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(3)カフェは即席占いの館

「でね、今週のゆすの運勢ってものすごくいろいろありそうなの。今日のことも一つっちゃぁ一つだけど、まだまだ弱い気がするっていうか想定の範囲内っていうか……」

 

 梅桃がホットコーヒーを飲む前で、綾がパフェを頬張りつつ力説している。

 放課後、予定通りドラッグストアで睡眠薬と栄養剤を買った梅桃と、それについてきた綾は、現在シグナルにいた。

 綾は最初こそ、梅桃に対して怒っていたものの、いつまでも怒る気は最初からなかったのか、次々にいろんな話をしてくれた。


 こうして綾と帰るのは、思えば新学期始まって数日後に本屋に行った以来だった。

 同じクラスになって喜んでいた綾を、梅桃が避けていたせいもある。

 

 1年の時は、当たらず触らずの関係で、たまに電話をしたり出掛けるぐらいだったが、こうして同じクラスになって本格的に関わることが、怖かった。


 もともと、二人で一緒にいても、いつだって話すのは綾の方だった。最近の芸能人の話から、好きな歌手の事、お洒落な服屋さんや勉強のことまで彼女はひたすら喋る。

 ほとんどテレビや雑誌を見ない自分と話して何がそんなに面白いのかは分からない。綾は明るくて友達も多いから、別に他の誰かでもいいと思っていた。

 それでも、相槌を打ちながら聞いていると時間はすぐに経つ。そんな時間は好きだった。


 けれど今日は、それだけでは終わらないようだ。

 いつものたわいない話が一通り終わった後に、本題、というように綾が切り出したのが、今週の運勢についてだったから。


「これ以上、何があるの……」

 聞き流せればいいのだが、他ならぬ綾だからそうもいかない。


 綾はこう見えて神社の宮司の娘で、霊力もちょっとあったりするらしく、たまにこうして梅桃の運勢を教えてくれる。

 だが今日は、どうしてもこれが言いたくて、綾は少々強引に梅桃と二人っきりになりたがったのだろう、と気付いたのは話を聞いてからだった。


 決して梅桃の方から占ってくれと頼んでいるわけではないが、適当でないことは証明されているので、教えてくれる分にはありがたい。

 ただどうも今日は、いつものようにラッキーアンラッキーで済む話ではないらしい。

 当の綾が、話しながら迷っているというか、はっきりとしたことを言わず、今も梅桃の問いに、眉をしかめて天井を見上げていた。

 

「うーーーん、私も読めない。でも、なんかこう、ものすごーーーーっくでっかいの」

 さっきからひたすらスケールの大きさだけを強調され、最初は聞いているだけだった梅桃も、自然と不安を募らせられていった。


「ねぇ綾……もうちょっと具体的に――」

「ねぇなんか、ゆす私に隠してない?」

「か、隠してないよ! 何にも」

 思わず大きな声になってしまったが、大丈夫だろうか。


 綾に言ったら絶対に止められてしまう。

 小学校も中学校も学区が違ったので、せめて高校ぐらい同じがいいと、この学校にしようと言ったのは綾の方だった。

 どうしてそこまで好かれているのか、梅桃には本気で分からないが、だから言えなかったし、そもそも誰かに言ったところで梅桃の気持ちが変わることはない。


 平行線は双方にとって不幸でしかないはずだ。

 だから決まるまでは何も言いたくなかった。


「だったら何かあるんだよきっと!」

 幸い綾は、あまり深く受け止めなかった。梅桃は内心で息を吐きながら、話題を出来る限り遠くに飛ばすことに努める。


「でも、今週って、今日金曜日でしょ。明日は出るって言っても買い物位だし、明後日は特に予定ないし。今日ももう無事に終わったし、占い外れてるかもしれないじゃない」


 過去の結果から見て確率が低い気はするが、期待を込めて言ってみた。

 もしかしたら、言霊が本当になるかもしれないから。


「あまーーーい!」

 そんな梅桃の期待を吹き飛ばす様に綾は叫んだ。

「今日って、まだ三分の二しか終わってないよ? 大体明後日って買い物行ったときに交通事故にあっちゃったらどうすんの!?」

「ちょっと待って! そんな不吉な事なの!?」

 梅桃も思わず声を大きくしてしまう。


「今日ぐらいぼうっとしてたら十分あり得るでしょ!」

「だったらもう絶対家にいるから! 誰にも迷惑かけないように!」

 言い募る梅桃に、綾は途端に勢いをなくした。


「ごめん。家にいればいいって、今回は断言できない。ゆすの身に起こるのは、不吉っていうより……なんかこう、ほんとにでっかいこと。それがいいことか、悪いことなのかも、私には読めない。もともとゆすは、ちょっとえっと、…………なんかちょっと、うん……違うっていうか……」

「な、何なの? ……はっきり言ってくれていいけど」

「だから、私もよくわかんないんだけどね、魂がなんて言うか、こうきらきらしてて」

「……………………は、あ」

 たっぷり間をおいて、梅桃は理解することを放棄した。魂なんて、宗教団体に所属でもしていない限りまず聞かない単語だ。

 綾の話であっても、どこまで本当か疑わしかった。


「ほらーーそんな顔するでしょ、信じないでしょ! そりゃそうだよね。私だってよくわかんないもん! でもでも、見えたものは言ってあげたいと思うじゃない! だから精一杯こうして分かること話してるんだよ! それをそんな風に言うなんてひどーい!!」

 綾は頬を膨らませてしまった。もともと、彼女が嘘をつけない性格であることは長い付き合いで梅桃も熟知している。

 つまりこれは120%綾の善意なのだ。


「ごめん……ありがとね、心配してくれて」

「そうじゃない!! そうじゃなくて、あーもう!」

 綾はぷりぷりしながらパフェグラスに長いスプーンを突っ込んだ。


「なんかさ、最近ゆす変なんだもん。私のこと避けてない?」

「さ、けて、なんか」

「嘘! 嫌いになっちゃったんだったら、何処が悪いとか、言ってくれたらいいじゃない。なんかよそよそしいしさ……このことだって、もっと早く行ってあげたかったのに! 毎日さっさと帰っちゃうし……」

「それは、綾が悪いわけじゃなくて――」

「だったら何!?」

 綾が威嚇する猫のように鋭く睨んでくる。可愛いが、怖かった。


「その、自分の問題というか……ごめん、ちゃんと前みたいにしなきゃね」

 追及から逃れるように、梅桃は俯いた。

「何よ、結局教えてくれないんだ!」

 綾は今や本気で怒りながら、大分少なくなっていたパフェグラスの中身をひたすら口に運んでいる。 


「んもう、相沢君はレギュラーから外れちゃうし、占いは馬鹿にされるし、ゆすとの友情は揺らいでるし、今週はほんとに踏んだり蹴った――」

 途中で綾は言葉を止めた。梅桃がじっと、目を見開いて綾を見ていたからだ。

 普段の梅桃なら、馬鹿にしてなんていないと止めるところだったのだろうが、この時彼女が気にしていたのはそこではなかった。


「レギュラー……外された?」

 失言だったと気づいた時には、いつだって遅いものだ。

 おまけに、綾は目線を左右に泳がせていたので、もう取り繕うのは不可能だった。


「ち、違うんだよ。どうも相沢君自分から降りたみたいで……エラー連発するし、身が入らないのは自覚してるし、チームにも迷惑かけるって言って……あんまり揉めもしなかったみたいだ、から」


 そんな綾のしどろもどろの声は、梅桃には届いていなかった。


 だってつい先週、最近帰りが毎日遅いって、功樹の母親が言っていたのを聞いたばかりだ。

 試合が近いからしょうがないわね、と少し呆れた風で、でも何処か安心したように笑っていて。当の梅桃だって、ずっと抜け殻だった幼馴染がやっと打ち込めることを見つけたのだと、安心していた……それなのに。


「なんで、そこまでするの……」

「ゆす、まさか自分のせいだって思ってるの?」

「そ、そんなこと――」

 慌てて取り繕うが、今度は梅桃が墓穴を掘った。


「はぁああ。そんなにすぐ結び付けられるなら、彼の言う事ちょっとは聞いてあげなよ。やり方は普通じゃないけど、言ってることはすごくまともだよ? 私なら素直に嬉しいけどなぁ……第一、あんなかっこいい人に、あそこまで心配してもらえるなんて最高じゃない」

 綾は夢見る乙女モードに入ってしまった。怒りはすでに忘れているらしい。


「……」

 一方で梅桃は無言でスプーンをコーヒーカップに入れて混ぜ始めた。砂糖もミルクも入っていない行為に意味はない。混ぜるという動き以外は。


 功樹の梅桃への構い具合を見て、彼への熱が急速に冷めるクラスメイトが大半の中、綾はいまだに梅桃が羨ましいと言うのだった。

 ただ、彼女は功樹を彼氏に、と思うことはないらしい。彼はあくまでも憧れで、彼女には理想の白馬の王子様がいるとのこと。それがどんな人なのか、梅桃は聞いたことがなかった。


 とにかく、そんな相手に何を言っても無駄だ。たとえ誰にも言うつもりはないとしても。


「そりゃ、あの事故の事、気にしてるのは分かるけど、もういいと思うけどなぁ、私は。……大体ゆすの知らないゆすなんだし」

 功樹が梅桃にあんなふうになってしまった理由を、綾も知っている。

 だから綾は梅桃の手がテーブルの下で握りしめられたのには気づかず、クリームのついたスプーンを舐めながら、梅桃を覗き込むように話し続ける。

 

「だってもう何年だっけ? えーと8年? あの時ゆすは8歳だったんだから、いくら記憶無くなったって言ったって、同じだけ年が過ぎたんだよ? もう時効だよ。助けて欲しい時はそう言えば、彼なら喜んでいくらだって――」


 梅桃には、途中から綾の声が聞こえなくなっていた。体に電気が流れたような錯覚と、目を開けているのに全ての色が消えたように意識が一瞬揺らいだせいだ。


「ごめん……先に帰るね」

「え、ちょっとゆす!」

 梅桃はコーヒーが半分ぐらい残っているのも構わず、震える手で鞄を持って席を立った。

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