第1話 故郷へ
七歳の時、万能感にあふれていた。自分は全能だとさえ思った。
五歳の時、早く大人になりたいと思っていた。大人になればなんでも出来ると。
三歳の時、父は山のようにどっしりとして頼もしく、母は雲海のように広く深い心を持っていると思っていた。
両親は神の如き知恵を持ち、偉大で、公正で、決して何者にも負けず、何事も間違うことは無いと思っていた。
──────全て、間違いだった──────
◇◆◇
オルスは中央大陸東部高原地帯に暮らす遊牧民の生まれだったが、若い頃に部族の暮らしに反発して都へ出ていった。夢見た都会生活は厳しいものだったが、遊牧民随一の戦士である父の厳しい稽古のおかげで剣闘士として有名になり、もてはやされるまま蛮族との戦いに義勇兵として身を投じ、そこで妻を得て凱旋し悠々自適の生活を送っていた。
しばらくして喧嘩別れした父や部族の同胞から戻ってくるよう頼まれた。
父ら遊牧民には領主から定住化し、税を収めるよう求められていたのだ。
「行かないと後悔することに」
手紙を暖炉に投げ捨てようとしたオルスを止めたのは妻のヴァイスラだった。
「読んだのか?」
今、開封したばかりなのに妻は内容を知っていた。
「ヴォーリャから聞いたの。テネスが行きたがっているって」
テネスはオルスの幼馴染であり、部族を出た時からずっと行動を共にし、自分と同じように蛮族との戦いの最中にヴォーリャという妻を得た。しかし、彼はその時の戦いで下半身が不具となり戦士としては終わったはずである。
「馬に乗れば弓くらい引けると言って聞かないそうよ」
「あの馬鹿・・・」
父と喧嘩別れしてしまったオルスと違いテネスにはそのしがらみは無い。
だが、戦うのは無理がある。しかし蛮族との戦いで彼に命を救われたヴォーリャは夫の分も戦う気であるようだ。
「あいつは死ぬ気だろうな」
戦傷者として年金を申請するも直轄領市民権が無いため拒否され続け、オルスや妻の助けで生活出来ている事に幼馴染が鬱屈しているのは見て取れた。
「ヴォーリャも」
ヴォーリャは蛮族に囚われていた所をオルスとテネスに救われて恩義を感じている。
「お前もか」
「ええ」
妻のヴァイスラは遥か北の国に住む蛮族との国境線に住む部族の長老の娘だった。
彼女の部族の女達が攫われ、オルス達は軍の命令を無視して救出し、凱旋した。
英雄的行為だが、重大な軍紀違反だった。
本来なら市民権を貰えた筈の所をそうして失った。
軍の命令は絶対であり、違反は許されない。
そして近隣で大きな戦いがあり、軍は大敗した。
オルス達の行動が敵の襲撃を招いたと批判された。
彼らは軍からの除隊処分を受けそれで済まされたが、本来は脱走の罪で処刑されるところだった。地元民を救出した功績を一応評価する者がおり、温情が施された。
ヴォーリャとヴァイスラはオルス達に借りがある。
そしてオルスもテネスに借りがある。
親子喧嘩に拘って妻や友人を死なせるわけにもいかない。
オルスは故郷を守る戦いに身を投じる決意を固めた。
2022/9/6 誤字修正