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天に二日無し  作者: OWL
第一章 地に二王無し ~前編~
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第12話 進展

 世界の総量は決まっている。

何故なら世界は一体の巨人の体から始まったからだ。

それは質量だけでなく魂の総量、さらには運の総量などあらゆるものに及ぶ。


減る事も増える事も無い。

これが『世界』の定義である。


 ◇◆◇


 学者達は地下最深部の探索に専念したいのはやまやまだったが、若者への教育も重要ということでオルスはこれまで通り交代制で午前中は青空教室を開かせている。

幼児たちには長老がおとぎ話として世界の成り立ちを話し、少年、青年には学者達がもう少し専門的な教育を行っていた。


「第二帝国期までは商人というのは嫌われていました。金を稼ぐことを生きる目的としていたからです。世界の富の総量は決まっている為、商売人が稼げば稼ぐほど貧乏人が出るということになります」


今日はエレンガッセンの担当だった。

彼は哲学者、つまりあらゆる学問を修めている。


「我々、第四帝国期の代ではその概念は崩れ去り資本主義社会の世となっていました。才能ある者が稼ぎ、その富を分配すれば貧乏人はいなくなる。だからどんどん稼ぎましょうという時代でしたが、蛮族によりあっけなく崩壊しました。ここではもう貨幣を使わなくなったのでその時代に戻ったということになりますね」


ウカミ村の人間は貨幣には苦労させられた思い出しかないので、現状は受け入れやすかった。


「我々は運よく生き残る事が出来ましたが、運についても絶対量が決まっているがゆえに幸運な者、不運な者も出てきます。ここに辿りつけず不幸にも道中で亡くなった方々の分も我々は生きる努力をしなければ世界の釣り合いが取れません」


 長老の方は幼児たちに悪人は地獄に落ち、地獄の女神の釜で煮られる事になるとおどろおどろしい声で語っていた。ファノも神妙な顔で聞いている子供達に混じっているが、うたた寝していた。


「悪人は地獄で魂を濾過され、不幸にも早死にした人は天上界で輪廻転生の時を待ち、三界に流れるマナが巡り巡って再び溜まった時、地上に新たな生命として誕生すると言われています」


ここまでは前置きでそれからエレンガッセンは本題に入った。


「魔術を使うにはその地に満ちるマナが必要で消費された分が回復するまでに時間がかかります。ここには魔術が使える者も使えない者もいますが、蛮族も同様です。いつかまた蛮族と戦いになった場合の為に何が出来て何が出来ないのかを知っておくことは重要です。どんなに優れた魔術の使い手でも無から有を作り出す事は出来ません」

「先生ちょっといいですか」

「ええ、どうぞ。ペドロ」


エレンガッセンは話の腰を折られたが気を悪くした様子もなく質問を許した。


「総量は決まっているっていうけど木を燃やしたら灰になっちゃいますよね。明らかにちっちゃくなってますけど」

「基本的には水分が抜けただけですね。その抜けた分の質量になって見た目は縮んではいますが世界に変化はありません。水蒸気となって世界に還元されています」

「なるほど。つまらない質問ですみません」

「いえいえ素朴な質問ですが大変重大な疑問です。大半の物質は五大神の加護を受けており、木は火によって燃えて灰、つまり土となり水気と分離されます。創世神話にある通り太陽神と月の女神は五つの元素を世界の基本としました。ただ、世界樹は切り倒されてしまったので木気は風気として引き継がれています。この世界樹は三界を支えていると言われましたが、それでも世界が維持されている所を見ると本質は失われていないという神学者の説が正しいのでしょう」


ペドロはそこまで聞きたい訳ではなかったのだが、エレンガッセンは自分の喋りたい話を続けた。


「さて、魔術でも無から有を作り出す事は出来ませんが留意しておく事があります。火気を多くはらんだ物質を触媒として使う事により爆弾のような効果を生む事が出来ます」


第三世界では小さなものでも第二世界では巨大な力を秘めている。

化学によって作られる爆弾とは無関係なものだ。


「蛮族の中には魔術の得意な者もおり、使われると矢弾では倒せません。そして力尽きたように見えても頭が働く限り魔術は使えますので、油断は禁物です。土地で魔術を使い過ぎてマナが失われてもマリアさんが持つ魔石のように魔力を溜め込んだもので代用は可能です。サリバン達がこの三年間カイラス山から遠征しても一度も戦いを挑まず観察に終始していたのはマナを探る事が出来る者が同伴していない限り蛮族と戦うのは困難を極めるからです」


魔術が使えて前線でも戦える人間はヴォーリャとヴァイスラしかいなかった。

この三年間でようやく若い学者らも体力がついて、長旅にも耐えられるようになりウカミ村出身の狩人だけだった遠征隊の構成にも転機が近づいている。


エレンガッセンは最近の血気にはやりがちな若者を牽制しつつ、どうしても外に出たいのなら魔術も使えて戦士としても一流になる必要があるとほのめかした。


 ◇◆◇


 エレンガッセンの話を真面目に聞いている者もいれば適当に聞き流している者もいた。

貴族の家に生まれ、魔力に覚醒し、いつかは元の生活に戻りたい、蛮族を倒して追い出したいと思っている者もいればこの三年間の生活に適応して満足している者もいる。


エレンガッセンの話を聞き流しているレナートはそのどちらでもなく、単に先日の口論が原因で落ち込んでいるのだった。


(あーあ、ジーンはいいなあ。あんな風に身を寄せ合っても嫌がれないし)


ファノに最近自立心が出てきて、常にジーンが傍にいるのを嫌がる時もあり、そういう場合、ジーンは猟犬たちと共にいる。今は木陰で仲間達と昼寝をしていた。

性別とは無関係に動物達は身を寄せ合っている。


”人間、特に帝国人の場合は同性では抱き合えないものね”


(異性だってそうだよ。夫婦でもなきゃね)


”ただぬくもりを感じて安心したい時もあるでしょうに”


(あーあ、ジーンはいいなあ。ボクもどうせなら犬になれればいいのに)


そうすればこんなに人の中で寂しさを感じずに済むのに。

無意識の中でペレスヴェータに手を伸ばす。


(ヴェータに体があったらボクの事抱いてくれる?)


”ええ、もちろん。でも甘えたいならヴァイスラに抱きつけばいいのに。喜ぶわよ?”


(もう、そんな年じゃないし。ヴェスパーみたいに気持ち悪いって思われたら嫌だもん)


”仕方ないわ。昔、ヴォーリャにもいわれたでしょ”


(そうだね・・・さすがヴォーリャさんだ。こうなるって分かってたんだね)


他人に気持ち悪いと思われてもレナートが自身で望んだこと、恨んではいけない。

皆から少し離れた所でエレンガッセンの話も聞かずにしょぼくれているレナートの所にスリクが近づいてきた。


「なあ、もしかしてまだ昨日の事気にしてる?」

「え?スリクか。まあ、うん・・・」


スリクがレナートのすぐ傍に座り、顔を覗き込んだ。


「なに?」

「ごめんな。強引にキスとかしちゃって」

「あ、そのこと?そっちは気にしてないよ。ボクが言い出したことだし」

「じゃあどうしたんだ?」


ヴェスパーにずっと気持ち悪いと思われていたのがショックだったといったら慰めてくれるだろうか。ヴェスパーの事をかばうだろうか、それともレナートについてヴェスパーをなじるだろうか。ひょっとしたらヴェスパーを詰るかもしれないが、レナートはそんなことは望んでいない。返事に困ってしばらく黙ったままだった。


「ごめんね、スリク」


少ししてレナートは重い口を開く。


「なにが?」

「前に気持ち悪いとかいっちゃって。よくなかったよね」

「そんなこと言われたっけ?」


スリクの記憶には無かった。


「あれ?スリクじゃなくてお父さんにいったんだっけ。まあいいや。前にちょっとそんな風に思ってたりしたんだけど酷かったなって」

「別にいいけど、俺の知らないところで他の人に言ってたんだったらちょっと嫌だな」

「うん、ごめん」

「・・・ほんとに俺が昨日したこと気にしてない?」

「してないよ。でも意地張って無理しなくていいから」


そう言ってレナートは溜息をつき膝に顎を深く埋めた。


「あのさ。俺、確かに意地張ったけど、それはそんな風に寂しそうな顔をさせたくなかったから意地張ったんだぞ。さすがにずっと男のままだったら結婚というわけにはいかないけど、一緒に孤児達に荒野で生きる術を教えて暮らしたいと言ったのは本心だからな」

「・・・先生の話じゃないけどボクの見た目がどう変わってもボクはボクだよ。一緒にいてくれる人は全部受け止めてくれる人じゃないとやだ」

「俺はお前が生まれた時からずっと今まで一緒だったんだぞ。俺にはよく分からないことはたくさんあるけどちゃんと受け止められる」

「じゃあ、冷静になった今の状態で意地を張らずにもう一度キス出来る?」

「お、おお。出来るぞ。望むところだ」

「じゃあ、して」


スリクは少し躊躇ってから顎を掴み、浅く口づけをした。


「なんだよ。泣くなよ」


レナートの瞳から涙が一筋流れていた。


「知らないよ。そんなの。勝手に出ちゃうんだし」

「ほんとはイヤだったのか?」

「違うよ。ボクが望んだんだし」

「お前こそ意地張らなくていいんだぞ?」

「別に張って無いもん」

「ほんとか?」

「ほんとだよ。だから、もう一度して」


乞われるままスリクはもう一度、今度はもう少し深く口づけをした。


 ◇◆◇


 レナートとスリクが仲睦まじくしているのをヴァイスラは苦々しく見つめていた。

止めようとズカズカ近づこうとした際にヴォーリャに止められてしまったのだ。


「ひょっとしたらレンの生涯唯一の理解者になるかもしれないんだし、邪魔しちゃ悪いよ」

「・・・やっぱり姉さんの悪影響が出たんだわ」

「それもレンの一部さ。にしても人前でよくやるもんだ」


青空教室の少し離れた後方にいるので気が付く者は少ないが、エレンガッセンや数名は気が付いている。レナート達はしばらくしてから我に返ったようで二人とも赤くなっていた。


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2022/2/1
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