タカの目の武将
これは、とある人から聞いた物語。
その語り部と内容に関する、記録の一篇。
あなたも共にこの場へ居合わせて、耳を傾けているかのように読んでくださったら、幸いである。
つぶらやは、動物で一番目がよい生き物は、なにか知っているかい?
――そう、ワシとかタカ。いわゆる「猛禽類」と呼ばれるものたちだな。
人間の視力のおよそ10倍近い性能を持ち、数キロ先の獲物の姿すら捉えることができるという。
そんぐらい優れた視力が欲しい……と思っても、日常を送る人間には難しそうだ。
視力もまた、必要に応じて発達する力らしいからな。遠くの獲物、小さい獲物を見つけられるかどうかが、生き死にに関わる猛禽類の世界。劣っている奴は、消えていくばかりだ。
その点、いまどきの人間は遠くが見えなくても、生活にそこまで支障がない。近視とかも、ある意味では現代社会に適応して、進化した現象といえるだろう。いや、生物的には退化か?
そうなると、人間社会で格別に視力がいい奴っていうのは、その変化の流れに取り残される何かってことになるだろう。
その目をめぐる、ちょっと気味の悪い話を聞いてな。お前の好きそうな話だったし、耳に入れておかないか?
むかしむかし。戦で片目に矢を受けてしまい、その目を失った武将がいたそうだ。
どうにか命に別状はなく済んだものの、彼自身にとってはこの上ない屈辱を覚えたとのこと。せっかく親から五体満足でいただいた身体にもかかわらず、それを失ってしまうとは、なんたる不孝だ、と考えていたらしい。
失ったの目に、ひもで吊った刀のつばをあてて眼帯とするも、彼はかつての双眸ある景色を忘れられなかった。武将としての仕事のかたわら、少しでも時間が取れると、自ら家来を引き連れて領内の治安維持に当たったという。
特に精を出したのが、賊や浮浪者の取り締まりだったらしい。その大半が武将の屋敷へ連れていかれ、ほとんど戻ってくることはなかったそうなのさ。
ある日のこと。領内でひっそりと「タカ狩り」が行われた。
鷹狩りならば、鷹を用いて獲物を追い詰める狩りの方法を指す。軍の動かし方の修練にもつながり、武将たちにとっては実用的な趣味だといえた。
しかし、この「タカ狩り」は文字通りタカを狩る。場合によってはワシも狩る。治安維持の一環とはいうが、これが行われ始めたのは、武将が件のケガをしてかららしいんだ。
そして持ち帰られていくタカの数は知れず。更には武将の館からは、夜な夜な苦しげなうめき声が響いてくることが、どっと増えたと伝わっているんだ。
やがて数ヶ月後。
武将はケガ以来、目にかぶせていた刀のつばを取った。「ようやく見えるようになった」と漏らしながらな。
面と向かった家来たちは、初見でぐっと息を飲み込まざるを得なかった。残っていた目と比べて、つばの下から出てきた目は、明らかに大きく、顔の均衡を崩していたからだ。
にもかかわらず、当の武将本人は、もはや目を隠さなくなった。それどころか、常人には考えられないほど、遠くの様子を探ることができるようになっていたんだ。
一里(約4キロ)先の、民同士のいさかい、立てられた旗の文字がはっきりと目に映ると話したんだ。もちろん、周りの人々には全く分からないもので、はじめは半信半疑だった者たちも、数を重ねられては文句もいえなくなっていく。
ついには、戦にも用いられるようになり、高所に布陣して敵の動向を探るのが、かの武将の役目として固まりつつあったとか。百戦百勝とまではいかなくとも、明らかに勝率は上がっており、かの武将も大名の家臣の中で、その発言力を増していったらしい。
これまでの人生で、最盛期を迎えた彼は大いに機嫌をよくした。
隻眼での辛い時期を越えたゆえもあるのだろう。かつて、目を失ったばかりの謙虚さはなりを潜めてしまい、親に対する不孝を考える余地はおろか、むしろすぐれた視界を得られたことに対する、感謝を捧げる始末だった。
ともに誉れに酔う者は、その声に同調するも、古参の家来たちには不快そうな表情を浮かべること者も、少なくはなかったという。遠回しに、親への敬意を忘れてはならないといさめるものの、まともに聞き入れられる様子はなかったとか。
それから数年。再び戦が起こり、いつものように武将たちの軍は山の上に陣取って、戦場を広く見渡していたんだ。
しかしその日は、やたらととんびが頭上を飛び、特徴的な「ぴーひょろろー」と声高く鳴きながら、その場を離れようとしない。くるくるとその場で回りながら、どこへ行くでもなく、兵たちの注目を集めている。
上空で風が巻いているのだろうか。口々につぶやき出す兵たちにつられて、戦場を見やっていた武将も、ふっと頭の上を見やったとき。
たまたま、武将の方を見ていた者は、のちに語る。
武将が空を仰ぎ見たとたん、周りを囲う天幕と地面との境目。そのすれすれに小さな影が飛び込んできて、武将へ一直線に向かっていったと。
あっという間に足元まで来た影は、ぶつかる直前に急上昇。武将の顔をかすめるや、その足を血で濡らしながら、両足に一対の玉を抱え込んで、高く高くへ飛び続けたこと。それとほぼ同時に、武将が両の目の辺りを血で潰しながら、その場に倒れ込んでしまったことも。
武将は完全に光を失ってしまった。
すぐさま目玉を取り返さんと、戦の最中も、帰還した後もわめいていたが、それも長くは続かない。残ったまぶたが急激に張り出し、目の収まっていた部分にまで張り出してすっかり覆ってしまうと、武将はとたんに苦しみ出し、三日三晩うなされ続けたあげく亡くなったのだという。
親よりいただいたもの。そして他者が親よりいただいたもの。それをないがしろにしたバチが当たったのだと、聞き知った人々はうわさしたのだとか。