第12話 フォーン地方総督府にて
オルス達が暮らす国の東部をフォーン地方といい、そこには多くの州が所属していた。
地方全域を統括する総督をクールアッハ大公という。オルスは西部地域への通行証を得る為、このクールアッハ大公爵の都へ寄る事にしていた。
かつて同胞が地元の領主に攻められていた時、このクールアッハ大公とマルーン公が助け舟を出してくれた事もあり、村の長老達からも感謝の手紙を託されている。
大公本人には会えるとは思っていなかったが、総督府の知人に託すつもりだった。
荒野を抜け、主要な街道に出るともう雪も溶けてすんなりと進めるようになり馬や荷車の車輪の手入れも出来るようになって一日に進める速度が何倍にも増えた。
都会に近づくにつれて、服装が若干浮いてきた者がいる。
「あともう少しで春だな」
「お前、その恰好で皇都まで行くと少し浮くからここで着替えを買った方がいいぞ」
もともと遊牧民のオルスやレナートでさえ麻の服に毛皮の上着、マントを羽織っているが、ヴォーリャは下着もつけずに毛皮を縫い合わせた服だけを着ている。
首飾りには動物の骨や牙を連ねたものをつけており、現代人らしからぬ蛮族風のいでたちであった。
「ほっといてくれ。どうせ闘技場に行けばイロモノばかりで目立たなくなる」
「つーっても街に入る時、いろいろ質問されて面倒になるぞ」
「そういうのはオルスさんがなんとかしてくれ。アタイは違法行為してるわけじゃない」
ヴァイスラはオルスに合わせてくれているが、ヴォーリャはこの点頑固で自分の生まれの風習を変えようとはしなかった。
「仕方のない奴だ。変な目で見られても喧嘩するんじゃねーぞ」
「そういうのは慣れてる、だいたい一座の人らが一緒に居りゃ浮かないだろ」
「まー、そうかもしれんが」
「おや、お役に立てるようでなによりです」
道化のタッチストーンや他の曲芸師も目立つ格好をしているので、確かにヴォーリャだけが浮くわけでもない。役人も芸人一行と思って質問を省略するだろう。
◇◆◇
実際、大公の都でも入市に当たって地元人と芸人一行という説明を受けて質問は省略された。宿を取った後、皆が一休みしているうちに総督府の知人に会いに行くとちょうど運よくその人物がいた。その名を騎士アンクスといった。
義勇兵として蛮族戦線にいたころの知り合いである。
「おお、オルスか。よく来たな。とうとう仕官しに来てくれたのか」
「違うって。俺に宮仕えなんて無理だよ」
「はは、分かっているよ。だが我が君もお前の事を高く評価している」
「俺が脱走兵だとしりゃ、そんな評価覆るさ」
「奥さんらを助ける為だろ。軍人としては正しくないが騎士としては正しい行動だ」
「俺はただの田舎もんだ。やめてくれ」
軍令違反で死刑になってもおかしくないところを庇ってくれた友人とはいえ、過大評価されるのは嬉しくない。あまり持ち上げられて、もし大公本人から招聘されて断ったら、どんな目に遭わされるか恐ろしい。
オルスくらいの年齢になってから性分はそうそう変えられない。
叙勲を受けざるを得なくなってもどうせ他の騎士やら貴族やらと喧嘩して問題を起こす羽目になってそのうち命を狙われる。変に貴族に目をつけられたら家族も巻き添えになり、最後は破滅する。
そんな未来が簡単に予測できた。
オルスの懸念にアンクスも苦笑して頷いた。
「わかったわかった。で、今日はどうした」
オルスは長老達からの感謝の手紙を渡し、旅券の申請と帝都を脱出してきた旅の一座の正式な通行証の発行を依頼した。
「わかった。私から口利きをしておこう」
「いいのか?」
「ああ、彼らは直轄領市民権はあるし、ご婦人と従者も外国の貴族であれば問題ない。それにお前も道中一緒だったことだし。問題ある人物はいないのだろう?」
「ああ、ただの難民だ」
「帝都の騒動の件は聞いている。大公殿下も積極的に難民を受け入れるようおおせだ」
オルスは礼を言い、「ではまた明日」と別れようとしたがアンクスはせっかくだからこれから飲みに行こうと誘ってきた。
「悪いが子供も一緒なんだ。あまり目を離したくない」
「そうか。なら全員まとめて食事に誘おうじゃないか」
「それならいいが、どうかしたのか?」
「いやな、私もちょうど皇都に行かねばならん用事があってお前に同行しようと思う。それにあたってお前の連れがどういう人物か見ておきたい」
アンクスは酒の席で話すつもりだったが、まあいいかと話し始めた。
「実は我が君の令嬢が皇都の学院に入るのだ。私はその護衛を務めねばならん」
怪しい人間が一緒では困るので、人となりを見ておきたいということだ。
「ぐえっ、それはめんどくさいなあ」
「護衛は私と従者、姫君の小間使いが一人だけだ。大仰な一行ではないから心配するな」
「そんな少人数でいいのか?」
「辺境の荒野を旅するわけではないし、いかにも大貴族の姫君というような派手な格好もしない。私がお傍にいれば問題あるまい」
「ついでに、俺の手も借りたいと」
「私も時には休みが欲しいからな」
「まあ、いいさ。だが、姫さんには身分を隠して通行する以上俺もいちいち礼儀を払ったりはしないといっといてくれ」
「わかったわかった。だが、わざわざ喧嘩を売るような真似はしないでくれよ」
「わーってるよ」
◇◆◇
オルスとアンクスが宿に行くと、レナートが見知らぬ女性の膝の上で果物を切り分けて貰っていた。
「おい、レン。宿題はやったのか?うちの子がどうも済みません、お嬢さん」
ほら、降りろとオルスは促したのだが、女性はこのままでいいですよと微笑んだ。
「でもまだ風呂にも入っていないし」
「私もまだ旅装ですから。じゃ、一緒に入りましょうか。レンちゃん」
「はーい」
レナートは優しい女性に連れられて行ってしまった。
「しょうがねえ奴だな、もう」
「お前にあんな可愛らしい娘さんがいたとは驚きだな」
独身のアンクスは少しうらやましそうだった。
「あいつは男の子だよ」
「え?ほんとか?」
「なんだよ、意外か?」
「いや、お前なら息子を鍛えまくってそうに思えたから」
田舎育ちで家畜の世話の手伝いもするし、別に貧弱というわけではないのだがブラヴァッキー伯爵夫人に女装させられて以来ずっと女の子らしい振る舞いをしていたので戦士の子には見えなかった。
「まあ、世の中不穏な事件もあるみたいだが、俺が守ってやりゃいいだろ」
「ふーん。でもいいのか?女湯の方に行ってしまったぞ」
「あ!しまった」
女湯に踏み込むわけにもいかず、オルスはヴォーリャに見に行ってもらったが、レナートはまだ小さいので他の女性たちも気にせず一緒に湯につかっていたらしい。




