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(8)魔法少女の舞台裏



「ねぇ、悪魔を封印するって、具体的にどうすればいいの?」

 セシルが連続ドラマを見終わったので、梅桃はずっと気になっていたことを聞いてみた。

 いわゆる恋愛もので、態度も口調も荒っぽいセシルが、あんなに真剣に作り物の恋を見ているなんてちょっと意外だった。

 もっとも、かったるいだの、それはねぇだろだの、ひとしきり突っ込んではいたが。

 ちなみにそれよりも意外だったのは、彼女が夕食を食べたことである。天使にご飯が必要なのかは分からないが、食べたいと言うので昨日の残りの肉じゃがを出したところ、うまいうまいとお代りまでされた。

 綾とも姉とも違うその反応に、梅桃は目を丸くしてしばらく食べるのを忘れていたぐらいだ。


「あー、そうだなぁ。ま、要するにあんたは片割れなんだよ」

 勧めた椅子に座りながら、セシルは答えた。

「片割れ?」

「そう、あんた自身に悪魔を封じ込める力は一応あるんだけど、それってすっごい疲れるからさ。ほんとのほんとに最後に取っとくってわけ」

「……二人一組ってこと?」

「そうそ。あんたは、悪魔を見つけて正体晒すだけ。悪魔を封じ込めるのは別の奴に任せりゃいい」


 さっきと言っていることが違う気がするが、もう気にしたら負けだろう。


 現にセシルは、まるで何かのついでの話のように、梅桃が差し出したゼリーのカップを開けるのに夢中だ。なんとなく、彼女の髪に合わせて赤いイチゴ味を渡していた。功樹の母が数日前にくれた有名店のゼリーで、拒んだが無理矢理渡されてしまったのだ。


「その人はどこにいるの?」

「さぁなぁ……」

「へ!?」

「悪いけど、探してもらわなきゃ、なんね……」

 何気なくセシルが真っ赤なゼリーの載ったスプーンを咥えたまま固まった。


「え、ちょ、どうし――」

「な、なんだよこれ、何て食べものだ。なぁ!」

「ま、マーラの、ゼリー、だけど」

 詰め寄られ、梅桃はとぎれとぎれに答える。


「うっめーーーーーーっ」

 そこらはもう猛然とゼリーに向かい始めるセシル。


「よ、よかったらこっちもどうぞ」

 梅桃が蜜柑味を差し出すが、聞いていないようだ。


「なんだよ、ゼリーってもっとぶりんぶりんじゃねぇのかよ。なんだよこのやらかさ! なんだよとけるみたいなこの感じ!」

「そんなに気に入ったんだね……」

 梅桃の呆れ声も、多分聞こえていない。

 この天使は食い意地が張っている。そんな結論が、梅桃の中にすとんと落ちた。


 *****     *****


 真っ黒な風が屋根の上を駆け抜けていく。

 比喩ではなく、本当に全身真っ黒な少女が風のような速さで走っているので残像が黒いのだ。


 彼女の肌で出ているのは顔だけ。首も、腕もスカートから伸びる足も、その全てが黒一色で覆われていた。ハイネックで袖が七分丈の服と、それを長袖に見せるほどの手袋と、強そうなデニールのタイツ、そして飾りのないブーツ。


 服の詳細は分からない。見えているのは、皺ひとつない黒い服が腰から延びているラインと、それにつながるひだのない膝を囲うようなスカートだけで、円錐を半分切り取ったような形の、切れ目の入ったケープを着ていた。


 機能性最重視のこの服は、暖かさも冷たさも感じないくらい体感温度を一定に保ち、さらに破れにくいという優れものらしい。


 そんな容姿の中で色と呼べるのは、瞳の緑と、ほんのり色づいた唇と、もともと長いだろう髪を左右でおだんごにまとめている紅い珠の髪留めだけ。日本人らしさと言えば、黒髪だけだった。


 けれどそれより目立つのは、ケープの上に垂れ下がった銀の鎖の先だろう。こぶし大ほどの透き通った貝の造形を施された石が、月灯りの中で絶えず虹色の光を放ちつつ、煌めいている。重力を無視したものなのか、こんなに走っているのに、激しく動く様子はない。


 少女は忙しなく周囲を見回しながら駆けていく。


 一応、これが彼女の全容だ。

 一般人の目から見れば。


「そりゃ、あたしだってパパっとわかればいいとは思ってるけどさぁ」

 当の彼女には、横を飛ぶ天使がしきりに言い訳する仕草と声が聞こえていた。


「つまり……ぜんっぜん分かってないってことでしょ」

 普通なら相当な風の抵抗を受けているはずだが、少女はもろともせずに横を睨む。実際感じていないのだ。


「だーかーらぁ、言ってるだろ最初だけだって、いい加減期限なおしてくれよ、ゆす、あ、じゃなくて、リアぁ…」

 少女の隣を滑るように飛んでいくセシルは、バツが悪そうな顔で訴え続けている。


 そう、彼女は、梅桃の記憶と思考を持つ、見た目だけが梅桃ではない少女、リア。

 こう名乗ることにしたのは、決して彼女の趣味ではない。この姿に変わった後もなお、セシルが、本名でいいだろうと言いだしたからだ。


 すぐに特定されるのでやめてくれという必死の訴えを受け入れたセシルが、いくつか候補を出した中から、現在の大天使、フィリアの名前を借りたのだった。


『なぁ、やっぱフィリアはやめといた方がいいんじゃねぇの?』

『どうして、素敵じゃない』

『いや、ほんとに偉大な方だから……さぁ』

『偉大なら、その人の力を借りられるかもしれないじゃない?』

『そうじゃなくって……はぁ、もういいよ。あんたにとってはそれで』


 セシルが諦めたように呟いた言葉は耳にしばらく残ったが、その後でこの服に着替えさせられて、些細なこととして今はもう記憶の端っこに残っているぐらいだった。


 ところで、セシルがゼリーを食べてから、梅桃がリアになって活動を始めるまで、たっぷり2時間はかかった。


 平たく言えば、梅桃の情緒不安定のせいで。


 あの後梅桃はセシルの前で、自分が神の僕であることを誓い、彼女が渡したこぶし大の石に言われるがままに手を触れた。梅桃には最初それが何か分かっていなかった。

 確かに見ようと思えば僅かにくぼみがあって、貝の形をしていたが、まるで荒波にさらされて、たっぷり苔と泥が付いたかような、ボールと言った方が正確な代物だったのだ。


 それが、梅桃が触れた途端に、まるで割れるように汚れが剥がれ落ちて、今の様な透き通ったガラスのような造形になった。


『へぇーほんとなんだな』

『な、にが……』

 呆然とする梅桃の前で、天使はしきりに自分の掌に乗ったガラス細工のようなそれと梅桃を見比べている。


『あんたの魂、本物だってこと』

『たま、しい……』

 今日はその単語をよく聞く。普通なら人生で数えるほどのはずだが、もはや天使の言う通り何が普通かなんて梅桃には分からなくなっていた。何より、目の前で想像上の存在だと思っていたものが浮いているのだ。


 そんな風に考えて見つめていたら、彼女はやっと視線に気づいたのか石から顔を上げた。

 けれど、何故か不敵に笑っている。


『これ、天界の石でさ、魂に同調して見た目が変わるらしいんだ。ま、あたしも本物初めて見たんだけどさ。にしても、こんな一瞬で変わっちまうなんてなぁ。でもま、これで分かっただろ、あたしの言ってること』

 無言で頷く。ついでに綾の言っていたことも、問答無用で理解させられていた。

 ただ、新たな疑問が一つ。


『それで、なんで、貝の形』

『あー、それは仕事の――』

『あ、これ、開くんだ……【かちんっ】へぇ、良い音……なんだかカスタネットみたい』

 軽く笑いながら、何気なくかちかちかちっと梅桃が貝を鳴らした後で、天使は目を見開いて叫んだ。

「あ、ばかっ」

 瞬間的に貝からオレンジ色の光が溢れだして、それが収まった時には、もうリアになっていた。

 

 要するに、3回鳴らせばリアに、もう3回鳴らせばすぐに梅桃に戻れるというアイテムらしい。

 疲れ切っていたので、名前はそのまま【シェル】と名付けた。


『これであんたは、名実ともに神様の僕となったわけだな』

『う……ん』

『んじゃ、いくかっ』

 けれどその直後、なぜか梅桃の目からは急に涙が溢れてきて、それを見たセシルが戸惑った。


 泣いた理由は未だに分からない。ただ、無性に嬉しさと体の奥からこみあげるものがあったのだ。


 けれど、その喜びもつかの間。

 出かけてすぐ、セシルは、悪魔のいる方向を探知することはできないと告げたのだった。

 それでこうしてリアは走って探す羽目になっている、というわけである。


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