第6話 カイラス山地下大空洞③
レナートがダナランシュヴァラの祠に行ってみるとそれは皇都で見たものと同じように小さくこじんまりとしたものだった。少し違っているのは正面が少年の像で背面は少女の像になっていた。
近くで碑文の調査をしていた長老が祠に刻まれている文字を読んでレナートに教えてくれた。
「死と再生の神らしいのう」
「二面性を司る神なんだってね。都で見たのと違ってちゃんと服着てる」
”小さい時ははだかんぼだーとかいってたわね”
「古代帝国期のものは裸で新帝国期に作られたものは服を着てるってお姉ちゃん達が言ってたね」
「では、意外と新しいものなんじゃな。ここは」
「他に何かわかった事あります?」
「奥の大きな石像は地竜エラムとかいう名前じゃった。それでここを竜顕洞とか呼ぶらしいの」
「へー」
長老は他の学者に呼ばれて別の所に行き、レナートは一人でお参りをした。
◇◆◇
(ダナランシュヴァラ様、ダナランシュヴァラ様。ご無沙汰してすみません。勝手で済みませんが男に戻して貰えないでしょうか)
(えーどうして?可愛いのに)
(あれ?)
(どうかした?)
ダナランシュヴァラから明確な返答があってレナートは驚いていた。
そういえば、小さい時にも一度返事があったような気もする。
しかし、こんなに明瞭だっただろうか。
(どうするの?ボク忙しいからあんまり何度もお願い聞いてあげられないけど)
(あ、ごめんなさい。じゃあお願いします)
(じゃあ、いくよ~。成長期に何度も変わると体に負担がかかるからよく柔軟体操するんだよ?)
小さい時は変化に一晩かかったものだが、今回はすぐに切り替わってしまった。
(あれ、今回は早かったね?霊質が変わったのかな?)
ダナランシュヴァラも戸惑っている気配が伝わってくる。
(ちょっとダナ君。何してるの?早く次の書類持ってきて)
(あ、ごめんね。ボク、呼ばれてるからもう行くね。当分、あんまり相手してあげられないから今後は自分でやってね。じゃあね~)
ダナランシュヴァラの気配は去って行き、レナートが呼んでも再び答えてくれる事は無かった。
(何だったんだろ)
よっこらしょとレナートが立ち上がろうとした時、体格が変わり過ぎていたのでよろけてしまった。しばらく柔軟体操をしてようやく体が慣れた。
小柄だが、バランス感覚さえ取り戻せば女性の時よりは力が出そうだ。
(ねえ、ヴェータ。霊質ってなんのこと?)
”さあ、たぶん貴方の魔力が強くなりすぎて第二世界よりの体になったってことじゃないかしら”
ペレスヴェータはレナートと会話する時、生前の形態のイメージで話しているがその気になれば体の形状は好きなように変えることが出来る。今の彼女は現象界の存在ではないからだ。
”あまりいいことじゃないわ”
(そうなの?)
”貴方はオルスとヴァイスラの子。この世に生を受けた人間よ。グラキエースではないの。影響されすぎては駄目”
(どうして?)
”幽体離脱したまま肉体が衰弱死してしまう事もあり得るし、この世に関心がなくなってそのまま消えてしまうかもしれない。みんな悲しむと思うわ”
(そうだね。ボクは今の生活の方がいいし。ところで死と再生の二面性を持つっていうけど少年と少女のどっちがどっちかな?)
”少年が死で、少女の方が再生じゃないかしら。モレスとアナヴィスィーケみたいな関係ね”
太陽神モレスは創造神であり、月の女神アナヴィスィーケは霊魂と復活を司る。
この夫婦神はアナヴィスィーケの方が死に近い神だ。
”複数の神格を持つ神はいるけどダナランシュヴァラみたいに真逆の特性を持つ神は聞いた事がないわね”
(真逆なのかな?地獄に落とされた女神に唯一同情した優しい深い神様だっていうから死んだ人を哀れんで再び生きる力を与えるとかそういう神様なのかも)
”確かに逆ではなく連続しているともいえるかもね。私は死んだ人に拘るより輪廻転生させていく方が好きだけど”
(今度お話出来る機会があったら聞いてみようかな)
”忙しいとか言ってたわね。まあ神様がいちいち地上の人間の声を全員なんて聞いてられないでしょうけど”
(あー、あんまり呼び出しちゃ悪いよね)
天上界に去った神々も仕事に追われているとは興味深かったが興味本位で呼び出すのはさすがに申し訳ないのでレナートは祠にお礼だけ言って立ち去った。
その後、オルスの所に行こうとしたが通りすがる人みんなに、お前は誰だと言われて面倒になりまた女性体に戻れないか祈ってみたが駄目だった。
レナートだと言っても信じて貰えず侵入者か?と疑われて逃げるようにオルスの所に駆け込んで事情を説明した。
ダナランシュヴァラ神・・・由来はアルダナーリーシュヴァラ
最高神ブラフマーが三界を燃やし尽くすほどの怒りを感じた時に誕生した両性具有の神。
創造者となる為、分裂し、シヴァ神とパールバティ神となった(諸説あり)




