第11話 聖域
「おや、なんですかね。あれは」
ウカミ村を出立して数日、クレーターだらけの荒野にさしかかっていた。
ここは古代に隕石が多数飛来したとかで、クレーターが点在しいくつかは湖となっていた。
「ほー、こりゃまた想像を絶する光景ですなあ」
丘の上で休憩を取った時、眼下に広がる光景にキロが驚嘆する。
地元人のオルスが一座の人々に土地の説明をしてやった。
「昔、この土地はひとつの大きな山で世界の屋根と呼ばれていたとかいう話もある。しかし星の世界から石が降ってきて何もかも消し飛んだとか」
「石・・・ですか?」
「隕石とかいうそうだが、貴重な鉱物だとかバカでかい塩の塊だとかいろんなものが降ってきたそうな」
ウカミ村の祖先達も隕石由来と思われる鉱山や塩湖から資源を得てきた。
「その貴重な鉱物とやらを発見出来れば一攫千金になるかもしれませんねえ」
道化のタッチストーンがげへへ、といやらしい笑みを浮かべた。
「神話の時代の話だ。もうとっくに掘りつくされてるよ」
「こんなだだっぴろい荒野なのに隅々まで探索しつくしたんですか?」
「俺たちゃもともと遊牧民だぜ?」
自分らに知らないことは無いとオルスは断言した。
もっとも彼は小さいころに土地を離れてしまったが。
「実はどこかに隠し鉱山を持ってるとか」
「だったら俺らももうちっと裕福な生活を送れているだろうなあ。嫁さんも何人も子を失わずに済んだ」
「ああ、すみません。すみません」
ブラヴァッキー伯爵夫人がタッチストーンをこれっと叱り、彼は一同に白い目で見られて頭を下げて謝罪した。
◇◆◇
降魔荒野、月の砂漠などといわれている地域を抜け、ろくに整備はされていないがいちおう道があるところまでは到達したが、そこもまだ雪があった。
ここまでの道中も一座のロバが引く荷車はなんとかオルスの先導のおかげで問題なくやってこれたが、大分車輪が痛んでいる。
一座は途中で打ち捨てられた荷車もいくつか見てきた。
「もう少し行けば公都がある。そこらへんからはまともな道があるからもうしばらく辛抱してくれ」
「ええ、おかげさまでなんとかここまで来れました。・・・おや、あれは?」
キロが指さした方角には奇妙な人々がいた。
地べたの上を匍匐前進している十名ほどの人とその近くで佇む騎士だ。
「あー、ありゃ苦行僧だな。巡礼の道をああやって大地に感謝しながら進むんだ。まさか冬場にやってる奴がいるとはなあ・・・」
「あんなことやって大丈夫なんですかね?」
「いやあ、駄目らしいぞ。昔の聖人の真似をしているらしいが、死者多数で全行程を投身歩行するのは禁止されてるし、ああやって聖堂騎士が保護してないと野生動物に襲われる」
「ははぁ。あれが聖騎士」
白銀の鎧に剣を背負った年配の騎士は油断なく周囲を警戒し、こちらにも何を見てやがるんだという視線を向けていた。
「まあ、ほっとこう。うちらとは逆方向だ」
巡礼者、苦行僧は西から東へと進むが、彼らは東から西へと進んでいる。
苦悶に満ちた表情で行進する彼らを何故放っておくのか幼いレナートには理解出来ず、革袋の水を持ってとてとてと彼らの所に走り、飲ませてあげた。
厳しい顔つきだった聖騎士も顔を和ませて彼が近づくのを許した。
◇◆◇
「彼らはどこに行くんでしょうね」
キロは首を傾げた。
「降魔荒野にクレアスピオスの聖域があるからそこに行くんだろう。今時珍しいが」
「『クレアスピオスの聖域』ですか?」
「聞いた事無いかい?医療の神様の聖域で、そこの巫女は患者の症状に応じてクレアスピオスからお告げを聞いて治療方針を決めるんだ。うちの嫁さんには何の役にも立たない神様だったが」
「そりゃ今時珍しい」
「だろ。都会じゃありえないよな」
オルスは頭から馬鹿にしているが、オルスの妹、すなわちスリクの母はこの聖域でお祓いをして貰い、さらに外科手術で命を取り留めたことがあった。
「オルス、ヴァイスラさんには気の毒だがうちのはそれで助かったんだ。不敬は止めてくれ」
「ああ、済まないザルリク」
ザルリクがここまでついてきたのは聖域近くを荒らす獣を狩り生贄とする為だった。
治療費を免除された代わりにそういった奉仕をしている。
「ところでお告げというのはどういった形態で頂くのですか?昔のように禁止薬物でも使っていたりしませんか?」
ブラヴァッキー伯爵夫人が興味を持ってオルス達に尋ねた。
「夢の中で神が話しかけてくるそうですよ。さすがに禁止薬物は使ってない筈です」
「夢の中で?」
「ええ、何か?」
「失礼、少々信じ難かったもので・・・」
「というと?」
「何千年も聖域を維持しているのならわざわざお告げを貰わずとも十分な症状と施療の記録が残っているでしょうから」
夢のお告げというのは権威付けの為に自称しているのではないかと夫人は考えた。
彼女の考えにザルリクとスリクは不敬だ不敬だと二人して不快気にする。
キロは宥めるように冗談交じりの口調で口を挟んだ。
「権威付けなら、神が直接降臨されて指示を出した、といえばいいでしょうに」
「それは駄目ですよ。神々はもう地上には干渉しないと宣言して天上界に旅だった筈ですから」
「ああ、そうでした。そうでした。誓約を破ると神といえど呪いが降りかかるんでしたね」
敬虔なザルリクとキロの一座は話が合わなかったが、ザルリク達はこの先の温泉地で一泊してからすぐに別れたのでこれ以上こじれる事はなかった。
キロ・・・演劇、仕事の種として神話を利用するタイプ
ザルリク、スリク・・・本気で神々を信仰し、出所不明な逸話にも敬意を払う




