったら勝ち目無いし」
「お姉ちゃんはまた遠征に人を出すの反対?」
「当たり前よ。神器が手に入ったから使ってみたいだけでしょ。玩具をもらった男の子と一緒」
ロスパー達の近くには遊び疲れて寝ている男の子たちがいる。
「もっと若者の意見を取り入れられるように代表者を増やすべきだわ。特に女性をね」
「でも若い女性で特に何か秀でてる人なんていないよね」
「ヴォーリャさんならどうかな」
「彼女はヴァイスラさんを差し置いて代表者になったりしないと思う。一族のお姫様みたいな立場だったみたいだし」
彼女達がそうした雑談をしていると犬が吠える声が聞こえ、ジーンが飛び込んで来た。
寝転がっていたラスピー達が慌てて飛び起き、なんだなんだと騒いでいたらいつの間にかレナートがドムンに抱きかかえられてしかもまた女の子に戻っていた。
◇◆◇
「あれ?」
レナートを抱きかかえたドムンは急に重くなり、支えている太ももにハリが出てきたのでなんだ?と思ってさすってみた。
「ひゃっ!こら、変な触り方しないでよ。もう降ろして!」
真っ赤な顔をしたレナートがドムンに降ろして貰い、皆でどうしたのかと訊ねた。
「ファノがお化けに追いかけられてるのが見えてつい気を取られちゃったんだよ」
「ファノ?ここには来てないぞ」
「おっかしいなー」
飛び込んで来たジーンを見てレナートは首を傾げている。
ジーンはロスパーとヴェスパーに連れられてレナート達の所に近づいてきた。
「ドムン君に抱かれた瞬間に女の子に戻っちゃうなんてやっぱり彼の事が好きなんですね」
「あら、違うわ。ロス。この前レナートとスリクが何度もキスしている所をみたもの。ドムンはいいお兄さんってだけよ」
「キスしても女の子に戻らなかったんなら意識してないって事だと思う」
姉妹は一拍置いてからレナートに問い詰めた。
「「どうなの?」」
「し、知らない!ボク、ファノ探してくるから!」
レナートはそう言って鉱山内に急いで戻ろうとする。
「ちょっと待て、服。服!」
体が変化した時、服のサイズがあわずにあちこちはち切れてしまっていたのでヴォーリャが上着をかけてやった。ジーンはレナートについて一緒に鉱山内に戻っていく。
◇◆◇
”ロスパー達ったらお互い牽制しあってるわね”
(どういうこと?)
”ロスパーはドムン狙いでヴェスパーはスリク狙いだってこと。だからレナートの事が邪魔なのよ。お目当てから遠ざけてレナートを押し付けたいのね”
(なるほど。女の子ってめんどくさいなあ)
”帝国人がめんどくさいだけよ”
レナートがぶつくさ言いながら自宅に戻ってみるとはたしてファノはそこにいた。
怖い夢を見たと泣いてヴァイスラに甘えている。
「どうしたの、レン?」
息を切らせてやってきたレナートにヴァイスラは目を丸くした。
「その格好、誰かに襲われたの?」
「あ、違う違う。訓練中に女の子に戻っちゃって服が破れただけ」
「じゃあ着替えてらっしゃい。服は縫っておいてあげるから」
「はーい。それにしてもファノはずっとそこにいた?」
「ええ、今日は私と一緒にいたけれど何かあった?」
「あれ、じゃあやっぱりボクが見たのは幻だったのかな」
レナートが首を傾げているのでヴァイスラは姉に直接訊ねた。
「どういうことかしら」
”お昼寝している時に幽体離脱してしまったんでしょうね。今日は貴女がいたからいいけど、気を付けないと肉体が奪われたら実質的には亡者になるわよ”
「そう。ジーンにはご褒美を上げないとね」
褒めて褒めて、という顔で見上げているジーンをヴァイスラは撫でてやった。
「それにしてもどうしてファノは最近ジーンを遠ざけるようになったのかしら」
「あー、ファノはジーンがしつこく匂いを嗅いでくるからイヤなんだよ。女の子だし」
ファノは自分はそんなに匂うのだろうかと気にしている事を戻ってきたレナートが説明してやった。
「そう。ファノ、ジーンにとっては挨拶みたいなものだからあんまり気にしちゃ駄目よ。ちゃんとお礼を言ってね」
「はーい」
◇◆◇
ファノが落ち着いた所でヴァイスラは姉にレナートがまた女の子になってしまった経緯を訊ねた。
「ファノに気を取られて訓練中に事故があったのよ。レナートがドムンに抱き上げられた時に目が覚めて目の前にドムンの顔があったから吃驚して女の子になっちゃったのね」
「吃驚しただけで切り替わるものかしら」
「大好きなお兄ちゃんの顔が目の前にあったから長年の恋心が刺激されちゃったのよ」
「ちょっとお!」
レナートが慌てて肉体の主導権を奪ってペレスヴェータの口を塞いだがもう遅かった。
”隠してもバレバレだったのよ?あの姉妹には特に”
(恋なんかじゃないもん!)
”みんなと気まずくなりたくないのね。いいじゃない、スリクも姉妹も男女関係なく全員手に入れちゃえば。人生が二倍楽しくなるわよ”
(ちょっと姉さん!うちの子の恋愛に口を挟まないで!やっぱり姉さんの悪影響だったのね!!)
二人の精神世界の会話にヴァイスラが口を挟んできた。
”おっとさすがに我が妹。じゃ、後は任せたわ”
妹に怒られたペレスヴェータは引っ込んでしまった。
「レナート。やっぱり遠征にドムン達と一緒に行くなんて駄目よ」
ヴォーリャも一緒とはいえ年頃の意識している男達の中に娘を同伴させるなど母は反対だった。しかしそういった束縛をレナートは嫌った。
「もーーーー!どうしてそうなるの!ボクは行くったら行くの!男に戻れば別にいいでしょ!」
レナートはダナランシュヴァラの祠に行き、掃除をしていたマローダ爺さんを押しのけて祈り、返事は無かったが再び男に戻る事が出来た。




