第3話 カイラス族
カイラス族は三年間の間平和な時代を過ごしていた。
地底湖では魚の養殖が順調に進み、食糧事情は改善され新たな子供の誕生も祝われるようになった。最深部まで掘削も完了し、上層部から最下層に至る道への昇降機、階段も作り移動も楽になった。学者達は地下で発見した美術品や神殿群の調査に興奮している。
人手も余った事で、現在は生活の質向上に重きがおかれている。
皆、新しい服を欲しがり遠征隊に廃村から服や糸車などを調達して貰っている。
染料も鉱物由来が主だったが植物学者のブヘルスのおかげで植物由来の染料も考案され色の幅が増えた。蛮族の接近も無く、オルスはカイラス山中の野外活動の制限も緩め、皆充実していた。
ある日、ヴァイスラはレナートにある頼み事をした。
「レン、悪いけれどサリバンさんの所に湿布を持って行ってあげてくれる?」
「あれ?サリバンさんはまた遠征に出たんじゃなかったの?」
「ぎっくり腰で出発出来なかったんですって」
「そうなんだ。じゃ、行ってくるね」
レナートはヴァイスラ特性の湿布を受け取り、坑道を進んでいった。
ところどころ太陽石のかけらと蓄光虫が点在して道を照らしているもののさすがに暗いがもう慣れた。その道中で少年に出会う。
「あ、レンさん。今、暇ある?乗馬教えてよ」
「やあペドロ。ボクはこれからサリバンさんの所に行くの。悪いけど乗馬はスリクとかに教えて貰って」
「ちぇっ、ざーんねん。じゃあ今度ね」
「うん」
ペドロと別れた後にまた声をかけて来た若者がいた。
「やあ、レン。ちょっと君に見せたいものがあるんだが」
「なあにジェフリー。ボク用事があるんだけど」
「すぐに済むよ。さあ」
そういってジェフリーはレナートの手を取り、別室に連れて行った。
そこでかなり厚みのある銃を取り、装填すると的のカカシに一撃を放った。
「ひゃっ」
その眩しい光にレナートは驚いて尻もちをついてしまう。
銃弾は特性で銃口から放たれた瞬間に大きく火を噴いて弾は広く散らばりカカシを穴だらけにし、さらに炎上させた。
「どうだい?」
「ど、どうって・・・」
ジェフリーは紳士的にレナートの手を取り、助け起こしながら得意げに特製銃弾の説明を始めた。
「銃弾に燃焼性の薬剤を封入してね。発射と同時に撒き散らすんだ。蛮族の動きがどんなに速くてもこの銃弾と同じ速度で広がる火からは逃げられない。一度着火してしまえば御覧の通り」
カカシには蛮族の毛皮が着せられており、燃えやすい毛皮はあっという間に火だるまになり黒こげになった。
「名付けて『竜の息吹』!君からもお父さんに言って採用を促してくれたまえ」
「あー、うん。言っておくけどボクに見せる必要あった?」
科学の事がよくわからないレナートからオルスに言っても「なんか凄かった!」くらいの感想を伝えるだけだ。エレンガッセンに見せた方がいいのでは?と思う。
「エレンガッセンは物資を使い過ぎるといって予算をまわしてくれないんだ。僕のような革新的な発明はなかなか理解されない。是非君に僕の才能とこの発明の重要性を説明したい」
ジェフリーはまだレナートの手を放さず、その甲をさするのでレナートは気味が悪くてぞくっと震えてしまった。
「あの僕忙しいんだけど」
「いくらでも待つさ。君の為なら」
「いや、だからなんでボク・・・?」
手を振り払ってレナートは部屋を出た。
しつこいジェフリーを追い払いながらサリバンの所に行こうとするが、次々と遭遇する人々に話しかけられてなかなか目的地につけずとうとう周りを囲まれてしまった。
「もーなんなのさ!」
「レナート君。これは重要な発見なんだ。帝国軍の広域魔術通信網に入る事が出来ればカイラス山にいながら情勢を知る事が出来るかもしれない」
学者達の中に貴族はいても魔術を専門に研究していたものは少なく、ウォーデン・ショアハムは珍しくカイラス山に来てから魔術の研究を始めていた。
「サリバン達が危険を犯して都市部に入り込まなくてもよくなるかもしれないんだ」
(へぇ、それはちょっと興味あるかも。ねえ、ヴェータ。ほんとに出来ると思う?・・・ヴェータ?)
ペレスヴェータの反応は遅く、すぐには呼びかけに答えなかった。
”・・・え、なに?”
(もう、寝てたの?)
”最近、なんだか意識が薄いのよね”
(へえ年かな?)
”失礼ね。精霊は老いないのよ”
ペレスヴェータが怒ると周囲の気温が下がる。
周囲にはぼーっとしていたレナートに必死に話しかけていたがろくに聞こえておらず、急激に下がった気温に震え始める。
「なんだそんなところで皆、何してる」
「あ、ドムン」
若者達に囲まれて困った顔をしていたレナートをドムンは強引に引きずりだした。
「おい、こらドムン。彼女は僕らと話していたんだぞ」
「レンをおふくろさんが探しているんだ。後にしろ」
ヴァイスラの名前を出すと皆、そそくさと退散した。彼女は娘に近づく虫に容赦がない。
薬草師なので怒らせるといざという時、命に関わる。
◇◆◇
「サリバンさんぎっくり腰だって?」
レナートはくすくす笑いながらサリバンを寝かせて背中を出し、湿布を張っていった。
「ああ、ちょっと焚火に薪をくべようと屈んだ時にな」
レナートは湿布を張り、ついでに水を汲んできて凍らせて桶に置いた。
「サリバンさん、風邪かな?熱もあるみたいだから暑かったら冷やしてね」
「おお、レナートは気が利くな。もういい相手はいるのか?いないならうちの息子はどうだ?」
「ボクそういうの全然考えてないから」
「でももう13だろう?」
「ロスパーなんて17だけどまだ結婚してないじゃない。気が早いよ」
(そもそもボクが男だったって忘れたのかなあ)
”オルスが実は女の子でしたって押し通したでしょ。口に出すと面倒な事になるから止めておきなさい”
(はーい)
”小さい頃みたいに変な子扱いされて寂しい思いはしたくないでしょ?”
(そうだね。でもボクにはドムンとスリクがいるし。今はお母さんもいるから平気)
”それでも余計な事はいわない方がいいわよ”
(うん)
「サリバンさんが動けないんじゃ遠征隊はどうするの?」
「今回はヴィーガに任せたよ。調査班に在籍させていたうちの息子も一緒に」
「あれ?じゃあ出発はしたんだ」
「ああ、物資は用意してたしな」
カイラス山から離れて各地を旅し、外界の情報や本、必要な物資を持ち帰ってくれる遠征隊を皆が待ち望んでいた。掘削の仕事も無くなり、山野にも慣れ、もと避難民からも参加したがる者も大勢いる。
「増員はどうするの?」
「駄目だな。数を増やしたら追跡されやすくなるしそのまま俺達から離れるかもしれない」
カイラス族の掟として一度仲間に加わったら離れる事は許されない。
監視所に見張りがいる上、ここから離れても外の世界は蛮族と戦争を続けている貴族達がいるだけだが、自由を求める声もあった。
三年前に断固たる態度で処刑を実行した為、脱走者はいないが貴族と共に蛮族と戦ってもいいのではという意見は今も議論されている。
「皆、蛮族がどれほど恐ろしいのか分かっていない。あるいは忘れてしまったんだ」
「学者さん達も何人か連れて行ったことあるでしょ?それでも?」
「エレンガッセンも説得してくれてはいるんだがな。蛮族があれから三年経ってもほとんど動かないとは思わなかった」
サリバンは環状山脈沿いに回り込んで侵入し何度かバントシェンナ王の領地を見て回った。
「何考えてるんだろうね」
「環状山脈を降りた先にある都市は壊滅していた。しかしこっちに来た蛮族にはそこまでの破壊衝動は無いようだ。それならこのまま各勢力が小競り合いをしている方がマシだろうな」
オルスも代表権を持つ者達も皆、どこの勢力にも与せずカイラス山で平穏に暮らす事を望んでいる。
「お前から見て若い連中はどうだ?」
「まあ、自由を求める声は強いね。最近も外部の人が入って来ちゃったし」
ガンジーン達はカイラス山周辺で偵察活動を行っている際に狼の群れに襲われて逃げる孤児らを発見し、仕方なく助けてカイラス族に迎えた。遠征隊以外は外部の者との接触は禁止されているがカイラス山に近づいてきた者についてはガンジーンの判断に任せられている。それでもガンジーンも女子供以外は基本、見捨てている。
「ジェフリーなんかはよく『我々だけこんなところで安穏と暮らしていていいのか。生き残っている人々と力を合わせるべきだ』とか言ってるよ。さっきも新兵器を作ったってボクに見せびらかしたりして」
「俺も若かったらジェフリーに賛同していたかもしれんなあ。しかし、やはり元避難民達でさえも蛮族の恐怖を忘れてしまったのか」
「やっぱ勝てないの?」
「ああ、バントシェンナ領で随分と繁殖してる。ひょっとしたら人類同士で争って疲れ切った時に一気に襲ってくるかもしれない」
「ボク達も内部で争ってる場合じゃないね」
「ああ、その通りだ。しかしどうしたら若者の不満を抑えられるかわからん」
サリバンは妻が死亡しており、腰が痛くて家の中でもろくに動けず、息子も遠征隊に出てしまってたった一人の状態の為、レナートはそのまま世間話をしたり食事の世話をして過ごした。
ファノやヴァイスラも心配してやってきてその日は穏やかに過ごしたが、孤独で弱気になっていたサリバンは甲斐甲斐しく世話を焼いてくれたレナートに感動し、に是非うちの嫁にとまたしても言い出した。
ヴァイスラは少し複雑そうな顔をしてやんわりと断った。
第一章はマルーン公、バントシェンナ王、カイラス族の三勢力の動きに主眼がおかれます。




