第44話 怯える子供達
鉱山内では過去に掘られた遺物と思われる太陽石のかけらが転がっていた。
太陽石は太陽の光に当てると熱を帯び、最終的には爆発する。その特性から爆弾とセットで使われて発破や兵器としても利用される。爆発しない程度に太陽光を当てれば松明代わりとすることも出来る為、鉱山内各所に配置された。
地下には深い縦穴があり、人々は梯子を作り、滑車を作り、さらに深部へと探索を進めた。
温泉も見つかり綺麗な湧き水も豊富だった。
蛮族の脅威も薄れ暮らしが充実してきた矢先に、子供達に蛮族の来襲が告げられた。
三十人ほどの大人が武装して外へ出ていき、他の大人達も女性や老人に至るまで先を鋭くした木製の槍を持たされている。音もたてず静かにじっと身を潜めているよう指示されたが、恐ろしくなって泣き出す子供も多い。
逃避行の最中に野原で蛮族に囲まれ、親達の多くは子供を庇って死んだ。
そのトラウマが蘇る。
時に廃屋の地下室に身を潜め、巨大な魔獣が通り過ぎるのを待った。
目の前で親が蛮族にバラバラにされ食われていくのを眺めていた子供もいる。
「スリクさん、こんなところじゃ逃げ場なんてないじゃない。どうするの?」
幼い弟を抱えたペドロが状況を尋ねた。
「普段は隠してる非常口がある。心配すんな」
「でも、そのあとは?」
「さあ」
「俺達は好きでこんな所に来たわけじゃないのに」
「自分で道を選べない子供は仕方ないさ。愚痴ってないで自分の出来る事をしろ。ファノを見習え、サンチョとほとんど変わらないんだぞ」
ただ泣いて暮らし、兄に頼り切っているサンチョと目を失っても逞しいファノを比較すると少し情けない。
「でもなんか泣いてるじゃん」
ファノはべそをかいてレナートにあやして貰っていた。
「あれは別の理由だ」
「?」
子供らがお互い励まし合っている所にドムンがいくつか武器を持ってきて配り始めた。
「スリク、レン、お前も」
「なに、これ?」
ドムンが運び込んで来た荷車には見慣れない武器が並んでいた。
形状としては見たことがあるが刃が違う。
竜の骨を利用した矢じり、竜骨槌、竜牙刀といった武器だった。
「ボクは槍とナイフでいい」
「そんなのでいいのか?」
「剣なんか振り上げてる間に喉を噛み破られてると思うよ」
身体能力が強化された魔導騎士ならともかく一般人ではまともな戦いにならない。
「昔、皇都の闘技場で見たけど大盾で隙間もないほどがっちり守らないと戦いにならないと思う」
レナートは一体の獣人が数十人の兵士をなぎ倒した場面を見た。
まともに戦えたのはオルスとヴォーリャだけ。
「おい、不安になるようなこというなよ」
「事実だよ。もし敵が来たら魔力の壁はボクが解除するからそしたら槍で突けばいい。大丈夫ボクがみんなを守るよ」
強度的には鋼鉄の武具の方があるのでレナートがいる限り竜の骨由来の武器は必要ない。
「ばっかいえ、お前に守られてたまるか!」
「そうだ。お前はファノの事だけ考えてろ」
ドムンも一緒になって怒った。
「でも現実的でしょ。二人とも男の誇りだとか年長者だからとかそういうの止めてよね。ボクは戦える」
「オルスさんは逃げろと言ってた。ここまで押し込まれるような事があればお互い相当な犠牲が出てる。敵はここを重要拠点とみなして見逃してくれなくなる」
「むー。ここから逃げてどこにいけばいいのさ」
「叔父さんの所は占領されちまったって話だしな。マルーン公に保護して貰えばいいんじゃないか?」
「戦死したって聞いたよ」
「公爵閣下本人じゃなくて知り合いの姫さんいたろ。前に会った」
「グランディお姉ちゃんには迷惑かけたくないなあ・・・」
領主達とも同胞とも別の道を行くと決めたのに、頼るのはちょっと違和感があった。
「嫌なら山の中で怯えて暮らすしかない」
別にそれでもいいかなあ、とレナートは思った。
グランディは優しい人だったが、あの都市の人々には好感を持てない。
しかしレナートが話を通してやらないとグランディも見知らぬ孤児たちを保護してはくれないだろう。
「ま、今日の所は大丈夫さ。オルスさんも楽勝だって言ってたし」
「だよね。お父さんめっちゃ強いし。昔もね、闘技場でお父さんだけが蛮族たちを蹴散らして戦ってたんだよ。蛮族たちも三十とかそのくらいでしょ。余裕余裕」
レナートは父がどんなに強くかっこよかったか、昔、皇都から戻ってきて以来ドムンもスリクも耳にタコが出来るほど聞かされた。
「レン、いつかは選ばなきゃいけない日が来るかもしれないわよ」
「ロスパー?」
「自分の事だけを考えて生きるか。皆と生きるのか、何のために力を尽くすのか」
「そうですよ」
「ヴェスパーまで・・・。何かの占い?」
「お婆ちゃんの受け売り」
ふふっとロスパーは悪戯っぽく笑う。
「オルスさんはみんなの為に族長の立場を引き受けた。でもレンはレンだからそれに習わなくてもいい。ドムンもね」
「俺はそういうわけにはいかない。オルスさんから皆の事頼まれてる」
「損な性分ね。でも立派だわ」
「むむ・・・」
ロスパーがドムンに接近することにレナートが妬いているのを察したスリクは焦りを感じた。
「レンの事は俺に任せてドムンは皆を頼む」
「ああ、分かってる」
「ボクはスリクに守られるほど弱くないもん」
空回りした挙句レナートの不快感も買ってしまいスリクはさらに焦った。
避難民と違ってウカミ村の子供達はレナート以外まだ獣人を見たことが無い。
だが、恐怖を感じていないわけではなかった。
時折、荒野で狼に囲まれて食い殺される人は出るし、油断すればグワシにも襲われる。
もともとある程度覚悟は決まった状態で日常を送ってきた。
「ファノはお化けの方がイヤだもんねー」
ぐしぐしと泣いているファノが頷いた。
「そんなの目の前で家族が生きたまま目の前で食べられるの見れば変わっちゃうさ」
「そうだよ。獣達の威嚇する声、骨をしゃぶってる音が忘れられない」
避難民の孤児たちはしゃがみこんで怯えている。
外から爆発音や銃声も響いてきた。
「近いな・・・接近されたのか」
通気口のパイプから入ってくる音に皆が耳を澄ませた。
「シュロスさんが鐘を三回鳴らしたら移動する。二回ならこのままだ」
ドムンは座り込んでいる子供達を立たせて、いつでもすう動けるよう指示を飛ばした。
「スリク、お前は先頭に立て。俺はしんがりを引き受ける」
「何処に行けばいいってんだよ」
「ひとまず元ウカミ村でいいだろ。その後はマルーン公の所なり、総督の所にでも行けばいい。俺達は何処でも生きられるがこの子らは違う」
「ま、しょうがないな」
ドムン達は最悪の事態を想定していたが、杞憂だった。
鐘は二回。三回目は鳴らず、皆に帰宅が指示された。




