第10話 オルスと息子?
オルスとヴォーリャが、道中でレナートに武芸を教え始めたのだがレナートは毎日泣きべそをかいていた。決してサボったり、嫌がったりはしないのだがなんとなく向いていないような気がする。
「あんなに親父さんに反発していたあんたが結局親父さんと同じことをしてるってのは皮肉だな」
夜、焚火を囲んでいる時にヴォーリャがオルスにそう話しかけた。
レナートはブラヴァッキー伯爵夫人が気に入ったらしく、夜は天幕にもぐりこんで一緒に眠っている。
一座の者達もそれぞれ自分のテントで眠っており、オルス達はちびりちびりと温めた酒を飲んでいた。
「平和な時代が続くなら村で薬草師でも家畜の世話でもしてりゃ良かったがな。彼らの話の通りならこの先世の中何が起きるかわからん。自分で自分の身を守れる力を与えてやりたい」
「死者が蘇ったとか、怪物が現れたって話か?」
バカバカしいといった感じでヴォーリャは鼻をならし、酒を呷る。
「信じないのか?新聞にまでなってるのに」
「いや、信じるさ。故郷じゃ氷の塊みたいな巨人だってうろついてたからな」
「じゃあ、なんでだ」
「ここは帝国随一のド田舎だぞ?どんな怪物にだって生きる理由くらいあるだろうに、何が悲しくて途中で行き倒れそうな田舎に来なくちゃならないんだ。そんなこと気にするよりよっぽど水源の探し方だの、星の見方だのを教えた方が生き残れるだろうさ」
考えすぎだといわれるとまあ確かにその日の糧を得るのがやっとの地域で世界を脅かす怪物の動向なんか気にしても始まらない。
行商人が来てくれないと鉄の農具も買えないので、石だの動物の骨だのを利用しているような地域だ。
都市部では機械仕掛けの時計の小型化が進み、新聞は発行されてから数週間で世界中を駆け巡る。だというのに自分達は石器時代と現代の狭間に生きている。
「ま、そんな土地でも領主はいる。いつかまた襲ってくるかもしれない」
「・・・確かに。戦う力はあった方がいいかもしれないが、レンには向いてないかもしれないぞ」
「俺とヴァイスラの子だ。そんなわけはない。まだくじけてないんだから見込みはある」
小さいのに毎日あざだらけにされても、稽古には真面目に従っている。
自分は父親に反発してばかりの人生だった。
小さいころに喧嘩別れをして、大人になって戻ってきてもまた喧嘩して、別の道を行き、結局死なせてしまった。
遺体を発見できず、ちゃんと別れを告げることも出来なかった。
「ままならねえなあ・・・」
鬱屈した思いを抱えたまま、その日は毛布にくるまって眠りについた。
◇◆◇
翌日、まだつま先までじんじんと痛むような冷え込みの中で目を覚ましテントから外に出たら美少女が立っていた。
「ぱーぱ!おはよう!」
「え?」
ヴァイスラが幼かったらこんな感じだったろうなあという美少女だった。
寝ぼけているのだろうかとしばらくオルスは目をこすってマジマジと目の前の少女を見つめていたが、後ろに引かけているブラヴァッキー伯爵夫人がくすくすと微笑んでいるのを見て事情を察した。
「あっ、お前。レンか!夫人に髪型変えて貰ったんだな」
「えへ、ばれちゃった?今日はお稽古しないの?お休み?」
レナートは髪を綺麗に梳いてもらい、スカートを穿かされていた。それだけで女の子に見えてしまう。しかし、この年で女装させられて嫌がらないとは我が息子ながら無頓着にもほどがある。
「うはー、可愛いなあ。こりゃーヴァイスラさんの小さい頃を見ているようだ」
起きてきたヴォーリャもレナートを抱き上げてほおずりした。
「お、おい。ずるいぞ。俺だって娘を可愛がりたいのに」
「え?」
「ん?」
「やっぱりボクが女の子に生まれなかったから可愛がってくれないの?厳しくするの?」
悲し気にいうレナートにオルスは狼狽し、慌てふためいた。
「ふふ、御免なさい。余計な事だったかしら。まだ小さいのにあざだらけだったから可哀そうになって」
拗ねるレナートと困惑するオルスにブラヴァッキー伯爵夫人が口を挟んだ。
「ボクのこと嫌い?」
「そ、そんなことないぞ。俺はお前が世界で一番大事だ」
「ボクもパパがたーいすき」
「むむむ・・・」
オルスは厳しく躾けたのにそれでも「パパ」と呼んで慕ってくる女の子と見まごうばかりの我が子に胸が切なくなった。次の子は女の子がいいと思っていた。
でもそれは息子に対してかなり酷い考え方ではなかろうか。
やっぱりただの村人の息子に戦いの訓練など必要なくないだろうか。
「しょ、しょうがないなあ。今日はお休みにするか。たまには休みも必要だしな」
気が削がれてしまったオルスはこうして息子への当たりを弱め、息子はしてやったりと喜んでいた。
「やったね、ペレスヴェータ」




