その1
自分より優れた能力を持った人間に、嫉妬の感情を抱いたことがない人はいるんだろうか。
人間は自分と他人を比較しまう生き物だと、どこかで聞いたことがある。
意識してないつもりでも、心のどこかで比べてしまい、勝っているなら優越感を、負けているなら劣等感を抱くもの。
そんな自分を醜いと思うか、あるいはそんなものだと気にせず生きていくのか。
人によって違うと思うけど、ひとつ言えるのは、それが人間の持って生まれたどうしようもない性だと言う事だ。
だけど、もし嫉妬をしたことがない人間がいるのだとすれば。
その人は聖人のような性格か、もしくは誰かと比較されたこともない、優れた力を持って生まれた、天才といえる能力の持ち主かのどちらだろう。
そんな人なら、他人に嫉妬することなんてあるはずがないんだから。
僕は知っている。
全てに恵まれ、誰からも愛される人間が、この世にいるのだということを。
そしてそんな人間に好きになってもらえた幸運な人間がいることも、僕は誰よりもよく知っているんだ。
―――そしてそのことが重荷だと思ってしまうどうしようもない人間がいることも、僕は誰よりもよく知っていた。
式守双葉は、僕の住む地域では昔から有名人だった。
外国の血が混じっているらしく、透き通るような銀の髪を揺らして歩く姿は、すれ違う誰もが振り向くほどであり、日本人離れした白い肌と藍色の瞳も相まって、容姿端麗と言う言葉では収まらないほど。
そんな絶世の美少女であるだけでなく、誰にでも分け隔てなくなく接する天使のような性格を持ち、コミュ力だって抜群。
さらにはスポーツ万能成績優秀という、フィクションの世界から飛び出してきたかのような完璧さだ。
天は二物を与えずというけど、神様に愛されて生まれてきたとしか思えないほど、式守双葉という少女は、およそ人が羨む全てを持ってそこにいた。
そんな彼女は、当然ながら大いにモテた。
同級生に下級生、上級生の先輩は言うに及ばず、他校の生徒から大学生。
果てはどこぞのお金持ちから同性の女の子まで、老若男女問わず告白されたことがあるらしい。
そんな噂が中学の頃は流れており、実際それが真実なのではないかと思えるほど、当時から彼女は多くの人に囲まれていた。
僕、坂上春斗はというと、そんな彼女を遠巻きから見守る、クラスメイトのひとりだった。
一応サッカー部にこそ入っていたものの、中学の頃から万年補欠。
成績も可もなく不可もなくで、三年に進級しての大学受験ももとりあえず家から通える範囲のところを受けてみようか程度にしか、今は将来のことを考えることもできていない。
取り柄があるとすれば、こうして自分のことをある程度客観視して見れることくらいだろうか。
こんな性格だから自分にだって自信が持てず、彼女を取り巻く輪の中にも入れずにいる。
今もクラスメイトに囲まれて楽しそうに笑う双葉のことを、ただぼんやりと見つめていた。
「なにしてるの?」
そんな時、視界にぴょこりと映る影。
突然のことに一瞬面食らうも、次に視界に飛び込んできたものを見て、僕はすぐに納得する。
「ああ、一葉か。いきなり驚かせないでよ。ちょっとびっくりしたじゃないか」
「あはは。ごめんごめん。ちょっとトイレ行ってたもんで。後ろから声かけたのは悪かったよ」
謝りながらも、彼女―式守一葉は、銀の髪を揺らしながら、どこか楽しそうに笑っていた。
「ほんとに悪いと思ってるの…?まぁいいけどさ。怒ってないし」
「うん、じゃあ春斗が納得してくれたところでもう一度聞くけど、なにしてるの?暇してた?」
…うん、反省はしてないなこれは。完全にスルーされた感がある。
「あのね…まぁいいや。ちょっと双葉のことを見ていただけだよ」
「ああ、あの子ね。相変わらず人気者だよねぇ、お姉ちゃんとしては鼻が高いよ」
誇らしげに頷くと、一葉は双葉のほうに目を向けた。
僕も釣られるようにそちらを見ると、僕らの視線に気付いたのか、双葉が軽く手を振ってくる。
「…………!」
その顔には薄い笑みが乗せられていて、思わずドキリとしてしまうが、同時に四方八方から敵意にも似た視線が向けられてくるのを感じ、すぐに肩身が狭くなる。
「アハハ。みんなこっち見てるねぇ。ま、あの子にあんなことさせる罪作りな男だから当然か」
「…楽しそうだね、一葉。見られてるのは一葉もなのに」
「だって私は双葉の姉だし?別に手を振られたくらいでどうもこうもないでしょ。非難されるのは春斗だけー。残念でした♪」
からかってくる一葉に皮肉で返すも、あっさりと流された。
いや、むしろ調子に乗らせてしまったかもしれない。
双葉と同じ顔で愉快げに笑われるのは、なんとも複雑だった。
「…もういいよ、早く自分の席に戻りなよ。そろそろ先生来ちゃうだろうし」
「あ、拗ねちゃった?」
「うるさい」
「ごめんってば。別にからかうつもりじゃなかったし」
一葉は謝ってくるけど、もういいから早くあっちに行って欲しい。
このやりとりを双葉に見られていると思うと気が気がじゃないんだ。
事実、視界の隅で口に手を当て、どこか楽しそうに笑う双葉が僕には見えている。
正直すごく恥ずかしくて、内心穴があったら入りたいくらいだ。
「わかったってば。ほら、もういいって。あっちにいってよ」
いくら双葉と双子で、僕の幼馴染でもあるからと言っても、限度というものがある。
人並みには寛容であるつもりだけど、今は時と場合が非常に悪い。
「そんな冷たい態度取らないでよ。幼馴染じゃん」
「幼馴染だから冷たくするんだよ。一葉は双葉と違って、すぐ調子に乗るんだから」
僕がそう言うと、一瞬一葉の表情が曇った気がした。
(しまった)
やってしまった。これはタブーだったのに。
つい双葉と比較してしまったことに気付き、すぐに訂正しようとしたのだが、
「…そんなこと言っていいのかにゃー。この一葉ちゃんが、春斗くんにいい話を持ってきてあげようとしてたっていうのに」
一葉はニンマリとした、いかにも意地の悪い表情を浮かべていた。
まるでさっき見せた辛い表情を、覆い隠すかのように。
「…なに?いい話って」
僕はその話に乗ることにした。
きっと謝られるのが嫌なんだろうということは、察しがついてしまったから。
「あのね、双葉、今観たい映画があるんだってさ。それも誰かさんと一緒に、だって」
「…………!」
「チャンス、だよ。頑張ってみたら?」
最後に軽く耳元で囁くと、今度こそ一葉は去っていく。
ちょうどそのタイミングでチャイムの音が教室に響くも、僕も耳には届かない。
その時、机の下で小さくガッツポーズを取る自分がいたのだから。
昔から、僕は双葉のことが好きだった。
理由は覚えていないけど、優しく微笑んでくれる彼女に、僕はずっと惹かれていた。
身の丈に合わない恋だということはわかっていたけど、それでも諦めることができなかったんだ。
叶わないとわかっていても、好きという気持ちを切り捨てることはできなかった。
そんな僕の気持ちを昔から一葉は察してくれて、影で色々サポートしてくれていた。
三人で一緒に遊びに行ったり勉強会を開いたりと、事あるごとに僕と双葉に接点を持たせようとしてくれたことには、ずっと感謝している。
よく相談にも乗ってくれて、教室でも家でも、一番会話をするのは一葉だった。
お互いに軽口だって叩ける仲だし、異性ではあるけれど、一番の親友と言えるだろう。
一葉の手助けの甲斐もあって、他のライバルより双葉との距離は近づけていると思っていたけど…
(一葉がああいうってことは、期待してもいいんだよね)
家に帰り、僕はスマホを見つめながら、ゴクリと唾を飲み込んだ。
今画面に表示されているのは、双葉とのチャットルームだ。
ここに一言、「映画に一緒に行かない?」と打ち込めば、デートに誘うことができる。
一葉の言葉の言葉を信じるなら、双葉は僕を…
ゴクリ
また唾を飲み込む。
だけど途中で喉に引っかかるような、粘ついた感触が残った。
冬だっていうのに、口の中がすっかりカラカラになっているらしい。
心臓もバクバクと、うるさいくらい音を立てていて、緊張しているのが自分でもよくわかった。
「ふ、ぅ…」
落ち着くために二度三度。深呼吸を繰り返す。
「よし、と…」
そうして落ち着いたタイミングで、僕は素早く文字をタップした。
―――今度の休み、ふたりで映画を観に行かない?
その結果出来上がったのは、ただシンプルに直球な、飾りのない誘い文句。
我ながら語彙力の欠片もないけど、下手に遠回しな言い方をして気づいてもらえないほうがダメージが大きいと判断してのこのメッセージだ。
震える指先で送信ボタンを押すと、打ったばかりの文字列が画面に浮かびあがったのも束の間、
「…………!」
あっという間に既読がついた。
双葉に読まれたんだと気付き、僕の頭は真っ白になる。
「こ、心の準備が…」
まだできてないのに。そう思った次の瞬間。
ピコン
音がなり、画面に僕が打ち込んだ以外の文章が表示された。
途端、吸い込まれるように見つめるも、そこにあったのは―――
―――いいよ。行こう
双葉からのOKの返事だった。
修羅場メインの新しい話をちょこっと書こうかなと
分割投稿なので、多分すぐに終わります
早々かければ今日中には終わるかな…
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