第14話 カウンセリング
三年間地下に潜伏していたカイラス族の人々の中には精神に異常をきたすものが増え始め、医師エイラの進言で日光浴の時間を増やしていた。望まない者でもこのままではよくないと無理に連れ出している。
そのおかげで人々は落ち着きを取り戻し、喧嘩などのトラブルも減った。
進言したエイラはもともと帝都のヘパティクブロス精神病院の医師だった。
オルスはそのエイラを信頼してレナートの定期的なカウンセリングを以前から依頼していた。
「まさか本当に男性だったとは思いませんでした」
これまでのカウンセリングでレナートから実は男だと言われても信じておらず、この子は手ごわいとみて慎重に接していたエイラだったが、自分の常識がぼろぼろと崩壊していくのを感じていた。心の中で常識を必死に再構築しながら彼女はレナートのカウンセリングを再開する。
「貴方が遠征隊に入る事に族長はいたく心配されております」
「父さんが止めてもボクも行くし。バントシェンナ王になったっていうニキアスさんに会った事があるのはボクとドムンだけだし。なんならマルーン公の都まで行ってきてもいいし」
「蛮族は思ったより勢力を伸ばしていないようですが危険ですよ」
「だからその『思ったより勢力を伸ばしていない』理由を調査に行くんでしょ。逃げ出して来たラスピーの話じゃ王様はもともと住んでいた都市を追い出されて山の中にお城を構えているみたいだし、発掘された神器でお城まで直接行けるから蛮族に襲われずに話し合える」
逃げ出してきた孤児の話では、ある程度蛮族とは住み分けし、どうしても人間の肉を食らいたい蛮族の為に、王は征服地の人間を奴隷、実質食料として差し出しているとのことだった。
「いざとなったらボクが連れてドムンと逃げるつもりだけど、落ち着いた感じの人だったし甥のドムンが相手なら酷い事はしないと思う」
当初はサリバンやエレンガッセンがバントシェンナ王にドムンを連れて面会を申し込む予定だったが、ドムンに相談されたレナートは子供だけで親戚の縁を利用して会った方がいいと提案した。
「大人が一緒では警戒されて逆に危険だというのは分かりますが、この『竜顕洞』の将来を君達だけに託すわけにはいきませんよ」
この提案を聞いた代表者会議の面々はやっぱり派遣は危険過ぎるから止めようかという議論も起きたが、調査団派遣予定の噂が広まってしまっており今さら中止は出来なかった。
「ごーり的に考えて面識があって親戚で、貴族にも慣れてて都市の事も知ってるボクがドムンについていくのが一番いいと思うの」
「君が遠征隊に参加したいのは幼馴染の姉妹と気まずくなってしまったからでしょう?私は誤魔化されませんよ」
エイラは厳しい目でレナートを見つめる。
「うう、ねえエイラ先生。お願い、ボクも一緒に行かせてよ。ここにいるの辛いんだもの。ヴェスパーには何か睨まれてる気がするし。ロスも素っ気ないし」
「姉妹を二人とも口説いたりするからですよ。とはいえ貴方の提案が合理的であることを認めないわけにはいきません。ヴォーリャさんが同伴するのなら私も会議で賛成しておきましょう。それでどうですか?」
「やった!お願いします!!」
エイラとレナートはそれで合意し、エイラは本来の業務に戻る。
「ひとつ約束してください。もし危険が降りかかった時に抵抗を諦めて死を選んだりしないと」
「ボクは父さんに武術習ってるし、精霊魔術も使えるし簡単に負けたりしないよ」
「でもドムン君にもスリク君にもまったく勝てなくなりましたよね」
「そりゃー向こうの方が年上だし。力も強いし」
「違います。貴方が勝負を諦めるのが早いからです」
医師のエイラに何がわかる、とレナートはむっとして口を開きかけたが、先んじてエイラが制す。
「と族長はおっしゃっていました」
「父さんが?」
「そうです。貴方の生い立ちからすれば無理もありませんが、何事も諦めが早すぎるのです。幼児だった貴方にはヴァイスラさんとの確執を解決出来ず問題から眼を逸らさざるを得なかったでしょうが、今はもう違う筈です」
エイラはレナートの精神面の弱さを指摘していた。
「そんなこといったってどうにもならないなら仕方ないじゃないですか」
「どうにもならないかどうかはやってみないとわかりませんよ。人間死ぬ気で頑張ってみれば意外と道が切り開けるものです」
「そうかなあ。ボクの兄妹は他に三人いた筈なのにみんなすぐに死んじゃった。頑張ろうとか考える事さえ出来ずに」
「気の毒ですが、貴方は考える力があるのですからもう少しよく考えて向き合ってみましょう。私が見た所、貴方はドムン君やスリク君よりも直感に頼り過ぎています」
「そう?ドムンやスリクの方がボクより物事考えてるっていうのはちょっと吃驚。どうしてそんなことが分かるの?」
「昔シャフナザロフという魔術師が収集した資料を見たことがあるのです。君はわずかに左目の動きが活発でやや瞳孔が広がりやすい。全員が全員当てはまるわけではありませんが、これまでの話からして間違いなさそうですね」
直感型の人間だというエイラの断言にレナートはどんどん不快さが増していった。
「お父さんとお母さんが先生と話せっていうからこうして時間割いてるけど、そういう風に型に当てはめたみたいに分析されるのってすっごーーーーーいムカつく!」
レナートは机の下で足をパタパタと振るう。
エイラはこれも彼、彼女の幼児性の現れだと心の中で分析した。生まれてからずっと母親に甘える事が出来ず、父親にも腫れもののように扱われ愛情に飢えている。
「済みません。私もまだまだ未熟でしたね。祖父のように自分の興味よりも患者の事を考えなければなりませんでした」
「ボクは患者じゃないし!」
体はどこも悪くないので病人扱いされるのが不快だった。
「ああ、またやってしまいました。本当に済みません。ですが、またお話しましょう。イヤでも、貴方は今後の事を考えなければならない年齢になったことですし。あまりご両親とも自分の不安を話せていないのでしょう?」
「今後って?」
「貴方が今後も男として生活するのか、それともまた女性に戻るのかは私には分かりませんが、そろそろ結婚を考えるお年頃でしょう?好きな人はいたりしませんか?」
エイラは話題を変えて少しばかり悪戯っぽく尋ねてみた。
「ないしょないしょ。エイラ先生でも教えてあげないもん」
レナートは顔を赤くしてそそくさと出て行った。
◇◆◇
カウンセリングには多種多様な人が来る。
故郷を焼かれ、家族を殺されたのはウカミ村の人々も避難民達も、新たに加わった近隣の住民も同じ。今も夢にうなされて誰かに弱音を吐きたくなるのだ。
ロスパー、ヴェスパー姉妹は二人とも同じ夢を見るという。
一度も見たことのない筈の大地峡帯に溶岩が溢れかえり、降魔荒野のクレーターに真っ赤な血のように赤い水が溜まり、そこには酸の河が流れ込んでいるのだとか。
見たことのない場所を夢に見てしまうのは、さんざん誰かに話をされたせいだろう。
ウカミ村最長老の家系で、ウカミ村の祭儀を取り仕切り、家業で占いをしている二人は想像力が豊かで影響されやすい。家系の特徴だというと二人とも安心して帰っていった。
神像彫刻家のボポイスは娘が幼い頃から暴力を振るっていた。医療の神クレアスピオスの誓いによりエイラはそれを他言できず苦しんでいる。いつかはオルスに話して裁きを下してもらわなければならないかもしれない。だが、あんな男でも地下で発見された神殿群や遺跡の碑文の解明の為、今は必要だ。
母親を殺されたスリクは蛮族よりも人間が、貴族が憎いと相談しに来る。
皆が報復よりも生存を重視して蛮族から逃げ隠れしているのが不満らしい。自分が異常なのだろうか、と疑問に思っていたが他にもそういう人がいると安心させてやろうとすると誰なのか教えて欲しいと問われてしまった。徒党を組んでここを出ていくかもしれない。
医療の神への誓いで教えてやることは出来ないし、族長にも伝えづらい。
もどかしい。
マローダ老人は自分も祈ればレナートのように若い娘になれるのだろうかと相談して来たが、エイラの知ったことではない。とりあえず祈ってみたらどうかと言ったらダナランシュヴァラ神殿の神官になってしまった。
皆はエイラに悩みを吐露しにくるが、エイラの悩みを聞いてくれるものはいない。
視力を失ったファノの所に診察に行くときだけがエイラの心が安らぐときだ。




