第39話 スリク
「神にはご計画がおありになるのだ」
母が病に倒れた時、クレアスピオスの聖域の神官たちはそういった。
母は困難な手術に耐え、病から回復したがフィメロス伯の襲撃で祖母ともども殺された。
病ではなく、領主の兵士に殺されるのが神の計画だったのか。
ならばその目的は何か。
ザルリクもスリクも当然、貴族を恨む。
こんな所に来ないで遊牧民の同志たちと独立闘争をすべきだったのではないかと思い始めていた。
しかし、春になって偵察に出たガンジーンとヴォーリャが蛮族の侵入を告げた。
バントシェンナ男爵領は既に征服されている。
この調子だと遊牧民の同胞たちも貴族もいっしょくたに蛮族に潰される。
「じゃあ、『神の計画』ってなんだったんでしょうね。シュロスさん」
スリクは正規の神官だったシュロスに尋ねた。
彼はかつて時の神ウィッデンプーセに仕え、聖堂騎士団に参加し、神殿の守護を受け持っていた。
「神々の深謀遠慮は我々にうかがい知れるものではないよ。スリク君。聖典は読み終わったかな?」
「はい」
村の長老達から伝承は聞いたことはあったものの神々について書籍で学んだことは無く、聖典を所持していたシュロスに借りて初めて一般的な知識を得た。
「聖典にある通り、多くの争いの果てにようやく原初の巨人ウートゥをもとにした世界は三つに分かれて安定した。一つ一つの出来事はより大きな物事への布石に過ぎない。神々でさえも大きな濁流の中にいる。未来の事を知れるのは我が神ウィッデンプーセと予言者アル・アクトールだけ」
「結局よくわからんってことですか?」
スリクは身もふたもない事を言った。
「アル・アクトールは言った。未来を変えようとしてはならぬ。予言を妨げようとしてはならぬ、と。『神の計画』を知ったとしてもそれに合わせる必要はなく、知る必要もない。君は内なる声に、良心に従って行動しなさい」
スリクは自分が正しいと思う事をやり抜くことが神の意思にも沿うと解釈した。
◇◆◇
カイラス族が団結して蛮族の迎撃準備を進める中、スリクもオルスに何か役に立ちたいと申し出た。
「ダメだ。気持ちは嬉しいが今回は少人数で動く。未熟な人間は外に出せない。お前も大分上達したが、まだ人間用の武術しか学んでないからな。狩人達の方が役に立つ。だいたいお前もまだ12だろ?早い早い」
「よその国じゃ12歳で大人扱いですよ。所帯だって持てるし」
「よそはよそ!お前に万が一のことがあったら妹にも申し訳が立たん。絶対にダメだ」
母が丈夫では無かったのでスリクは一人っ子だ。
死んでしまったら家が絶えてしまう。
「そんなら交際禁止令解いてくださいよ」
「そのうちな。誰かアテでもあるのか?」
「レンの奴を嫁に下さい。従妹だからダメですか?でも帝国法のしばりはもうないでしょ?」
「・・・お前本気だったのか。あいつはそんな気なさそうだぞ」
家庭内ではときどきスリクの意地悪っぷりについて愚痴を言っている。
「俺、嫌われてます?昔あいつやドムンを村の子供達の仲間に引き込んだのは俺なのに」
「お前は昔っからやり方が悪いんだよ。わざと相手を怒らせたり」
「無視されるよりはいいと思うんだけどなあ・・・」
「お前、ちょっと強くなったからってあの子を馬鹿にするような戦い方したろ?あれで完全に嫌われたぞ」
「ひでえ!あいつの為を思ってやったのに」
スリクは自分の底意地の悪さを自覚しないでもなかったが、それはそれとして理由あってのことだと言った。
「どういうことだ?」
「あいつは別に武術とか好きじゃないんですよ。お父さんにまで嫌われたくないから合わせてただけで。それでもサボりがちだったけど、ドムンに対抗してただけでしょ、今度はお父さん取られたくなくて」
「そうか?そう思うか?やっぱ俺は愛されてるんだなあ」
にやにやしているオルスをジト目でみつつスリクは言葉を続ける。
「手加減すると拗ねるし、本気でやって怪我させたくないし、相手にするの嫌なんですよ。オルスさんだってもうレンの事打ち据えたり出来ないでしょ?」
「だから自主的にやめるよう仕向けたってのか」
「そうですよ。俺に面倒ばっか押し付けるの止めてくださいよ!」
精霊が見えるとか言ってる変な子だったが、従弟だし、何かと可哀そうなので世話を焼いてきた。あまり手段は良くなかったが、いじられたり、ドムンも仲間に引き込んで喧嘩したりしているうちに関係も深まり、段々子供達のグループに馴染むようになった。
「悪かったよ。だけど嫌われたのはお前自身のせいだぞ」
「しょうがないでしょ!あんな美人になっちゃって、正面からまともに見れやしないし!からかいでもしなきゃやってられないよ!」
「わかった。わかった。俺から少し上手いこといっておいてやるよ」
本気で怒り始めたスリクをオルスはまあまあと宥めて落ち着かせた。
ずっと手間のかかる従弟だと思っていたのに、ある日急に女神を降臨させて自分より年上の女性の姿になって以来、容姿が多少戻っても同じように接することが出来なくなった。
従弟のレナートとは別物だと考えている。
「一目惚れなんです。嫁に下さい」
「それは駄目だ。体は成長しても心はまだ子供だからな。それに性自認が壊れちまってる。エイラ先生の話じゃ時間が必要だ」
「壊れてる?」
「五歳の時までは疑いようもないほど男の子だったからな。その時には性自認が確立してる年頃だって先生は言ってた。それがひっくり返っちまったんだ。つい最近さらにな」
十歳までは時々は男に戻れていたのにカイラス山に来て以来はずっと女の子のままだった。
「グラキエースって女神の影響ですか」
「そうなんだろうが、俺には神々の事はよくわからん。興味もない。書類を書く時くらいしか思い出す事も無かった」
領主から派遣される衛視代行の業務で記録を書いて送付する時にアウラとエミスに誓って偽りの無い報告である、とサインする。オルスにとって神とはそんな時くらいにしか用は無かった。
「とにかく時間が必要だ。あの子が女としてやっていくと決めたんならそれでもいい。婿を連れてこようが嫁さんを連れてこようが構わん。さすがに義姉さんの真似されたら困るが・・・。スリク、お前はあの子を守れ。周囲には、特に避難民の連中には見た目通りの年齢だと思われているし、いくら違うといっても見た目の印象は覆せない。うまくやってくれたら俺もあの子にお前の事を良く言っておいてやる」
「・・・結局また俺に面倒押し付けた」
オルスに厳しい指摘が飛ぶ。
意図的に丸め込もうとした訳ではなく、頼りになるのが甥っ子しかいなかった。
「そう言わずに頼むよ。俺も忙しくてほんとに手が回らないんだって。蛮族の脅威が落ち着くまでしばらく男女が一緒にいてもいいから固まって過ごすようにと通達を出す。そしたらお前はあの子の側にいてもいい」
「避けられてる状況じゃ嫌われるだけですよ」
「ファノをダシにうまくやれ。お前がどうしても嫌ってんならドムンに頼む」
「ちぇっ、しょうがないなあ。じゃあちゃんと俺の事伝えといてくださいよ」
「わかったわかった。お前に小さい頃からどれだけ世話になったかよく言い聞かせておく。じゃ、任せたぞ」
スリクはうまく丸め込まれた反面、気になる女の子にお近づきになるお許しを貰えた。
父親公認の下、近づく虫を追っ払う事が出来る。
ヴァイスラに怒られても、オルスの頼みなのでと言い訳もできる。
「ま、いっか。ファノは何処だろう」
レナートの好感度を買うには大事にしているファノの世話を焼くのが一番だ。
オルスの勧めに従い、スリクはファノを探しに出かけた。




