婚約破棄もの
「シェラ・マックス!私はお前との婚約を破棄し、このマリア・リーベル男爵令嬢と婚約する!」
貴族学院の卒業式、卒業生代表として壇上に上がった第三王子エラント・アリエンティー王子が、ありえないことを言い出した。
とは言え、私ことシェラ・マックスとしては黙っているわけにも行かず、
「無理です」
と、言うだけはしておく。
「何が無理だというのだ!お前はこのマリアを嫉妬からいじめ、それでも第三王子である私の寵愛が戻らないことを知ると、暗殺まで企んでいたことはわかっている」
「ですから無理ですし、そんな事はやっていません」
軽く周囲を見ると、先生方が壇上に向かおうとするのを、第三王子の側近たちが止めているのが見える。
「素直に罪を認めれば、お前だけに罪を留めることも出来たがもう我慢ならん!お前の家は取り潰し、お前も一生牢獄に入れてやる!」
「それも無理です」
なんかここまで酷いことになるなんて、もうはっきり言うしか無いかと覚悟を決めた。
「殿下。婚約していないのに婚約の破棄は出来ません」
「はぁ?何を言い出すかと思えばおかしなことを、5歳の時に婚約したではないか」
「私は王妃様がお決めになられました婚約者候補ではありますが、婚約は卒業後の話です。それと、殿下がそちらの方を婚約者にすると言うなら、私達は候補から外れたと認識いたします」
「私達?」
何故かぽかんと口を開けた間抜けな顔のまま、やっと言ったのはその事か。
「はい。私達です。候補は私を含め5人おりましたが、もう関係のない話ですね。話は終わりました。卒業生代表の言葉は終わりましたでしょうか?」
と言っている間にも、側近を振り切った先生方によって王子が連れ去られていく。
何かまだ「私は王子だぞ」とか「お前も罰してやる」とか言ってますが、もうどうでも良いことですね。
もしかしたらこんな事になるかもとは思いましたが、まさか本当になるなんて。
こんな事になった全ての元凶の第三王子と、転生者の男爵令嬢を見ながらため息が出る。
私が男爵令嬢が転生者だと知って居るのは、私も転生者だからなのだが、連れ去られる第三王子と側近・男爵令嬢を見ながら思い出す。
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貴族学院の三年時、私は突然転生前の記憶を思い出した。
この国アリエンティー国では、貴族の子供は特別な事情がない限り、15歳から18歳まで貴族学院に必ず通わなくてはならない。
私、シェラ・マックス公爵令嬢も15の時から通っている。
特に問題を起こすこと無く、後1年で卒業という時になって、転生前の記憶を思い出した訳だが、思い出した原因というのが、今年入学した男爵令嬢が私に、
「イベントが進まなくて困っているんだけど、ちゃんと悪役令嬢してよね!」
なんて言ってきたからだったりする。
男爵令嬢が特に面識もない公爵令嬢の私に、正式な紹介もないのに話しかけてきただけで問題なのだが、言ってきた言葉が酷すぎる。
あまりの事に咄嗟に反応できず、更に記憶が一気に襲ってきた為、何も出来ずに居ると
「何黙っているのよ!全く愚図なんだから!はぁ。まぁこれからは気をつけてよね」
と言うだけ言ってどこかに行ってしまった。
一応中庭のベンチに一人でいるところを狙ったようだが、周りには沢山の生徒がいるし、今の発言も声を抑えていたとは言え、聞こえて居た方が何人も居るらしい、心配してこちらを見ている方も居るが、頭の中が混乱しすぎて、私はそこで意識を手放した。
次に目を覚ました時目に入ったのは、自分の部屋の天井だった。
「知ってる天井だ・・・」
なんて呟いてしまってから気付いたが、ベッドの横にはメイドさんが居た。
「お嬢様お加減はいかがですか?今治療師を呼んでまいりますので、そのままお待ち下さい」
そう言うと滑るように部屋を出ていった。
その後治療師や両親が来たりと少し慌ただしかった。
メイドさん以外は部屋を出て、やっと落ち着けるようになったため、自分の状況を考え直してみることにした。
まず、男爵令嬢は間違いなく転生者であろう。
しかも、おそらく自分を乙女ゲームのヒロインだと考えているらしい。
私はあまりそういったゲームはしたことがないので、今の状況に合うゲームについての知識はない。
でも私に対して悪役令嬢と言ったからには、おそらく私に関係する誰かを狙っているのではないか?
そして、その誰かのルートには私という悪役令嬢が居るのだろう。
だが彼女は気付いてないのだろうか?
ここはおそらく乙女ゲームそのままの世界ではない、大抵の乙女ゲームに必須とも言える要素が、かなり抜けているからだ。
まず貴族学院だが、乙女ゲームの貴族学院なら必ずある校則がない。
それは過去に問題を起こしたものが居るからなのだが、要するに身分を捨てろ的なものがないのだ。
昔はあったのだが、盛大にやらかした生徒がおり、現在は身分をわきまえるように校則が変わっている。
なので、彼女の先程の行いは、普通に罪に問われるものだった。
一応学生であり学院内で起きた事のため、直接騎士団がやってきて拘束されたりはしないが、私が告発すれば男爵家自体が無くなるだろう。
まぁそこは公爵令嬢としての体面もあるので、いきなり告発するわけにも行かないのだが・・・
次に婚約関係だ。
この国では以前はまだ小さい頃から婚約したり、場合によっては生まれてすぐ婚約とかもあったが、現在、先程言った盛大なやらかしをした生徒の事もあり、正式な婚約発表は卒業後に行われることになっている。
当然婚約の予約の様な物も有るには有るが、基本認められていないし、後で約束していた等は通じない。
最後に身分を越えた結婚だ。
これも盛大にやらかした者が居たため、爵位の上下1つまでしか認められていないし、特別な事情があれば貴族院の審議の後国王陛下によって認められる。当然それを破ればお家の存続にも関わる。
なので、もし彼女がこの世界を乙女ゲームだと思っているなら、とても危険な状態だったりする。
ちなみに私が彼女を男爵令嬢と知っているのは、今年入った1年生の中に、恐ろしく危険な存在が居ると噂になっていたからだ。
その1年生は身分をわきまえず、3年生の第三王子に平然と近づき、最近は第三王子の側近にまで色々していると。
まぁ私としては、王妃様に勝手に決められた第三王子の婚約者候補に、なんの魅力も感じないため、第三王子が男爵令嬢とくっついてもどうでも良い。いやむしろそうなって欲しいとさえ思っている。
なので全く関わらない気でいたのだが、まさか向こうから来るなんて思わなかった。
念の為今のうちに手を打って置く必要が出たため、婚約者候補仲間の四人に連絡を取り、間違っても悪役令嬢にされないようにしていたのだが…
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あれから一ヶ月。
私は不名誉な第三王子の婚約者候補から外れ、婚約者候補になる前から付き合いのあった、ホーミンガム侯爵の長男、ロイド・ホーミンガム様と晴れて婚約することが出来た。
他の婚約者候補の四人も、王妃様によって婚約者候補になる前から付き合いのあった方々と婚約し、なんとか普通の幸せな結婚生活が迎えられそうだ。
ちなみに第三王子と男爵令嬢・側近は、突然の病を得て亡くなったそうだ。
おそらくワインでも飲まされたのだろう…
それと王妃様はこの件の責任問題でかなり肩身が狭いことになっているらしい。
元々隣国の王女で、この国の王妃様を押しのけて嫁いできた人だから、問題だらけだったし、今では元々の王妃様が正妻に返り咲いている。
元の世界のゲームとこちらの世界とを一緒に考えず、ちゃんと違いに気づいていれば普通に暮らせたのにね。
まぁ私にはもうどうでも良いことです。