第13話 カイラス暦三年 行動方針検討会
子供らが遊んでいる間も大人達は今後の方針を再検討するのに忙しかった。
ヴィーガが連れて来た同胞がもたらした情報を共有する必要がある。
「当面遠征は中止、遠征班も一緒に監視業務に入って警戒を強めろ」
「わかった。すまないな、ヴィーガが面倒を起して」
「さすがにここまで連れてくるのは不味かったな」
親戚を助けたいと思うのは当然だが、それは皆も同じでずっと我慢してきたことだ。
「最近余裕が出来たからか規律の緩みが激しい。俺達は蛮族と積極的に戦う気はない。貴族ともだ。エレンガッセン、ジェフリーが好戦論を振り撒いているようだ。黙らせろ」
「分かりました」
エレンガッセンは言葉少なに頷いた。
正直彼も学者として開発した武器は使ってみたい、試してみたいという誘惑に駆られているがオルスの意思は固く異論は唱えられそうにもない。
「ケイナン、大分人口が増えてしまったが食糧供給に問題は無いか?」
「麦畑を拡大した方がいいだろうな。現状ではやはり三百人が限度だ」
「エイラ先生、皆の栄養状態は?」
「良好です。人口の件ですが、結婚が解禁されて子供が増えつつあり、孤児も拾った事で人口構成が偏り始めています。今の子供世代が出産適齢期になるとさらに増えるでしょう」
「また子作りを制限した方がいいだろうか」
「現実的に考えればそうすべきですが、反発は必死ですし人口比的に抑えられなくなりここを出ていこうとする者が現れて争いになると思います」
「確かに・・・」
オルスもいずれ老いる。
力づくで抑え込めなくなる日が来る。
若者達が自分達で未来を選択するのなら仕方ないが、現状で満足している者が巻き込まれるのは困る。
「その件に関わる事で私からもよろしいですか」
「もちろんどうぞシュロス殿」
「例の神器の件です。解析が終わりまして森の女神の乗り物でとりあえずビサームチャリオットと名付けられました」
ビサームチャリオットは二台あり、森林地帯であれば木々の間、木々の上を飛ぶように走る事が出来た。馬車の三倍の速度で十数名を運ぶことが出来る。
「そいつは凄いな」
「『森林地帯であれば』です。森から出ると石像に戻ります」
「じゃあ、カイラス山だけでしか使えないのか」
周辺が岩山ばかりだし、カイラス山ではそんなに急ぐ輸送力は必要ない。
オルスは少し落胆した。
が、エレンガッセンはここでは使えなくても別の場所で使えるだろうと提案した。
「しかし環状山脈ではそこそこ木々もあり、使えるでしょう。一つ提案ですが、この神器を使って外縁部を迂回しバントシェンナ領やダカリス領を偵察してみてはどうでしょうか」
「蛮族がいるんだぞ?」
「今回の件でやはり内陸を旅するのは危険だとわかりましたし、このまま人口が増え続けた場合を考えると、念のためもう一ヵ所隠れ家があった方がよくありませんか?」
「ふむ。確かに」
カイラス山の探索が終わり、生活も今の人口であればなんとかやっていける。
羊毛、毛皮が大量に手に入ったので糸、防寒具、服も作れる。余裕があるうちに別の隠れ家、村を作るのもいい。
「それで領主達を偵察ってのは?」
「この三年間平和でしたし、このまま続くのではと期待していましたがどうやら決戦の気運が高まっているようです。少しでも状況が知れれば若者達の不満もいくらか軽減されるでしょう」
新たな同胞からの情報で三年間の間にバントシェンナ男爵は王を名乗り一州を征服して、諸侯に降伏を呼びかけている。北部総督と南部総督も対抗するように王を称した。
東部総督の一族もそれぞれ自分が正当な後継者だと王を名乗った。
蛮族がバントシェンナ領から出てこないのをいい事に人間同士が争って戦国時代になっていた。
「唯一マルーン公とやらが二州を統治してバントシェンナ王に対峙しているようですね」
「たいしたもんだが俺達には関係ない」
「しかしドムン君の親戚なのでしょう?バントシェンナ王は」
「そうみたいだな」
蛮族たちはバントシェンナの領都を奪い取ってシェンスクと改名しバントシェンナ王に人類同士争わせて高みの見物をしている。
「征服地の人間を奴隷として差し出しているようですが、人類を殺し尽くすわけでもないようです。正直私も気になります。自分でどうなっているのか見に行きたい」
「気にはなるが、俺は藪蛇をつつかずに静かに暮らしていたい。皆は?」
オルスに賛同したのはエイラとレウケーだけだった。
マリアとシュロスは棄権。
エレンガッセン、ガンジーン、サリバン、ケイナンはせっかく神器が手に入ったのだからと利用して調査に行きたがった。エイラでさえ個人的にはオルスに賛同するが、若者達の間に分裂を招くことになると言った。
「仕方ない。確かに暇を持て余すと余計な事をしたがる奴もいるし蛮族の脅威を忘れちまった奴もいる。神器を使う事を許す。万が一の場合、ケイナンとエレンガッセンの両方を失うわけにはいかないから遠征隊に加わるなら一人ずつ交代で、だ」
「わかりました。それで構いません」
本や筆記用具が不足しているので学者が持つ知識が失われると、取り返しがつかない。
オルスは後日ドムンの意思を聞いてから、有志を募って遠征隊に加える事にした。
その有志の中にレナートもいた。




