サンタクロース
これは、理系二人の間に生まれた少年がまだ幼い、サンタクロースさえ信じるほど幼かった頃の話……
「父さん、ドップラー効果ってなに?」
休日、その小学校にも通ってすらいない幼い少年は唐突に父親に向かって疑問を口に出した。
「ドップラー効果っていうのは動いているものから波が出ているとその波の間隔が変わってしまう現象のことだ。」
父親はその疑問にわかりやすく、なおかつちゃんと答えるべく指で波の軌道を描きながらそう答えた。さらにわかってもらうために具体例もあげる。
「隆治も救急車とかが近づいて来てる時はピーポーピーポーと聞こえるのに遠ざかってる時はバーボーバーボーって聞こえるだろ?」
その確認に隆治は「うん!」と純粋な返事をした。さらに少年の疑問は続いていく。
「じゃあ光のドップラー効果って?」
「光も同じだ、光っていうのは実は波なんだ。その波が人の目からすると波の間隔が違うだけで色が違って見えちゃうんだ。アンドロメダ銀河なんか見ると青い星だらけだぞ。ところで急にどうしたんだ?」
「あのね、ちょっと前に父さんの大学遊びに行ったじゃん。」
「そうだな、行ったな。」
「それでね、お兄さんにサンタクロースが一人と仮定したら向かってくる色が光のドップラー効果で赤色じゃなくなるって教えてもらったんだ!」
この幼児、ふざけているわけでもなく純粋無垢な心で父親にそう教えてもらったことを伝えようとしているのである。普通の大人ならば七にも満たない子供がそんなことを言っていたらドン引きもいいところであるが――
「ああ! 確かにそうだな! 子供が大体25億人くらいとして地球にまんべんなく配るとすれば緑色くらいに見えるな! 海南極北極、あと同じ家にいる兄弟姉妹とかは考えてないけどな!」
ただこの少年はとんでもない男の息子である。彼は若くして日本の著名大学の教授になった男である。しかも複数の理系科目を教えることができる言わば天才秀才である。そんな男の遺伝子を受け継いだのだから簡単な科学のことならば理解することは容易い。
「隆治は天才だなあ! ちゃんと大学のお兄さんに言われたことを覚えて、しかも理解しようとするなんて。父さんすごい嬉しい。」
そう嬉しげに言って我が子を持ち上げて上に掲げる。すると彼は気付いたように口に出す。
「隆治、重くなったなあ。父さん高い高いしてると腕痛くなってくるぞ。」
そう言って腕を下げ今度は抱きかかえる。すると隆治は嫌がるように手で父親の顔を押し除けようとした。
「ひげ痛い。」
「ええ!? 昨日の夜剃ったばっかなんだけどなあ。」
そう言う父に母がリビングに入ってきて口を開く。
「そりゃヒゲは夜に伸びるから寝る前剃っても意味ないわよ。朝に剃れ。」
隆治の母親も同じ大学の教授である、生物、有機化学について教えることができる同じように天才である。
「時間ないしなあーー」
「いや早く起きろよ。」
母親は父に真顔でそう答える。自分含めた家族全員の弁当を作り、洗濯をして、息子を幼稚園に連れていき、そのまま大学へ行くという夫に比べてハードスケジュールなので無論家族の中で最も早起きである。
「えー、朝起きるのつらいし……」
「早く寝ろよ。」
「——ゲーム楽しいし……」
「朝にやれ。」
「天才か!? いや天才だった。」
ふざけてそんな台詞を言う父親に「はぁ」と母はため息をつく。そしていつのまにか降りていた隆治の頭を撫でて口を開く。
「隆治は父さんみたいになっちゃダメよ。」「ナッ!?」
「なんで?」
頭を撫でられて嬉しそうにする隆治はその言葉に対して疑問を持つ。
「生活リズムは生物にとってすごい重要なのよ。それが悪いと長生きできない、病気にかかりやすくなるでいいことなんか一つもないのよ。」
「でも隆治、父さんと母さんみたいな科学者になりたい。」
そう隆治が話すと、二人は感嘆して我が子をべた褒めする。
「もう隆治俺と母さん通り越して大天才。」
「隆治もう突然変異したんじゃないかってくらい天才でいい子ね。」
二人は隆治を抱きしめて頭を撫でる。このやり取りはこの家では何度目かというくらいの表情を隆治はする。さらに今回は……
「父さんヒゲいたい……」
そのコメントに彼はすぐヒゲを剃りに行った――
…………クリスマスイヴの夜にて。幼い隆治は可愛いパジャマ姿で父親のカメラを持ち喋り始めた。
「よーし、窓も外側から開けられないようになってるし煙突もないのにどうやって入ってきてるのか調べるぞー!」
「隆治……やめようか……」
そういう風に夢が壊されそうになる状況に父親が止めに入る。
「なんで?」
「……隆治、世の中には観測すると結果が変わってしまうことがあってな。サンタクロースもその部類ではないかという仮説があってな、だからやめておいたほうがいいぞ?」
そんな嘘八百の発言に母は彼に冷たい視線を送る。だがまだ少年は純粋だ、それに尊敬する父親の言うことである。
「――わかった……」
そう若干不満そうに父親にカメラを返した。
……翌朝、隆治は別に日差しや誰かに起こされたわけではないが自然と目が覚めた。すると自室のベッドの枕元にラッピングされた彼にとっては大きな箱があった。それを持ちリビングへ早歩きで向かう。すると母親が朝食を食べ終えていた。母親に気づくとすぐ声を出した。
「母さん! プレゼント開けていい?」
母は笑顔で「いいわよ」と返す。それを聞いて隆治はリボンを引っ張ってほどき、箱を開ける。するとそこにはノートパソコンの箱が入っていた。それを見た彼は大歓喜である。
「やったあ!! インターネットに物理演算にプログラミング〜!」
嬉しそうに声をあげていると父親も寝間着姿でリビングへやってきた。そして喜ぶ隆治に声をかける。
「よかったな、これで沢山勉強するんだぞ!」
「うん!!」
純粋な返事を言って、家族の仲は和やかになる。だが隆治の頭の中は早くパソコンを使いたい一心でいっぱいだろう。
しかし、数時間後サンタクロースの真実を知って納得しながらも落胆する姿が彼の部屋の中にはあった。
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