第40話 スリクと女性陣
ファノは家にもおらず、子供部屋にもいなかった。
蛮族の気配が増えるに従って子供達は日中二か所の子供部屋で過ごすよう言い渡されており、どちらにもいないのは変だった。
道行く人に訊ねて回ると、ファノはジーンの散歩をしているらしく鉱山内をうろうろしているようだった。複雑な坑道をさんざん捜し歩いて数時間、ワンワンと吠える犬の声が聞こえてようやくスリクはファノを発見した。
「あれ、ロスパーとヴェスパーがファノの面倒見てくれてたのか」
ファノはさすがに一人でうろうろしているわけでもなく二人の女子が一緒だった。
「レンが一緒かと思ったのに」
「レンならお婆ちゃん達と瞑想部屋に籠ってるよ」
「瞑想部屋?何してるんだ、あいつ」
「精霊のお姉さんの意識を飛ばして蛮族を警戒してるんだってさ。その間、体が無防備になるからお婆ちゃん達に囲まれてるの」
「へぇ」
スリクには魔術的な事はわからないので適当に相槌を打った。
「で、ファノは何時間も散歩してるのか?さすがに疲れないか?」
「お姉ちゃん達に抱っこして貰ってるからだいじょうぶ」
「それにしたってこんなに長時間散歩しなくてもいいだろ」
外に出れなくても運動は推奨されていたが、幼児にしては運動しすぎだった。
「お散歩じゃなくてお仕事よ。ねー」
「ねー」
ファノとロスパー達は何やら通じ合ってるようだ。
「仕事?」
「悪霊払いのお仕事よ。ここはたくさんの霊がいるんだって」
「ああ、ロスパーんちはそういうのが仕事だっけ。でもなんでファノまで?」
「ファノは私達より悪い霊を見つけるのが上手なのよ」
「そうなのです」
普段は口数の少ないヴェスパーが頷いた。
レナートのおかげで目立たなかったが、この姉妹もかなりの不思議な雰囲気のある姉妹だった。
「占いだの悪霊払いだのなんて婆さん達の気休めかと思ってた」
「私達もそう思ってたんだけどね。この山に来てから悪寒が絶えなかったの。ケイナン先生が汚染されたマナの吹き溜まりを科学的に発見してくれて、私達が悪寒を感じる所と一致したの。それで正体がはっきりした。お婆ちゃんに相談したら払ってこいって言われてこうしてお仕事してるのよ」
「で、ファノはなんでまた」
「私達がお仕事で来た場所に三回連続ファノちゃんもいたの。詳しく聞いてみたらおっかないお化けがいるからジーンに追い払って貰ってるんだって」
「そうなのかファノ?」
「そうなの」
ファノは自慢げに頷いた。
姉妹も自分達より先回りしていたファノの方がアテになると思って連れ歩いていた。
「そういうのはペレスヴェータさんの方が得意分野かと思ったけど」
「ああ、あの人は駄目ね。どちらかというと悪霊よりの人だと思うから私達みたいにそういうのに警戒心持ってないみたい」
「やっぱあの人お化けの類がレンに憑りついてるのか」
オルスもヴォーリャもペレスヴェータは死んだものと思っていた。
自称精霊だが悪霊との違いが分からない。シュロスに聞いた所、精霊は神に近い存在だというが、神々のように神格は定まっておらず定義はかなり曖昧だ。
「あんまり失礼な事いっちゃ駄目よ。レンはあの人のおかげで生きてこれたみたいだし」
「どこで聞いてるかわかりませんよ」
「おっと、やべ」
スリクは周囲を見まわしたが、何も変化はない。
そもそも目で見える存在ではない。
「で、ファノはひとりで平気だったのか?」
「ひとりじゃないよ?」
ジーンが一緒だったのでファノにとってはひとりではない。
「あー、まあいいや。お前が悪霊をみつけてジーンに追い払うよう命じたのか?」
「ジーンとはいつも一緒」
幼児とどうやってうまく意思疎通をすればよいか、伝えたいことを伝えればいいかスリクは言葉に迷った。そこでロスパーが通訳を買って出る。
「えーとね、ファノちゃんはどうもジーンと感覚をかなり深く共有してるみたいなの。ほら、一緒に魔獣に取り込まれちゃったって話でしょ?」
「ああ」
「ジーンと一緒になってわんわん吠えててね。それで実際悪霊の気配が消えてマナの感応紙も薄れるんだけど、さすがに奇行が過ぎるから私達も一緒になって遊んでる風をよそわないとみんなに不審感買っちゃうのよ」
「そりゃ確かに二人が一緒にいないといろいろと不味いな。でも二人とも大変だろ。休憩したらどうだ?」
「あら、優しいわね。どういう魂胆?」
「勘ぐるなよ。従妹の面倒を見るのは当然だろ。オルスさんもヴァイスラさんも忙しいし」
オルスが忙しいのはもちろんだが、ヴァイスラも最近は春に咲いた花々から何か煎じている。もともと薬草師で北方圏から持ち込んだものを栽培していたが、カイラス山の周辺では気候が故郷に似ていたのでこれまで以上に収穫があったようだ。
「将を射んとすればなんとやらってわけね。まあベスにコナかけられるよりはいいけど」
スリクとヴェスパーは同い年なのでお似合いではあったが、遊牧民達は同グループ内では結婚しないという暗黙の掟があった。昔は二、三家族でグループを構成して移動していたのでその名残が定住しても残っていた。
同胞たちと袂を分かった事で身内で結婚しないといけない状態になったが、まだ日も浅くお互い意識しあうにはぎこちない。
「ぐっ・・・ロスだってドムンくらいしか相手いないだろ!のんびりしてると嫁き遅れになるぞ」
「まっ、失礼ね」「まっ」
ファノまで一緒になって腰に手をやって怒った。
「ちょっと年上だけどアルケロさんだっているし、私達女の子はよりどりみどりだもん。避難民の男の子達だっているし」
「そうですよね」「ねー」
ネリーが自殺してしまったので年頃の女性はマリア、ロスパー、ヴェスパー、レナートしかいない。スリクにはマリアは年上過ぎるし貴族なので対象外だった。残る候補は実に少ない。
「恋愛禁止令が出たろ!」
ロスパー達が他の男に気がある風だったので牽制する。
「そんなの十代の男女が守るわけないじゃない。スリクだってそうでしょ」
「そうだけどさ、一応建前的にな」
「男の子は女の子に声かけるのはいいけど、女の子は駄目だっていうの?嫌ね」
「ほんと」「嫌ね」
女性陣から総スカンを受けたスリクは謝罪するしかなかった。
「いや・・・その・・・すみません・・・・・・」
レナートにこのまま嫌われ続けた場合、スリクの相手はこの姉妹しかいなくなる。
帝国人は貴族も平民も貞操観念がかなり緩い。産めや増やせよ世に満ちよを地で行く大地母神達には貞操観念というものがまるでなかったので彼女達を守護神としている帝国では、他の地域に比べて人口も多い。
「二人ともまだそういうことしてないよね?」
「どうかしらね、スリクには教えてあげない」
「態度悪かったら改めますのでどうか許してください。一生孤独に暮らすなんて嫌です・・・」
あまりにも情けない顔をしてスリクが謝るのでロスパーも気分がよくなって許した。
「これ以降は私達の貞操だの、誰と付き合ってるかなんて気にするのは止める事ね」
「スリク君が他の人より魅力的な男性になってくれればいいだけです」
「はい・・・」
スリクはファノを姉妹に任せてすごすごと退散した。




