その4
僕と一葉がこういう関係になったのは、ひと月ほど前からのことだった。
理由を強いて挙げるとすれば、それはきっと傷の舐め合いだったんだろう。
きっかけはそう。
まだ本格的な夏の暑さが訪れる少し前。
じめじめとした梅雨の湿った空気に鬱陶しさを感じながら、部活を終えて家に帰ろうとしていた時のことだ。
少し暗くなり始めた校門前で、一葉が待ち構えていた。
「ねぇ春斗。アンタ最近双葉のことを避けてない?」
いつものからかいも挨拶もなく、いきなりそんなことを聞いてくるあたり、今の彼女が不機嫌なことが伝わって来る。
その答えを返したくなくて、僕は目をそらした。
「…どうしたの、一葉。こんな時間になんでここにいるのさ」
「春斗に聞きたいことがあったからよ。はぐらかすようなことはいいから、早く質問に答えて。双葉、最近家で目に見えて落ち込んでいるのよ」
どうやら一葉は明確な強い意志を持ってここにいるらしい。
一葉にとって、双葉は双子の妹だ。
普段あまり学校で会話している姿は見ないけど、ふたりの姉妹仲が悪いわけじゃないことは、これまで相談に乗ってもらったり橋渡しをしてもらった経験からわかってる。
その妹が気落ちしているなら、助けになってあげたいと考えるのはなにもおかしな話じゃない。
なにより、その原因がハッキリしているなら、そりゃ聞き出しにもくるだろう。
「それは…」
「それは?」
電話なりアプリなりで聞くことだってできたはずなのに、こうして直接確かめにきたのは、彼女なりの覚悟あってのものだろう。
これではきっと、はぐらかすのは無理だ。
だけど…
「…言いたくない」
「はぁ?」
「言いたくないって言ったんだよ」
そうだ。言いたくない。
いや、どう言えというんだろう。
双葉に劣等感を持ってしまい、一緒にいることに苦痛すら覚え始めた自分がいることを、他人に打ち明ける勇気なんて僕にはなかった。
「それで納得しろとでも?」
「できないのはわかってる。でも言いたくない」
「…なにそれ。ふざけてんの?」
一葉の口調がどんどん険悪なものへと変わっていく。
どうやらかなり苛立っているらしい。
それはそうだ。不貞腐れた子供の言い分そのままで、なんの答えにもなっていないのはわかってる。
「ふざけてなんてない。ただ言いたくないんだよ」
「それをふざけてるっていうのよ!?」
容量の得ない押し問答に、とうとう一葉もキレたようだ。
思い切り怒鳴られた。初めて見る幼馴染の本気の怒り。
だけど、僕の頭はどこか妙に冷静で、今が人のいない放課後で良かったなんて、他人事のように思ってしまう。
「…ごめん」
思えば僕はこの時にはもう壊れていたのかもしれない。
うつむきながら吐き出した謝りの言葉だって、形だけのもので、我ながらまるで心がこもっていなかった。
「……なんでよ」
だけど、顔をあげ飛び込んできた光景に僕の心は揺さぶられることになる。
「なんで、そんな事を言うのよ…アンタたち、上手くいってたんじゃないの…?」
つぅっと一筋の涙が、一葉の頬を伝っていたんだ。
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