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その2

「今日はありがとうね、ハルくん。映画に誘ってくれて嬉しかったよ」


 迎えた休みの日。

 それまで今か今かと待っていたはずの時間は、当日になるとあっという間に過ぎ去っていた。


「いや、僕の方こそ。来てくれて本当に嬉しかった。今日は楽しかったよ」


「そう?それなら良かった…」


 時間ももう夕方で、辺りはすっかり薄暗い。

 時折近くの海から聞こえてくる波の音が、冬の寒さも運んでくる。

 吹き抜ける浜風の冷たさに、双葉は少し寒そうにマフラーへと顔をうずめると、その細い身体を縮こまらせた。


「うん…」


 その仕草を可愛いと思ってしまう。

 彼女とは逆に、僕の頬に熱が篭り、それを隠すために僕もマフラーで口元を覆い被せた。


「ハルくんも寒いの?」


「え、いや…」


 そういうわけじゃないんだけど、ほんとのことは話せない。

 双葉に見とれてしまったのを隠すためですなんて、言えるはずないじゃないか。


「そろそろ家に戻ろっか。このままだと、風邪ひいちゃうかもだもんね」


 なにも言えずにいる僕に、双葉が笑いかけてくる。

 どうやら勘違いされてしまったようで、お開きのムードがこの場に漂い始めていた。


「それじゃあ、また明日学校でね」


 そう言って、歩き出そうとする双葉。

 いつもの僕だったらこのままなにも言い出せないまま、彼女の背中を見送っていたことだろう。


「待って双葉!」


 だけど、今日は違う。

 僕は声を張り上げると、双葉の手を取り、彼女の足を強引に止めていた。


「どうしたの、ハルくん。急に手を握ったりして…」


「聞いて欲しいことがあるんだ」


 びっくりしたように、双葉は目を丸くしている。

 その顔も可愛いなんて、一瞬思ってしまったのは、惚れた弱みというやつだろうか。


「え、なにを…」


「僕は双葉が好きなんだ。ずっと好きだった。どうか、僕と付き合って欲しい」


 告白の言葉は、思っていたよりスルリと言えた。

 絶対噛んだり、言いよどむと思っていただけに、なんだか少し呆気ない。

 こんな簡単に言えるなら、もっと早く告白すれば良かったなんて、終わったあとだから言えるような感想まで浮かんでくるくらい、妙に頭の中だけは冷静だった。


「…………!」


 僕の告白を受け、双葉の瞳が徐々に大きく見開かれていく。

 僕に告白されるだなんて思ってなくてショックだったのか、それとも…

 悪い方向へと思考の針が振れかけた、その時だった。


「ほんとに…?」


「え…」


「ほんとに、私と付き合ってくれるの…?」


 不安げに瞳を揺らし、双葉は僕に聞いてくる。

 その質問の意味がわからないなら、最初から告白なんてしていない。

 一も二もなく頷くと、双葉はゆっくりと目を細めると、透明な涙が一筋、彼女の白い頬を伝っていった。




 その日から、僕と双葉は付き合い始めることになる。

 もちろん学校でも話題になったし、多くの人に羨ましがられた。

 露骨な嫉妬の視線を何度も浴びることになり、気が滅入ったこともある。


「大丈夫、ハルくん?」


 そのたびに双葉は僕を気遣ってくれた。

 優しい言葉をかけてくれて、時折慰めもしてくれた。


「うん、大丈夫だよ」


「そっか。ふふっ、なら今度は私のことを構ってくれると嬉しいなぁ」


 そうして僕の胸に飛び込むと、甘えるように頭をグリグリと押し付けてくる双葉。

 気がきくけど、意外と甘えん坊なところがあることを、付き合ってから初めて知った。


「あはは。まぁこれも役得ってやつじゃないの?ラブラブだねぇ」


 そこにたまに一葉も加わり、僕らの仲を茶化されることもあった。

 告白が成功し、付き合い始めることになったことは、もちろん一葉に最初に報告していた。

「よかったじゃん。おめでとう」と笑顔で祝福してくれた時のことを、今でもハッキリと覚えている。

 ……その時に見せた少し寂しそうな横顔が、ひどく印象的だったから。



 なにはともあれ、幼馴染から恋人へと関係が移り変わったのだけど、幸せな日々が続いていた。

 双葉といるだけで楽しかったし、双葉と話すと胸の奥が高鳴った。

 これが好きってことなんだと思い、恋をすることは素晴らしいことなんだって、思わず叫びたくなるほど充実した毎日だったと思う。




 だけど、誰かが言っていた。

 幸せとは、長くは続かないものなのだと。



 ほんの少しのきっかけで、人の心は簡単に変わってしまうものなのだということを、僕は身を持って知ることになる。



 僕らが付き合って三ヶ月。

 三年生に上がって迎えた初めての春。


 何の変哲もない日になるはずだったその日のことを、僕はきっと一生忘れることはないだろう。


「ねぇねぇハルくん。これ見てよ!」


 そう言って、一冊の雑誌を手渡してくる双葉。

 それを見て、僕は驚愕することになる。

 ファッション雑誌だろうか。その表紙の一面に僕の彼女―双葉の笑みが映し出されていたのだ。


「どう?ハルくん。彼女が表紙になった感想は?」


 目を見開いて驚く僕に、まるでイタズラが成功した子供のように嬉しそうに笑いかけてくる双葉。

 その笑顔は、雑誌の表情そのままで、これまで見た中で一番綺麗なものだった。

多分あと2話くらい

続きは夜に投稿します

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[一言] >「どう?ハルくん。彼女が表紙になった感想は?」目を見開いて驚く僕に、まるでイタズラが成功した子供のように嬉しそうに笑いかけてくる双葉。その笑顔は、雑誌の表情そのままで、これまで見た中で一番…
2021/07/04 17:51 退会済み
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